〈前編〉上司と部下の間にある「遠慮の谷」に気づく

若手メンバーの動きを後押しするスポンサーシップ

私たちは、会社を良くしたいという思いを持って動く前向きなメンバーを上司の立場でサポートする人を「スポンサー」、その環境面でのサポート機能を「スポンサーシップ」と呼んでいます。
若手社員の前向きなエネルギーを引き出すために、私が有効だと思っている上司のスポンサーシップは、大きく以下の3つです。

①部下の「やりたいこと」と今の仕事とをつなぐ

前編で紹介した「若手発の組織変革セミナー」に参加したメンバーは、それぞれ自分の「やりたいこと」を語ってくれました。
「自分より後に入った若手営業メンバーに、もっと営業の楽しさを伝えていきたい」
「自分たちがつくっている製品の価値をアップデートしたい」
「部署の元気がないので、ボトムアップでもっと盛り上げたい」
などなど。対象はいろいろですが、自分の周りをよりよくしていきたいという熱い思いは変わりません。

こうした声に対して、「若手にそんなことは扱いきれないだろう」「そんなことよりも、若いうちは言われたことをやっておけばいい」と思われる人がいるかもしれません。
でも私は、できる・できないということよりも、まずは若手社員が持っている思いの存在を大切にしてほしいと思っています。

というのも、多くの若手は「やりたいこと」があっても、仕事の意味を狭くとらえていて、「業務の中ではできない」とか「上司に求められていないので、表立っては動きづらい」と自制している部分があります。
話を聞いてみると、自分の思いに蓋をして、“まずは与えられた仕事を”しっかりやれるようにならなければ、という意識が強いように感じます。
上司は、こうした経験の浅い若手にありがちな“仕事とはこういうもの”という思い込みに気づいて、仕事のとらえ方を広げてあげることが大切です。
それが部下にとっては、自分の思いと今の仕事との重なりを見つける手助けになるのです。

たとえば、生産部門では当たり前のように業務に組み込まれている“改善”などは、他の部門では「本部や他の誰かがやってくれるもの」という認識になっていることが少なくありません。
「組織や仕事を日々良くしていく改善は本来業務である」という指針をきちんと伝えておくことで、今の仕事の中にやりたいことを組み込みやすくなります。

また、部下の業務内容とやりたいことが離れていると感じられる場合でも、少し抽象度を上げて、仕事の全体像や意義、顧客価値の貢献ポイントを考えてみることで、つながりを見いだしやすくなることがあります。
「この業務は、あなたのやりたいことにこう役立つと思うよ」。このひと言が若手社員にとっては大きなエールになります。
ちなみに、上司の皆さんは、部下がいま実現したいと思っていることを知っていますか?
部下がどのような経験を経て、どんな思いで、何に向かって仕事をしているのか、まずはじっくり聞いてみることから始めてみてもよいのではないでしょうか。

②一人ひとりの特徴、強みを引き出す

若手社員は仕事の経験が乏しく、責任を持ってやれる仕事はまだそれほど多くはありません。
そんな時、若手が自信を持つ手がかりになるのが「得意なこと」「好きなこと」です。

若くして製造リーダーに抜擢されたAさんは、経験豊富なシニアメンバーの巻き込みに悩んでいました。
連携の質を上げ、工場の生産性を上げたいという思いで改善に取り組んでいましたが、どのようにしてシニアメンバーの協力を取りつけたらいいか・・・。
悶々とした状態から抜け出すきっかけをもたらしたのは、Aさんの悩みに気づいた工場長からのひと言でした。

「Aさんの強みは、工場全体を俯瞰して最適な生産計画を考え、先を読んでフォローできるところ。どんなところに着目して、先を読んでいるのかをひも解き、それをシニアメンバーと共有することから始めてはどうか」

考えたAさんは、全体最適生産の方針を掲げ、「前後工程への気遣い」を合言葉に、シニアメンバーを誘って工場の巡回を始めることにしました。
その中で、どのような点に着目して段取りをしているか、修正点を見いだしているのかなど、最適効率について自分が考えていることを伝えます。

当初、担当外のことには関心の薄かったシニアメンバーも、次第に自身の考えや経験からアドバイスをくれたり、すすんで前後工程を見てフォローしてくれるようになりました。
リーダーとしてのAさんを認めて支えてくれる協力者になったのです。
結果的に、多くのメンバーが前後工程を見ながら動くようになったことで、工場全体の連携の質が上がり、生産性も向上しました。

通常、上司から見ると、若手社員の“未熟なところ”“できないこと”のほうが目につきがちなのではないでしょうか。
しかし、苦しい思いをして「人並み」になろうとするよりも、強みを生かすことにエネルギーを使ったほうが、前向きな気持ちで、自信を持っていろいろなことにチャレンジできるようになっていきます。

「細部にもこだわり、ミスなく丁寧に作業できる」「仲間の微妙な変化を感じ取れる」「先を見て動くことができている」など、良いところを探してフィードバックしてあげることは、若手にとって見守られているという安心感にもつながります。

③行動を後押しする環境をつくる

大きな新規プロジェクトを任せてもらい、「失敗しても責任は自分がとるから思い切ってやれ」という上司のひと言で自信を持って取り組めた人、自分と同じ問題意識を持った人を上司が紹介してくれて解決の糸口になったという人、がいます。
上司側のちょっとした後押しが、若手にとっては大きな後押しになるのです。

やる気はあっても、権限や裁量、社内ネットワークがないのが若手社員です。
一見、主体的にやりたいことに取り組めているように見えても、若手にとっては挑戦であり、さまざまな不安を抱えながら進んでいます。
よく「やりたいことは自由にやらせている」という上司の声を聞きますが、若手のほうでは「じつは、どう進めていいか悩んでいる」ということが多々あります。
そんな部下に対して、困った時などためらわずに相談できるような機会をつくっておくのも上司の大事なサポートです。

特に、今はテレワークが進んだことで、日常のちょっとした相談がしにくくなりました。
1on1などを導入する企業も増えていますが、あらたまった面談の場というより、「その後、どんな感じ?」くらいの雑談ベースでコミュニケーションできる気軽な場を持つことが必要になっています。

さらに、「困っていること」を聞いた上で、どのように進めたらよいかという動き方を一緒に考えてあげることも必要です。
若手社員の声を聞いても、「任せてくれる」と「何かあったら一緒に考えてくれる・動いてくれる」がセットになっていることが、上司への信頼感につながり、思い切って一歩を踏み出せるきっかけになるようです。

若手側から働きかけるポイントは?

では、挑戦したいこと、実現したいことがあって動きたいと思っている若手社員は、どのようなことに気をつけて、上司のスポンサーシップを引き出せばいいのでしょうか。

まずは、自分の思い、やりたいことなどを言語化して整理してみましょう。
・実現したいこと、実現したら誰がどう喜ぶのか
・大事にしたいことや譲れないこと
・自分自身の特徴や強み、それをどのように生かすのか
・困っていることや不安を感じること

言語化してみると、じつはストーリーがうまくまとまっていなかったり、矛盾している点などが見えてきます。
文字に起こしてみることで、初めて整理されていくのです。

また、客観的な視点でふり返ることも重要です。自分の認識と周りの認識が違っていることも少なくないからです。
「上司が助けてくれない」という人の話をよく聞いてみると、自分たちの活動の目的がきちんと伝えられていなかったり、自分目線でしか活動の効果が考えられていなかったりして、上司が何をサポートすればいいのかわかりづらいことも少なくありません。

先の「若手発の組織変革セミナー」でも、自分たちがやりたいことを話し合ったあとに、会社や事業を俯瞰的に見てみるというワークを行ないました。
すると、自分のやりたいことに他部署の視点、上司や経営者の視点、お客さまの視点などが抜けていて、独りよがりの内容になっていたという人が少なからずいました。
こうしたことを一度整理してみるだけでも、目的や会社・部署における位置づけなどがより明確になり、上司ともコミュニケーションがしやすくなります。
上司のほうでも、何をサポートすればいいのかが具体的になり、もっと良い活動にするためのアドバイスをしてくれるようになるでしょう。

今の組織が抱える課題は複雑かつ難解です。上司の経験だけでは解決できない問題も増えています。
正解なき時代には、世代を超えたメンバーの知恵と意欲を生かしていく上司のスポンサーシップがますます重要になっていると感じます。