取り組みにより起こってきた変化

そのプロセスでは部長自身が公式、非公式の場で「こうしたい」という思いを語り、社員との対話を中心にして進めていきました。部下から見ると、最初は「1ヵ月ぐらいでこんな話は終わるだろう」と半信半疑でしたが、数ヵ月間もそれが続くと、どうやら部長は本気らしいと感じ始めました。そして、半年を過ぎると、「製品の最高品質を狙うためにはどうすればいいか」、現状の仕事の流れや進め方に問題があれば見直して、やり方を変えていこうとする自主的な活動が職場の一部で見られるようになりました。

部長が実施を決めた背景

部長がこのような議論を実施したことには、理由があります。
前年までは、「いい製品を作ろう」という自分の思いを方針にし、職制を通じてそれを具体化して落とし込むというトップダウンのスタイルで進めていました。ところが、残業で遅くなった若い部下と一緒に飲みに行って「なんでそんなに忙しいのか」という話題が出た時、「とにかく、与えられた目標があるから、やらなければならない作業を片付けるのに忙しいんですよ。それが方針とどう結びついているのかなんて考える余地は僕らにないんです」という思いがけない言葉が返ってきたのです。
部長にしてみれば、「いい製品を作ろう」という自分の思いは伝えているし、職制を通じてそれぞれの目標に落とし込まれていると思っていたので、この部下の発言を聞いて、目先の作業をこなすだけに終始しているという職場の実態にショックを受けました。そんな出来事があり、自分の思い、方針を一方通行で落とし込んでいくやり方に疑問を持ち始めたのです。

取り組みのなかで実施したこと

そこで部長は「ありたい姿」を一緒につくり込んでいくことに協力してくれるコアメンバー(世話人)を募集し、メンバーと一緒に「部長の思い」「どんな職場をつくりたいか」を理解するための対話を始めました。
その次は、社員も参加しながら「ありたい姿」を一緒につくり込んでいくプロセスです。
ここでのポイントは、管理職層での議論です。自分たちの「ありたい姿」に近づくためには、マネジメントとして何を大事にするのかという判断基準を明確にし、実行する必要があります。そのためには、徹底的に部長と議論を繰り返し、お互いの思いや考えをぶつけ合ったうえで自分の腹に落とすことが不可欠です。また一般職層では、「ありたい姿」と個人の業務との関係を考える、というプロセスづくりが大事になります。そこでは、管理職、一般職という階層別の場だけでなく、階層をまたいでの議論も生まれ、小さい単位の対話が何度も繰り返し行なわれました。
コアメンバーは部長や関係者と相談しながら、対話しやすいファシリテーション、集まりやすい時間、場所などの工夫をしました。そして、実際の議論で出てきた意見や課題を具体的にどのように解決していくか、変えていくのかを、話しっぱなしにせずにコアメンバーがフォローしていきました。
このような「ありたい姿」をみんなで一緒につくり込んでいくプロセスを、1年間かけて進めていったのです。

まとめ

上司が描く「ありたい姿」を落とし込む(=押し付ける)やり方であれば、社員にとってそれは「絵に描いた餅」でしかなく、自分とは無関係のままで、時として具体的目標という形をとってノルマ化していきます。この事業部長のように、職場のメンバーと一緒に「ありたい姿」をつくっていくプロセスを踏んだ場合は、メンバー個々の「ありたい姿」も全体のビジョンの中に統合されていくために、自分の仕事とのつながりが理解できて、仕事も単なる目先の作業ではなく「向かうべき方向に近づいていく活動」に変化し、やりがいのあるものになっていきます。そうすると、職場の雰囲気も少し元気になってきます。

この、一緒に「つくり込んでいくプロセス」が、「本当に共有する」ということなのです。