前編はこちら

なお、ここでの新価値創造に向けた創発プロセスは、前編でお伝えしたように“グループの異種混合メンバーで、コア・コンピタンスを深掘り、応用して提供価値のアイデアを出す”という「コンピタンス起点」のアプローチです。

【創発が高まる議論のプロセス】

「価値ベース」の思考に転換する

新たな価値を生み出すためには、まず何より「価値ベース」の思考へと転換することが必要になります。

たとえば、「骨伝導イヤホン」という製品を取り上げてみましょう。
もともと骨伝導の技術は補聴器に使われていました。その場合の価値は「耳が不自由な人に音を届ける」というものです。一方、現在の骨伝導イヤホンは「耳を塞がずに音が聞ける」という機能価値を生かして「ジョギングなどのスポーツをする」際に利用されています。耳を塞がないことで、長時間のスポーツが快適に行なえるだけではなく、車や自転車など周囲の危険にも気づくことができるからです。
そう考えると、骨伝導イヤホンの経験価値は「好きな音楽を聴きながら、安心・安全、快適にスポーツを楽しめる」「街中でも安心してジョギングに没頭できる」などになるかもしれません。

あくまで一例ですが、このように「技術や製品の価値」というものは時代や世の中のニーズとともに変化していくため、新たな価値を創造するには、顧客視点で「価値の本質」を捉え直して新たな経験価値を見出すことが大切です。

そこでプログラムの初日では、まずは自分たちが扱っている既存の商材に関して
・そもそも、この商品は何を目的につくられたのか?(意味・目的)
・実際にお客さまは何のために、どのような場面でこの商品を使っているのか?(現場の事実・実態)
・どのような点で喜ばれているのか?(想い・感情)
などの具体的な背景情報を出し合います。そこから本質を抽出して「価値を洞察する」プロセスを繰り返すことで、「価値ベース」の思考への転換を行ない、2日目の新価値創造に生かしていきます。

コア・コンピタンスを洞察する

さまざまな企業をお手伝いする中で、よく耳にするのが「自分たちの強みがわからない」という声です。このプログラムでは、「コア・コンピタンス(その組織が持つ中核的な独自能力)」を探り出し、それをフル活用して新たな価値創造にチャレンジしていきます。

コア・コンピタンスを洞察する上で大切な一つ目の視点は、「提供価値とその源泉となっているコア・コンピタンスとの間に論理的なつながりがあるか」です。
「こういう価値を生み出せているとすると、それはこういう能力があるからだな」「この能力を通じて、こういう価値を生み出しているんだな」と、「提供価値」と「コア・コンピタンス」を行ったり来たりしながら考えます。この訓練を繰り返すことで、コア・コンピタンスを洞察する思考力や認知力が高まっていきます。

二つ目の視点は「そのコア・コンピタンスが他にも転用・応用できるものであるか」です。
たとえば、ここで取り上げた企業の場合は、グループ各社から毎回30人が参加して、30個のコア・コンピタンスが再定義されます。それを資源として活用・転用し、課題解決や市場創造の可能性を考えていきます。

このプロセスは本来、「豊富な経営資源があるのにそれを十分に生かせていない大企業」「複数の分野にまたがる事業を展開している企業」などにとって大きな効果があります。
「自分たちの会社にはこんな独自能力、強み、経営資源があるんだ」という事実に気づくことでポジティブなエネルギーが高まり、それを技術的な裏づけにしながら今までにない商品・サービス、ビジネスモデルを考えることが可能になるのです。

効果的な「発散」と「収束」の議論を繰り返す

新たな価値を生み出すためには、「発散」と「収束」という相反する思考が必要になります。

◆「発散」のプロセス

前編の環境づくりで取り上げたように、効果的な発散を行なうためには、大前提として「この場ではどんな意見を言っても大丈夫」という「心理的安全性」を確保することが重要です。いきなり質の高い意見を集めようとするのではなく、「質はいったん横に置いておいて、とにかく多くの意見を出し合うことが歓迎される雰囲気」をつくる。それが、結果的に質の高いアイデアの創出につながります。

また、メンバー同士で「思考を促進するための問いを投げ込め合える状態」をつくることも大切です。
そこでカギになるのが「問いを立てる力」です。特に「新価値創造」という観点では、①で取り上げた「そもそもの意味や目的」「現場の事実・実態」「想いや感情」などの背景情報を引き出し合うための問いを立てる力が必要になります。
プログラムにおいては、初日に10人×2回(計20回)の議論を通じて「問いを立てる」思考回路を開発します。それによって視野を広げ、思考を深めることが、2日目の新価値創造における発散の質を高めていくのです。

◆「収束」のプロセス

いくら発散しても効果的な収束ができなければ、質の高いアウトプットには至りません。
プログラム2日目の議論では、まずアイデアをたくさん出し合って3つに絞り、さらに1つに絞った上で新価値の企画をつくる、という流れに沿って何度も発散と収束を繰り返します。
“効果的な収束ができているか”どうかは、「メンバーが腹落ちしているか」「質の高いアウトプットにつながっているか」が基準になります。

効果的な収束のために私が大切だと思うことは、「この場で出ているアイデアに対して、一人ひとり(自分自身と他者)がどう感じているか、何を考えているか」についての本音を共有することです。
この情報の共有を通じて、「なるほど、そういう見方もあるのか」「そう感じる人もいるのか」「自分はこういう視点で見ているのか」など、個々のものの見方や判断軸が明らかになり、それが一人ひとりの認識や感情に刺激を与えます。その刺激が新たな問いと対話を生み出し、もともとのアイデアがさらにブラッシュアップされていきます。

そして、その相互作用を通じてアイデアが「個人」ではなく「チーム」としての集合知に昇華していくと、「よし、これで行こう!」と腹落ちできる収束につながるのです。

「楽しさ」を持続と探究の原動力にする

新たな価値を生み出すためには、「このプロセスが楽しい」「もっとやりたい」という意欲や関心でどんどん前に進んでいく状態、内発的動機を高めるプロセスをつくることが大切です。
では、どうすれば人は「楽しい」と感じることができるのでしょうか。創造的に楽しく考えるためのポイントをニつ挙げてみます。

一つは、「やらされ感」ではなく「自分たちの意思と想いで進めている」という感覚を持てること。
そのためにファシリテーターは、「チームに参加はするけれども自分が答えを持つわけではない、答えはチーム全員でつくっていく」という一貫したスタンスで伴走します。

また、「チームの心理的安全性を確保するために中立的な立場をとる」ことと「チームのエネルギーを上げるために自分もメンバーとして意見を言う」ことのバランスを取りながらファシリテートしていきます。
ファシリテーターの意見は影響力が大きいため、(失敗も多々ありますが)できるだけ自分の思考・行動を客観視してポジティブなインパクト、ネガティブなインパクトの両面を意識しながら働きかけています。

二つ目のポイントは、「できる限りお互いに評価、否定、批判はせず、相手の意見に乗っかり合う」こと。
「なるほど、それいいね」「だとするとこういう観点もあるね」と相手の意見を受け止めながら肯定的な意見を言うようにすると、「意見を出し合うことは楽しいことだ」「もっと他の人の意見を聴きたい」という雰囲気が醸成されていきます。そのような好循環サイクルが回り始めると、次から次へと意見が出てくるようになり、議論がどんどん楽しくなっていきます。

安心・安全な環境の中で考えることに夢中になれる体験は、新たな価値の創造に向けての内発的動機、チームワーク、チーム思考力を加速度的に高めることにつながります。

オンラインツールを活用する

コロナ禍で2日間のプログラムは完全オンラインでの実施になりましたが、それによって気づいたことがあります。新価値創造の質が対面の時よりも上がっているのではないか、ということです。その理由の一つに「オンラインツールの活用」があります。

対面で実施していた時は、主にホワイトボードやポストイットを活用してグループワークを行なってきました。一方、オンラインにシフトしてからは、オンライン版パワーポイント、オンラインホワイトボード、マインドマップソフト等のツールを活用しています。

オンラインツールを活用すると、「全員が同時に書き込める」「議論の履歴をすべて残せる」「ホワイトボードやポストイットより見やすい」「何度も書いたり消したりしやすい」「議論を構造化しやすい」などに加え、Zoomのブレイクアウトルームを使い、小グループに分かれてワークをする際も「他のグループの議論の内容がリアルタイムで見られる」などのメリットがあります。
こうした「情報の可視化、共有化」によって活用できる情報の量はさらに増え、よりよい「集合知の創造」につながりやすくなっていると感じています。

「価値創造力が育つ場」、今日の経営にとっての意味

企業が本来持つ資源・能力を最大限に活用して新たな価値を生み出し続けるためにはどうすればいいのか。この一見難しそうなテーマに対する一つのアプローチが、メンバーの異質性や多様性を創造に生かしていく「創発の場」です。

私たちはこのプログラムを10年以上にわたって続けてきましたが、この間の劇的な環境変化とともに、経営にとっての意味も変わってきました。
今日では、「グループ企業の持続的成長の源泉となる人材を育てる器」「社会的に存在価値の高い企業に変わっていくための新たな文化の下地」になっています。

トップでさえ正解を持てない時代の経営においては、自分で問いを立てて考え抜き、多くの知を取り入れて新たな需要を創出できる人材の育成が急務です。多くの組織にとって最重要の経営課題である「価値創造型の人材の育成」については、まだまだよりよい方法や機会を開発していく余地もあるでしょう。これからも探究を深めていけたらと思います。