もともと日本企業は、長年にわたる外圧やさまざまな国際ルールへの対応力、高度経済成長を牽引したチームワーク力の高さなどから、ダイナミック・ケイパビリティのポテンシャルは高いと言われています。しかし、それがバブル経済崩壊後の「失われた30年」の間にかなり弱まってしまいました。
さらに「サクセス・トラップ」に陥ったままの企業では、環境変化に適応した新たな経営とそれを支える組織のアップデートが進まなかったのです。
ここでは、日本企業が強いと言われる「組織の持つダイナミック・ケイパビリティ」と、その基礎となる「組織」や「組織能力」とは何か、ということについて考えてみたいと思います。
INDEX
ダイナミックな組織の能力は「組織プロセスの働き」で決まる
そもそも組織とは、個人ではできないことを構成メンバーそれぞれが持つ能力や知識、知恵を出し合って、チームワーク、協働で実現するためのシステムです。組織には、「個人の能力」をその総和以上の「組織の能力」に変えていく、たとえば1+1を3や4、5にしていくようなさまざまな機能が備わっています。
この「組織の能力」を引き出す機能を果たしているのが、組織の中で働くさまざまなプロセスです。
ある行動を一人で行なう場合と異なり、それを二人以上で協力して一緒に行なう場合、個人間では、目的の共有や必要な情報のやりとり、環境認識や解釈のすり合わせ、互いの役割確認、タイミングの調整、進捗度合いのモニタリング、カバーや手助けなどといった相互行為や調整がなされ、それによって互いの行動がコントロールされたり、修正されたりするといった相互作用が発生しています。
このような、1+1を3、4にする機能を果たしている相互行為や相互作用を「組織プロセス」と言います。
組織プロセスが相乗効果的に機能すれば1+1は3、4になります。
一方で、たとえば目的が共有されていないとか、情報のやりとりができていないといった組織プロセスの不具合があれば、1+1が1とか0.5とか、個人の能力の総和未満になります。
「自分一人ではこれだけ大きな仕事はできなかった」とか「皆でやると早い」、あるいは逆に「一人ひとりは優秀だけど業績に結びつかない」とか「担当者間の調整ばかり多くて何も進まない」など、企業人であれば日常的に思い当たることがあるでしょう。
組織論の父といわれるC.バーナードは、組織を「二人以上の人々の意識的に調整された活動や諸力の体系(システム)」であると定義し、その“調整された活動や諸力”のことを「協働的相互作用」と呼んでいます。意味としては先述した「組織プロセス」とほぼ同じと考えていいでしょう。
「組織は個人の集合体である」というある種素朴な、要素還元的な組織観からすると、ちょっとわかりにくいかもしれません。
バーナードは組織を「個人の集合体」という静的なものではなく、いかようにも変化する動的なものとして捉え、「さまざまな組織プロセスによって構成される協働システム」だと言っているのです。
組織の捉え方によって施策アプローチも変わる
組織の定義の些細な違いが現実の経営にどれだけ影響があるのか? と思われるかもしれません。しかし、組織を「個人の集合体」と見るか、「さまざまな組織プロセスによって構成される協働システム」と見るかによって、組織の能力を高めるためのアプローチは全く違ってきます。
組織を「個人の集合体」と捉えると、「組織の能力は個人の能力の総和だから、組織の能力を上げるには個人の能力を上げればよい」ということになります。企業の人材採用や人材開発は、この考え方に基づいています。
かたや組織を「協働システム」と捉えると、「組織プロセスの機能を高める」というアプローチになります。まさに、この考え方に基づいた取り組みが組織開発なのです。
つまり、組織の能力やパフォーマンスを高めるためには、個人の能力だけでなく、その総和以上の力を生み出す「組織プロセスの機能」を高めるアプローチが必要になるということです。
環境変化を乗り越えていく持続可能な力を組織に託す
日本企業では「組織は個人の集合体」という考え方、「個人の能力」や「個人の頑張り」に期待する発想がいまだに根強く、組織の能力を高めるための施策といえば、優秀な人材採用と人材開発、個人のモチベーションアップといった人事施策に偏るケースが多いというのが実感です。
経営者にも人事担当者にも、“組織には個人の能力の総和以上の力を生み出す機能(組織プロセス)が働いている”という認識がない企業がまだまだ多いように思います。
組織の能力をさらに全体の変わる力へとアップスケールしていくダイナミック・ケイパビリティは、環境の変化に合わせて企業が保有するリソースの再構築、再配置をし、リソースの総和以上の新たな価値や事業を生み出していく有機的な統合の力、「オーケストレーション能力」とも言われています。
世界で同時進行するニューノーマル時代の「組織開発」は、個人の能力をオーケストレーションして総和以上の組織の能力を生み出すことにとどまりません。自ら変わることで持続する組織プロセスのデザインによって、ダイナミック・ケイパビリティを強化していく取り組みなのです。
グローバルでは、気候変動や資源問題、国家間の関係など経済や雇用に大きく影響する環境要因や新しい企業経営の考え方、グレート・リセットに対応していくための要件としてダイナミック・ケイパビリティが注目され、組織能力やチーム力の探究が真剣に行なわれています。
その点でいえば、日本企業は目的の設定においても手段の活用においても周回遅れの状況にあり、たとえばジョブ型雇用やテレワークの導入などを見ても、制度や働き方など形だけで対応しようとする傾向が強くあります。それが続いて、プロセスとしての協働や組織のあり方の探究が疎かにされると、グローバルの経営トレンドからさらに立ち遅れてしまい、日本企業が競争優位性を失っていく危険性があります。
あらためていえば、前提となる「組織の捉え方」の違いだけで、長期的には埋めようのない差が生じてしまうのです。
日本企業がもともと持っていると言われる組織のダイナミック・ケイパビリティを強みとし、持続的な競争優位性の源泉にしていくためには、組織を見る視点とアプローチの転換が出発点になります。
多くの日本企業の経営者、経営企画・人事の担当者、現場の組織責任者が、「組織とはどういうものか」「組織の能力は何から生まれるのか」「いかに組織能力を高めるか」について、しっかりとした理解と認識を持つことができるかどうかが進化の分岐点になるのです。