それを頭に置きながら、「やるからには」とモヤモヤを目の前に並べ、自分なりに納得して経営していくために“ブラしたくないもの”は何かを探ってきました。以来、いろんなことにぶつかりながら経営を実践していく中で、大事な場面で支えになってくれた指針といえるものが「私の経営者としての哲学」です。

【サラリーマン経営者である自分なりの哲学】
1.指名されたからやるのではなく、自分が担う目的と意味と価値を見つけて選択し、1年ごとに問い直す
2.そもそも、経営の方向性や課題などについてオーナーと率直に意見が言い合えないなら、経営を担わない
3.自分の強み・弱みや特性、人との違いを明らかにし、いち早く社内外のプロとネットワークをつくり、活用する
4.私心を警戒し、公正に近づけるよう努力する
5.自分がめざす経営をやりきり、経営の局面が変わったら、潔く次にバトンを渡す

不安と葛藤の中から見つけた気持ちの土台と支柱

一般的に、社内人材が経営者になる場合、会社での長年の経験を持ち、多様な役職を経て昇進した人物が選ばれることが多いのですが、スコラ・コンサルトはフラット組織で階層や役職がありません。全員が投票権を持つ総選挙で代表候補を決め、代表候補が役員候補を選出します。選ばれた代表候補は、まずオーナーと、会社や事業の方向性や経営に対する考え方、価値観などをとことん話し合い、お互いがコミットできたら、株主総会で代表取締役・役員として選任される流れです。

この経営承継の仕組みには、自分の会社の代表は自分たちで選ぶという、民主主義を大切にする創業者の意思が引き継がれています。

オーナー経営者は、会社の所有権と経営権を兼ね備え、自身のビジョンや価値観に基づいて企業を運営することができますが、サラリーマン経営者の場合は、限られた期間や制約がある中で経営を担います。オーナー経営者だった自分の父を見てきた私は、オーナー経営と組織的な経営の違いに戸惑い、経営経験のない自分の未熟さばかりが目につく時期もありました。

しかし、その現実を変えられないものとして向き合う覚悟ができたとき、では“何があれば”不安や葛藤を乗り越えて自分らしく経営ができるだろうか、と考えるようになりました。
最終的に哲学といえるようになった5つは、こうした葛藤があったからこそ見つかったものです。

サラリーマン経営者としての5つの哲学

指名されたからやるのではなく、自分が担う目的と意味と価値を見つけて選択し、1年ごとに問い直す

【葛藤の克服】「やらされる」状態から「自分の目的と意思でやる」状態へ

代表候補に自分の名前が挙がったとき、まず私が感じたのは「なぜ今、私が経営をやる必要があるのか?」という問いでした。私としては、引き受けることの意味や価値を自分自身で見つける必要があったのです。そして、毎年それを問い直すことが習慣になりました。

私の父は企業の創業者で、兄は2代目オーナー経営者です。当時、私が経営を引き受けると聞いた兄はすぐ家に飛んできて、開口一番「なぜ、あえてお前がサラリーマン経営者になるのか」と私に問いました。「僕ならやらないけど、なぜおまえはやるんだ?」と言われたときに、「私がやったほうがいいと思っているから…」と中途半端に答えたら、「お前の本当の気持ちはどうなんだ?」と重ねて追及されました。

私は何度も自分に問いかけながら、「この事業を残したい、成長させたいと思っているし、オーナー企業の経営もある程度わかっている私が引き受ける意味と価値はあると思う。それに私は、オーナーにも社員にも顧客にも幸せになってもらいたいと思っているから、実現できたらとても幸せだと思う」と答えました。

最初は反対していた兄ですが、最後には「なら、俺はお前を心から応援するよ」と言ってくれました。以来、私の自問自答と兄とのやりとりは年越しの習慣になっています。私にとって、自分が経営をやる目的と意味と価値を問うことは、経営の1年をふり返り、次の年をやるかやらないかを選択して腹に落とす大切なプロセスなのです。

そもそも、経営の方向性や課題などについてオーナーと率直に意見が言い合えないなら、経営を担わない

【葛藤の克服】目的に対しては、オーナーとの間に立場の上下はないはず

サラリーマン経営者にとって、オーナーとのコミュニケーションはとても重要です。平常時は互いにフラットな対話ができていても、事業の低迷時や経済の混乱期には意見が異なることが多くなります。そのとき問われるのが、お互いの考えや意見をしっかり聴けて対話ができるかどうかです。経営の判断には常に会社と社員の未来がかかっているわけですから、両者の間で受け止め合うやりとりができなければ、経営としての役割と責任はまっとうできません。

私の場合は就任3年目で、経営方針の決定とその体制づくりについてオーナーと大きな衝突がありました。それはもう周りが引くくらいの激論が続き、感情が高ぶって「ほんま、経営降りたろか!」と瞬間的に思ったくらいです。しかし、自分自身で経営を担うと決めた目的を思い出しながら気持ちを落ちつかせ、なぜ相手はここまで考えを曲げないのか、その背景などを聞き、自分の気持ちも伝えながら本音で対話をしていきました。そこから対立を超えた先の姿が見え始め、今までにない意見やアイデアが湧き出てきたことを覚えています。

相手がオーナーだからといって意見や提案をそのまま受けるのではなく、自分の腹に十分落とし、それを生かして超える提案やアイデアを自分の中で見つけていく。それによって、より相互信頼が深まったように思います。

自分の強み・弱みや特性、人との違いを明らかにし、いち早く社内外のプロとネットワークをつくり、活用する

【限界の克服】「短所是正」ではなく「長所伸長・短所補完」の経営体制に

これは人によるのかもしれませんが、一般的に内部人材の経営者は、自社の経験しかないために視野が狭くなりがちで、新しいアイデアや経営スキル、専門スキルが不足していることが多いと言われます。私自身もそうでした。

ただ仕事柄、人それぞれの違いや特性を見て、どうやったらメンバーのフォーメーションで補完関係がつくれるのかなどを常に意識しているのがプロセスデザイナーです。自分に対しても就任前から強みや弱みを洗い出し、今の経営や事業、組織に不足している機能は何か、何を補完する必要があるのかを考えていました。

中でも経営チームは、お互いの強みと弱みをしっかり理解し、いつも助け合える関係性でありたいと思っています。とはいえ経営メンバーも同じ内部人材ですから専門知識があるとは限りません。そこで、経営チームで相談しながら外部の専門家を探し、経営のアドバイザリーチーム体制をつくりました。

サラリーマン経営者はオーナー経営者とは違い、ある程度の就任期間でバトンを引き継ぐことが一般的です。経験のない経営メンバーであっても経営体制が整っていれば、素早く課題に着手して進めることができます。さらに次の代への継承時にも、経営のバトンゾーンでシームレスに引き継ぎができ、代々の経営者が自分だからこその経営の仕事に集中できると考えました。

私心を警戒し、公正に近づけるよう努力する

【限界の克服】自分の経験をもとに考える「認知バイアス」を意識する

経営者は多くの権限を持ち、権力を行使することが可能な立場になります。権力自体が悪ではないのですが、使い方によっては権力の乱用にもなりかねません。経営者も人間なので、感情が不安定なときがあったり、自分のこだわりや執着に左右されたりすることもある、と自覚しておくことが大事です。

また、在任期間が長くなると、慣れと気持ちの緩みで判断が甘くなり、公正さを欠く可能性も高くなります。
サラリーマン経営者は内部人材なので、社内のメンバーはその癖や性格をよく知っています。経営の立場になった時点で、判断の視座や視点を高く持つよう切り替えることができなければ、社員の不安や不信感にもつながるのです。

そこで私は、判断や意思決定の際に自分の意見や思いが強く出ている場合は、「この決定は十分に衆知を集めて公正に判断した結果なのか?」と経営メンバーや自分自身に問うようにしています。トントン拍子で物事が進むような時も、いったん流れを止めて確認することで、意思決定に修正をかけたり、質を上げたりすることができるのではと考えています。

自分がめざす経営をやりきり、経営の局面が変わったら、潔く次にバトンを渡す

【限界の克服】「前例踏襲で失点を避ける」(現状維持)よりも「自分にしか生み出せないものに集中する」(新陳代謝・進化の要素)

人が自分の強みで活躍し成功するプロセスの支援が私の喜びです。就任時はコロナ禍でなかなか手をつけられなかったのですが、魅力的な個性やナレッジを持つプロセスデザイナーを市場に打ち出し、活躍できるフィールドを広げてもらいたいと思っていました。経営がもっとバックアップして活躍できるメンバーを増やすことは、現場レベルでプロセスデザイナーの人柄や仕事ぶりを知り、そのタレントを生かしたいと思う自分だからこそ推進できる課題だと考えています。

毎年ごとに経営を担う目的と意味と価値を問い直している自分ではありますが、時代やビジネスの環境が変わり、会社が新たな局面を迎えるときには、また次の代表へとバトンを渡すことになります。担うときと同様、降りるときも、持続していく会社にとっての最適を問い、自分自身で決める。自分が経営を担うのは長い歴史の一部なのですから、タイミングを見極めてスムーズにバトンを渡すことも責任のひとつだと考えています。

近年では、オーナー家の家族や子孫が経営継承をせず、外部人材や内部人材に経営を任せるケースも増えてきました。その時々の企業経営のニーズや外部環境に応じて、異なる背景や特性を持つ人材の中から最適な経営者を選んでいく時代になりつつあります。

そのとき、枠の中に納まる窮屈な「サラリーマン経営者」ではなく、もっと自分の主体性を呼び起こし、隠れた知恵を生かし、周りの力を借りながら柔軟に経営する人が増えていってほしい。オーナーから受け継いだ思考の姿勢のおかげで自分が楽になった経験も踏まえ、問いから始めて“経営を自分のものにする”哲学的アプローチがこれからの時代はとても必要だと思うのです。

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創業者の柴田と最後に会って話したのは亡くなる10日前、このコラムをほぼ書き終えたタイミングでした。「今回のコラムは私が経営を通じて学んだことを書いたので、ぜひ読んでくださいね」と伝えたところ、満面の笑顔で、小さく指を動かしてOKサインを出してくれました。そして「来年も一緒に頑張りましょう」となぜだかお互い涙を流しながら握手をしたのが最後になりました。

就任当初、私は多くの重圧や葛藤を感じていましたが、今では自分たちらしいスタイルで経営することの楽しさや喜びの気持ちが増しています。混乱と混沌の時代は続きますが、柴田から学び受け継いだ私なりの5つの哲学を心に刻み、これからも自社を含めた企業の成長と持続のために尽力していきます。そして何より今は、私たちの未来と可能性を広げてくれた柴田昌治に心から感謝を伝えたいと思っています。