別の道を選んだことで気づいたこと

私には、大学卒業後、弁護士をめざして10年以上も司法試験の勉強を続けた末に、夢叶わず、断念した経験があります。その後、30代前半にして初就職をすることになりますが、その時点ではまだ正直なところ、今までの努力がすべて無駄になってしまったという気持ちを拭いきれず、無力感ばかりを感じている状態でした。

挫折感を引きずりながらの就職。ところが実際に働き始めてみると、それまでにあった無力感はたちまち薄れていきました。職場でさまざまな人たちと接し、プラスもマイナスも含めた多くのエネルギーにふれながら人に揉まれて働く毎日が、一人で閉じこもって勉強ばかりしていた頃よりも、はるかにすばらしいものだと感じたからです。

 

それまで眼中になかったものが一気に流れ込んできて、世界は一変しました。叱られたり感謝されたりすることで、周りの人や仕事がどうつながっているのか全体を意識するようになり、自分が何をすればいいかを自分で考えるようになる、そんな経験は初めてでした。日増しに元気になっていく自分をまざまざと実感したときの驚きと喜びを、今でも忘れていません。

司法試験の勉強をしていた当時は、合格して弁護士になりたい一心で、引きこもって目の前の文字を追うだけの生活に明け暮れていました。他のことは眼中にない、一種の思考停止状態になっていたのです。そんな自分がまさか別の道を選び、しかも働くことのすばらしさを感じるようになるとは思ってもみませんでした。

ふり返ってみれば、ひたすら一本道を決めて走っている時の自分は、自分に違う世界を見せたり、別の人生の選択肢に気づかせたりする余裕などなかったのです。

余裕のなさが生み出す思考停止

私は今、入社2年目のアシスタントプロセスデザイナーとして、いろいろな企業の方々と一緒に仕事をしています。そんな毎日のなかで、ふと、あの当時に戻ったような錯覚、既視感を覚えることがあります。

組織の現場では誰もが時間に追われ、こなすべき仕事が絶えず目の前に山積みになっている状態です。気になるのは、多くの人が目の前の仕事に目を奪われすぎているために、周りを見たり他のことを考えたりする余裕がなくなっていることです。

 

全体最適の視野に立てば、今やるべきことについては別の選択、別の答えがあるかもしれないのに、それに気づく機会や考える機会を持てないでいる。こうした思考停止ともいえる状態は、個人の問題にとどまらず、長時間労働や不正行為などのコンプライアンス問題を引き起こします。目の前の仕事を終わらせるため、数字を上げるため、なんとか達成しようと一生懸命になる。一生懸命になればなるほど、進路は視界のきかないトンネルに入ってしまい、その人数が増えるほど、組織と外界との隔たりはどんどん大きくなっていきます。

かつて立ち止まって考える余裕がないまま、惰性でひた走って長年を過ごしてしまった自分の苦い経験から、私はお客さまと一緒に、今の仕事を見つめ直し、よりよい仕事ができるよう、共に考えていく存在になりたいと思うのです。