「長時間労働をなくす」ためには、まず規則上で残業を規制して時間数を削減するといった、「長時間という結果」に手を打つ対策があります。それに伴い、社員個々に対しても「ムダな仕事はやめろ」「効率的に仕事をしろ」といった指導がなされ、業務改善目標が設定されたりします。

その一方で、後回しになりがちなのが、慢性的な残業を生み出す発生源に向けて手を打つ「原因系」のアプローチです。

たとえば、仕事の出し方や受け方、仕事の目的や手段にかかわるマネジメント、組織の協力・連携状態、チームワークといった、残業という現象の水面下にある要因にも、同時に手を打つことが必要なのです。

ここでは、社員の「働き方」の手前に存在しているマネジメントの問題として、組織風土(文化)に根ざした「働かせ方」の問題を取り上げてみたいと思います。

指示命令で動く組織は「忖度仕事」が生まれやすい

何年か前から組織風土アセスメントで関わってきたある上場企業A社では、昨年から「働き方改革委員会」を立ち上げ、経営企画部が音頭をとって「ムダな仕事の削減や会議の見直し」と、そのための業務分析を実施することになりました。

A社は、官僚的な組織の特徴が強く出ていて、伝統的に上の意向を尊重する文化、「職制・部署権限での指示・命令に基づく組織運営がなされるべき」という認識が深く浸透しています。そのため、問題に挙がった“長時間労働や異常な忙しさが常態化した働き方”を改革するためには、まずアセスメントの結果で指摘された組織風土課題を解決していくことが先決だ、という話になりました。

上司の意向を重視して動くA社の各部門では、仕事においては、その意味や目的を問うよりも、手続きの円滑さや処理スピード、ソツのなさが求められていました。

たとえば、管理部門からの要請で職場が資料を出すような場合も、いちいち何のために必要なのかを確認するより、やってしまったほうが早いからと得意な人間に振ってしまう、さらには本来必要がないほど詳細なレベルまで資料を準備させる、といった具合です。

そんなふうに、個人の能力や頑張りで対処する仕事の仕方になっているため、仕事は優秀な社員に集中します。その半面で、チームワークや仕事の標準化、仕組み化などは手つかずになっていました。ヨコで連携し、全体最適視点で業務を見直すことによって効率を高めようという発想が生まれにくく、与えられた自分の業務範囲で何とかしよう、という傾向が強かったのです。

職場レベルの仕事の仕方や判断・行動には、上司のあり方や日頃の言動が大きく影響します。トップダウンの強い組織であるほど、上へ上へとポジションパワーが強くなり、組織における発言力や影響度合いも大きくなります。その結果、部下たちの職場は、日頃から上の人間のふるまいや言動をつぶさに観察し、意向を汲んで動こうとする対応体制になっています。いわゆる「忖度」が仕事の重要な一部になってしまうのです。

ムダな仕事をつくってしまう役員の言動とは

このような組織の実態を認めていたA社では、社長が自ら役員に対し、「部下に不要な仕事をさせないようにしよう」と呼びかけました。

そこで使われたのが、以下(別掲)のようなチェックリストです。

〈部下の仕事を増やす役員の言動〉あるあるチェックリスト

これは、私たちが過去に行なってきた組織風土アセスメントやオフサイトミーティングの中で出てきた社員の声をもとに作成したものです。下から見れば、仕事は「上でつくられ」「上からどんどん降ってくる」という抗しがたい実態があります。

それを踏まえて、「ムダに部下の仕事を増やす原因になっている」と目される役員(組織トップ)にありがちな言動をまとめてみたのです。当の本人にしてみれば“指示したつもりはない”けれど、下が勝手に忖度して動いてしまう。

そんな無自覚だからこそ改善されない、上の人間によくある日常の言動です。そのムダたるゆえんは何かといえば、それに反応して動く部下たちが、じつは「何のためにやるのか腹落ちしていない」「無意味だとわかっていながら付き合っている」ことです。あなたの周りでも心当たりはありませんか。

上から下へと広がっていく「働かせ方」の大問題

風土改革のスタート時に、私たちは「現状の何が問題なのか」を顕在化させるためのヒアリングや対話を行ないます。
そこで必ずといっていいほど出てくるのが、「とにかく時間がない」「目の前の仕事をこなすことで精一杯」「次々に対応すべきことが出てくる」といった現場の窮状を訴える声です。

A社でも、

会議が多い
資料づくりが大変
事前打合せや担当者会議が何度も必要
異なる部署から似たようなデータや資料の提出依頼が頻繁にくる
相談したくても上司がいつも不在、気楽に聞けなくて手間がかかる
ちょっとしたことでもメールのccで全員に送られてくるので、チェックに時間を取られて仕事が進まない
など、多忙の理由が挙がっていました。

しかし、それも「役員からの指示は絶対」という会社の共通認識のもとで、長い間、「仕方がないこと(変えられないこと)」だと受け止められていたのです。役員を発端として、経営層や管理職が日頃、部下にどんな働きを要求しているか。そこには社員の働き方を直撃する、全社的な「働かせ方」というマネジメントの問題が隠れています。

それに対し、日頃からミドルクラスの管理職と直接対話を続けてきたA社のトップは、働き方改革を推進するにあたって、まず自社の組織風土の問題に着目しました。そして、社員に業務改善を要求するだけではなく、仕事の発生源となっている役員たちにも自身の言動を見直すよう求める、「隗より始めよ」という判断を下したのです。

まずは、役員が主宰している会議を対象に、設置時の目的がすでに終了している、変わっているものについては継続しないことを決め、継続する会議については資料や時間を削減するようルールを決めました。

また、会議を進行する担当者には新たにファシリテーションスキルを習得する機会を設けています。さらに、トップ自身がそれまで行なっていた対話の機会を広げ、若手社員の意見まで聴くことにしたのです。

その影響が全社に及ぶ大きなものだとわかってはいても、通常「役員の言動に介入する」ことは容易ではありません。その意味で、A社トップの判断は“事実・実態にもとづく”卓越したものであり、驚嘆に値するものなのです。

次回は、チェックリストの内容にふれながら、具体的にどんな役員の言動が、どのようにムダを生んでいくのか、部下の働き方への影響について見ていきたいと思います。

後編はこちら