テキストコミュニケーションがやりとりの中心になり、人と人とが向き合って話をする対話が希薄な組織では、マネジメント機能や生産性、働く人の活力も低下します。それに加えて、見過ごせないのが“組織にとって大事な生きた情報”が隠れてしまうという情報流通の問題です。

たとえば、組織に潜在する問題の種や社員のさまざまな感情、個人に属する暗黙知などの情報が表に出ない状態で放っておくと、問題が複雑化して、じわじわと経営の健全性を蝕んでいくリスクになります。

ここでは、情報流通の観点から対話レス組織に生じる3つの問題と、それを早期に見える化して日常的に予防するための糸口になる「シンプル対話のステップ」をご紹介したいと思います。

テキストには載らないリアルな生情報は「人」に乗って流れる

昔と違って今の企業では、社員に必要な社内情報は幅広くイントラで公開されています。会社の動向や組織、業務に関する公式情報、ナレッジベースのような形式知化した情報など、誰もが閲覧可能なデジタルコンテンツとしての情報には事欠きません。一方的な発信で、多くの人が効率よく共有・活用できる情報です。

それに対して、決定事項がなぜそうなったのか、実のところどうなのかといった事実・実態や背景の情報、現場の人間が感じる疑問や懸念のような感覚的な情報は、気軽な雑談や信頼関係のある人同士の間ではやりとりされるものの、人によって理解や解釈がバラつくこともあり、組織的には共有されにくい情報です。

そこには、さまざまな問題の種、兆しや原因になるものが潜んでいますが、ものが言いにくく、人間関係が希薄でコミュニケーションの乏しい組織にとって、それらは扱うのが厄介なネガティブな情報です。「あいまいなことを言ってはならない」「問題は必ず解決策とセットで提言すること」といった暗黙の規範が行き渡り、安心して対話ができる習慣がない組織では、そうした情報は表に出ないまま隠れてしまい、問題があっても顕在化しないのです。

【現場感覚から出てくるリアルな生情報(例)】

「同業の〇社に不具合が出たようです。うちも同じ原料を使っていますけど大丈夫でしょうか」
「部門の欠員が出たままですが、来期もこの予算でいくんですか?補充を頼んでも離職者はまだ出そうですよ」
「部長会の報告は以上ですが、〇〇からこんな話が出たので、念のためチェックしておいたほうがいいかもしれません」
「ここのところ、複数のお客様から同じような問い合わせが何度もきてるって、ちょっとおかしくないですか?」

このような「リアルな生情報」は、現場感覚を共有するメンバー同士のやりとりの中からポロっと出てきます。
「個人的にちょっと気になる」レベルで出てくるこうした話の多くは、主観的な推測だったり断片的だったりする、あいまいな情報ですから、公式に問題化されることはあまりありません。

現場のほうでも、表に出すことのメリットと、出さないほうの安全性を天秤にかけ、この情報は出しても大丈夫だな、報われるなと思えば口に出しますが、そうでない場合は言わないほうが安全だと判断してフタをします。仮に「問題はないか」と聞かれても、表面的なことを言ったり書いたりしてその場をしのぐのです。

生きた情報が流れない対話レス組織に生じる3大問題とは

役員提案などではよくある風景だとしても、私はちょっと不安になりました。

1.問題の種が膨らむ

ここ数年、大きな問題もなく安定操業を続けてきたある会社の工場。「会社をもっと強くしたい」という社長の思いで行なわれた対話の場でのことです。

30代のリーダーが進行役を務め、「嫌なことや気になったことがあれば教えて」とメンバーの一人ひとりに投げかけたところ、普段の現場で起こっているいろいろな出来事が「QCで出すほどではないと思っていたので」とか「個人的な好き嫌いの話だけど」といった前置き付きで語られました。管理者が聞けば冷や汗をかくようなリスク案件も含まれています。

進行役のリーダーは「そうなんだ。もっと楽にできるやり方を考えたいですね」「それ、言ってよ~」と受け止めつつも、内心では〈え?そんなことやってたの?〉〈そのまま続けてたらムダだろう〉〈それ、まずいでしょ。事故にならなくてよかった〉と驚くような危うい情報がざくざく出てきます。

作業担当者にしてみれば、「こんなもんだと思っていた」「わざわざ報告するまでもないと思っていた」「喋らなくていい仕事を選んでここで働いているから」などの理由で黙っていたようなのです。誰にも悪気はありません。

本人にとっては「言うほどのことでもない」ことでも、別の人から見れば申告すべき情報であり、内容によっては「問題」になります。
たとえば、決められたところに処理するルールになっている廃棄物を、忙しすぎる時には違う場所に捨ててしまい、清掃会社の作業員が健康被害に遭うところだった、という話もありました。

こうしたささいに思えることでも、積もり積もれば大きな問題に発展しかねません。その事実が当事者によってありのままに語られ、問題として明るみに出てはじめてリスクが回避され、改善・解決の道が開けるのです。

2.人に内在する価値の種が埋もれる

企業の「人」の中に蓄積されているノウハウを形式知化し、次の世代の基盤にしていく知的資本の活用は持続的成長にとって大きなテーマです。しかし、個々が仕事を通じて長年蓄積してきた経験知・暗黙知を表に出して共有する「技能の伝承、技術の継承」は、その重要性に反して思うようには進んでいません。

技術・技能の継承は、経営陣や本社部門、事業部門が自分たちの事業を存続させるために向き合うべきテーマです。人から人へと次の世代に引き継ぐための議論には、ノウハウの形式知化だけでなく、人材の確保(特に若手)、世代間の意思疎通や価値観ギャップを埋める、などの課題と一体で扱わざるを得ないという大きなハードルがあります。

私自身もそうですが、ベテラン世代には「時間をかけて検証してきた経験知を伝えたい」という気持ちがあります。その一方で、「今は時代状況が違うから伝えても意味がないかもしれない」「本人がゼロから自分で考える真の学びを邪魔してしまう押しつけになるのでは」という思いもよぎります。若い世代が受け止めやすい声のかけ方、伝え方にも工夫が必要でしょう。

ベテランが長年磨き込んできた技術・技能を単に形式知化した情報で渡すのではなく、その必然的背景、技術者としての精神や思い、知的資本としての生かし方などと一緒に託すためには、受け手に「共感」が生まれる対話が大切なのです。

それを個人任せにせず、対話を通じてナレッジベース化しようと試みる企業もあります。

あるIT企業では、プロジェクト終了時、メンバーが次のプロジェクトに異動する前に、みんなでシートを使ってふり返りをしています。ノウハウの蓄積につながるように工夫されたシートは、所定の項目に書き込むだけでも有効な仕組みです。

ある時の大規模プロジェクトのふり返りでは、さらに各セクションから中堅クラスを集め、対話の場を設けました。異なるセクションの同僚たち同士で記入したシートを見ながら、「これって具体的にはどういうこと?」「実際、何がネックだったの?」「この重要人物って誰のこと?」などと質問し合いながら、それに答えるかたちでリアルな仕事の状況や問題、うまくいったキーポイントなどをどんどん書き出していきます。そこで言葉にして記録にとどめたシートは、次の仕事に生かせる共有情報になりました。
目に見えない、言葉や文書にしにくい情報が対話によって形式知化されたのです。

そんなやりとりの過程では、一緒にプロジェクトを進めた異なるセクション同士がお互いに相手のことをどう思っているか、本当の気持ちを確かめ合うこともできました。プロジェクトの中で個々の果たした役割、貢献の価値が情報として浮き彫りになるだけではなく、お互いを讃え合う言葉かけと気持ちのやりとりによって、互いの特性を生かし合う協働のベースも築かれたのです。

3.血の通わない会社・経営への不安と不信が膨らむ

1つ目に挙げた「問題の種が膨らむ」組織風土に起因することですが、大問題が起こった時の会社の姿勢や情報の扱い方は人心を大きく左右します。不祥事が発覚した時の会社の対応には組織風土が如実に現れるからです。

その会社の社員が「ニュースで初めて知った。社内に真っ先に知らせてほしかった」「上の人に聞いても『私だって知らされてない』としか言わない」と自社への不信感を募らせると、会社を見限って退職する人も出てきます。経営にとっては、人材流出という2次被害に見舞われることになります。

ある会社で自社製品が市場不具合を起こし、ニュースになった時のことです。
会社では総務部から社員に向けて、「報道で出ている事案に関しては調査を進めているところなので、皆さん落ちついて行動してください」という趣旨のメッセージが一斉配信されました。

その後の社員への説明や情報提供は、部門によって対応が分かれました。
数日後に、「今回の件は、部長会の議事録に詳しいので読んでおいてください。以上」という伝達をした部長。個人的見解を排した公式情報に徹しました。

一方、課長を集めて「部長会の報告は以上ですが、ここにいる皆さんに口頭でお伝えしたいことがあります」と、自分の意見も含めて伝えた部長。その後、「結局、うちの会社の問題だったんですか?」という質問に対して「そう簡単に白黒つけられないらしくて、~ということらしいんだよね」と、わかる範囲で説明し、それに重ねて「社員の家族の方が周りから何か言われて動揺するかもしれないから、社長はそのあたりを気にしているらしい」と感覚系の情報を補足します。
内容にはあいまいな部分も含まれますが、後者の部長の対応は人の血が通ったコミュニケーションといえるでしょう。

それをきっかけに、この部門では担当業務にメスが入り、今まではバラバラだった社員たちに「自分たちの会社をなんとかしよう」という意識が芽生えたのでした。

人が自発的にリアルな生情報を出せるようになるためには、自分の言葉で話し、ありのままを受け止め合うなど“共感と納得”の対話を意識した働きかけが必要です。
後編では、質問や声かけをうまく使ったシンプルな対話の進め方をご紹介します。

(後編につづく)