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上司の覚えは悪いが、下や周囲からはそこそこの人望がある。皆さんの会社にもそういうタイプの人はいないだろうか。

西本宏さん、中堅の生産設備機械メーカーの生産改革グループのリーダーである。大卒ではあるが、偏差値の高い一流大学を出たわけではない。これまで技術者として主に設計、生産技術畑を歩んできた。現在42歳だが、同期のだれよりも出世が遅れており、昨年ようやく管理職資格を得たばかりだ。理由は簡単で、これまで上司からの人事考課が低かったからだ。決して仕事ができなかったわけではない。緻密さに欠けるところがあるのは確かだし、仕事ぶりにもムラがある。しかし、考課が低いのはそのためではない。

彼は上司から見ると、うるさい奴で扱いにくい人間であった。言われたことを素直に「はい」と言ってこなすタイプではなく、何かというと「なんのために」とか「なぜやらないといけないのか」とか、傍目には文句を言っているようにも受け取れるような言動が多い。実際に上司の名を上げて公然と批判することもあり、企業社会で言うところの大人になりきれない面を持っていた。多くの場合その中身は正論であり、事実を曲げて言っているわけではない。しかし、上司にとっては扱いにくい部下である彼は20年間で10回以上も職場を換わり、結局、彼の言動や行動を理解する上司には恵まれなかった。

その半面で下から見ると、上司や他部署から一方的な仕事のやらせ方が横行する中、現場の本音を語ってくれる彼は若い人たちからけっこう人望があった。現場の人たちが納得できないことに対して、文字どおり「身を捨てる」言動や行動をとってきたのだ。そんな彼を一部の経営層も徐々に認め始めていた。

「捨て身になれる」小さな勇気

西本さん:『私も実はサラリーマンで、首になったり、給料が低いのはいやです。家族も住宅ローンもありますし、趣味が車いじりだと言っても本当は解体屋さんにあるような代物じゃなくてポルシェがほしい。私が「捨て身になれる」小さな勇気を持てるのは2つの後ろ盾があるからです。一つは改革に前向きな経営層もしくは近い人が応援してくれていると私自身が感じられる時があること。例えば、「君の考えは正しい」「現場が変わってきたね」「また、君に頼むよ」などの言葉。もう一つは本音で現状の問題点について話し合える設計以外の製造、品質保証、営業などの仲間と、何か一つでも具体的に改革が成功した時に、一緒に「居酒屋」で飲んでくれる仲間です。「一人じゃない」と感じさせてくれるこういった仲間に支えられているからこそ、「勇気」が湧いて来るんです』

彼の会社の主力製品は一品生産に近い設計・生産をせざるを得ない環境にある。ユーザーはそれぞれ独自の生産プロセスを持つため、生産設備に要求されるスペックは各社各様であるのが業界の常識である。しかし、数年前からメーカーの短納期、低価格の要求が厳しくなってきて、彼は危機感を覚えていた。設計としてはできる部分から標準化をし、生産部門にも製造工程の明確化とともにリードタイムの短縮化などを訴えてきた。設計部門のベテランたちは管理職を含めて「いいことだけどね」と建前では認めるものの、実際にやるとなると「できるわけがない」「過去に何回もやろうとして失敗している」といった後ろ向きな発言がほとんどで、製造部長からも「いいことだが誰がやるんだ」と耳を疑いたくなるような答が返ってきた。西本さんはそんな困った状況を経営層や周囲にももらしてはいたが、すぐには具体的な動きにはつながらなかった。

そんな折、トップ方針が出て、会社として設計・生産改革に取り組み始めると問題が顕在化してきた。豊富な経験を武器に言われた仕事をこなすことに長ける一方で、本質的な問題に鈍感で、自分から動くこともなく、周囲の人たちと協力関係を築けない。標準化なんてやっても仕方がない、できるわけがないと言っていた設計部門の管理職やベテラン設計者たちが、実は改革を阻害する存在であるという認識が、経営層はじめ周囲の人達にも共有されてきた。西本さんは改革の動きが大きく前進しそうな期待感を持った。

しかし、ものごとはそうは思うように進まない。当時は西本さんには管理職資格がなかったため、別の人物が生産改革活動のリーダーになった。しかし彼は、プレゼンテーションが上手い、資料作りに長けている、数値の分析はできる、遅くまで頑張れるといった、いわゆる「仕事はできる」が、他人と一緒に協力できる関係をつくり、新たな知恵と大きなエネルギーを引き出し、仮説を実行していくといった「改革をリード」できるタイプではなかった。当然のごとく現場の反感を買ってしまったために、経営層への「成果が出ています」という報告とは裏腹に実際の改革は進んでいなかった。そんな状況を現場の状況に敏感になりつつあった経営層も問題視し始めた。

現場のやる気を大切にする改革活動

もともと経営層からもその存在を認められ始めていた西本さんは、一年後に管理職資格を得たことで、生産改革グループのリーダーとして大手を振って活動ができる環境を得た。それからが、また彼のいいところで、人の痛みや現場の事情を理解する彼は常に現場のやる気を大切にしながら、それまではやらせに等しかった改革活動のパラダイムを変え始めた。「西本さんになって、やっと本当の改革ができそうです」彼の部下のこの言葉が西本さんのリーダーシップへの信頼感を物語っている。

西本さん:『私には夢があります。どうせ会社に勤めるなら自分が死ぬ時に、「あの会社はおじいちゃんが改革してあんな大きくなったんだよ」と周りの人に言ってもらえるようになりたいという夢です。私の家は長生きの家系なので、私もきっと長生きすると思います。あと50年後にこの状況をイメージしています。だから、今はどんどん飛躍するしかない、攻めまくる、といった感じです』

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