すでに多くの企業が中計の見直しを余儀なくされていますが、今のような環境の急変がもたらす事業への影響を想定するのは困難です。しかし、今後はこうした見通しの立ちにくい状況を当たり前として方向や針路を決め、会社を動かしていかなくてはなりません。そこで必要になるのが羅針盤の役割を果たすビジョンなのです。
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「計画達成型」のビジョン、方針展開の前提が崩れる
企業経営において、新たな時代を生き抜いていくためには、従来の常識や価値観の上に成り立ってきたマネジメントシステムを根本的に問い直さなければなりません。特に、企業活動の軸となる「ビジョン」「方針展開」などは、考え方・あり方レベルの転換を伴うやり方の見直しが必要だと考えています。
経済や市場の見通しが立ち、過去の知識と経験から「これをすれば間違いない」という正解を導き出すことができた時代は、経営トップも目標化しやすい明快なビジョンを示すことができます。それに基づく方針を策定、中計で具体的な目標にまで落とし込み、現場が着実に実行して達成する、「トップダウン+PDCA」による計画達成型の方針展開が主流でした。やるべきことが明確でそれを組織一丸となって確実にやりきるという意味で合理的なやり方だったといえます。
問題は、今のように変化が激しく先を見通せない、複雑な時代のビジョンや方針展開をどうするかです。トップがクリアなビジョンを描けず、方針も不確実性が高いため計画に落とし込めない。企業が変化する環境をコントロールできない以上、従来の「計画達成型」とは違う、新たな考え方・あり方に基づくビジョンと方針展開が必要になります。
計画を持てない今こそ、漂流しないためのビジョンが必要
「先が見通せない時代にビジョンなんて意味がない」そう考える人は少なくないでしょう。しかし、もしビジョンを持たなければ、次々に起こる変化の波にただ身を委ねるだけの“漂流”になってしまいます。
たとえば、あるエネルギー事業の会社では「将来のエネルギーのあり方そのものをデザインする企業になる」というビジョンを掲げています。これは、従来のビジョンのイメージからすると決して明快なビジョン
とは言えない、計画にも落とし込みにくいものかもしれません。しかし、そこには自分たちの新たな意志と進む方向性が示されています。これが羅針盤になるのです。
変化が激しく見通しの持てない複雑な時代だからこそ、羅針盤としてのビジョンが必要なのです。
それは従来の延長線上で数年後の事業の環境を予測し、その時点での売り上げ目標を示すというような消極的なものではありません。予測できない変化は必ず起こるものとして、変化を受け入れつつ、自分たちの「こうありたい」という志に基づくものであることが大切です。この自分たちの意志と進む方向性を、みんなでしっかりと共有するのです。
というのも、決めた方向へと向かっていくルートは、初めからはっきりしているわけではなく、状況の変化に合わせてそのつど自分たちで針路を選択していかなければなりません。そこで迷った時の判断軸になるのがビジョンなのです。
方針展開は「計画達成型」から「変化対応型」へ
先行き不透明な時代には、ビジョンを定めても、方針策定には不確実性とあいまいさがつきものです。従来のように、初めから方針を固定化してPDCAを回していくという計画達成型の展開方法は通用しません。
ニューノーマル時代の方針はあくまでも仮説であり流動的なもの、試行しながら自分たちでつくり込んでいくもの、という認識に立つことが重要です。
仮説の方針の下に、まず動いてみる。そして、常に移り変わる現実と向き合い、そこから得られる情報に意味づけをしたもの(わかっていなかったこと、変化の兆し、新たな気づき、修正すべきことなど)を「後知恵」として方針にフィードバックし、次なる仮説に活かしていく。この試行錯誤のサイクルを回すことで、変化に対応しながらビジョンの実現に近づいていく方針を、経営と現場が一緒につくり込んでいくのです。これが「変化対応型」の方針展開です。
ここで大事なのは、方針策定と実行を分離せずに一体で動かすことです。実行を策定の後工程に位置づけてしまうと、「後知恵」のフィードバックが機能しなくなってしまいます。
方針を変化の波に乗せるカギは「後知恵」のフィードバック
変化対応型の方針展開においては、どれだけ多くの質の高い「後知恵」が方針にフィードバックされるかがキーになります。これによって、不確実であいまいだった方針を、変化の波にうまく乗せながら最適解に進化させていくことができるのです。「後知恵」には、以下の3つの力が不可欠です。
①まずはやってみようという“瞬発力”
②現場にある多くの情報の中から肝心な情報を逃さずキャッチする“感知力”
③②で得られた情報に意味づけをする“洞察力”
これらは、計画達成型の方針展開においてはさほど重要とされなかった能力なので、試行錯誤のサイクルを回しながら鍛えていく必要があります。そして、組織のメンバーのこのような力を最大限に引き出すためには、何よりも「ビジョン(志)への共感」が不可欠です。共感があるからこそ、人は本気になって自分の持つ力をフルに発揮しようとするのではないでしょうか。
ビジョンへの共感を高める
ビジョンを掲げれば、すぐに皆が本気になって動くというわけではありません。ビジョンとの向き合い方には、以下のような段階があります。
【段階1:知る】ビジョンの存在を知る
【段階2:理解する】中身を理解する
【段階3:納得する】「なぜ」「何のために」「どういう思いで」というような背景情報を知ることで中身への理解が深まる
【段階4:共感する】自分が実現したいことと会社のビジョンに重なりを見出す。ビジョンを自分の言葉で語ることができる。
いくらビジョン説明会を開いても、2の段階にとどまっているうちはほとんど動きが出ませんが、3の情報が加わることで人は動き出します。ただし、その動きはまだ上から指示された範囲内のことでしかなく、自発的な動きを求めることはできません。なぜなら、ビジョンへの納得度は高まっても、上から与えられたビジョンであることに変わりはなく、メンバーのビジョンに向き合う姿勢は受け身のままだからです。
ところが、4ではビジョンの実現に主体的に関わろうというエネルギーが生まれます。なぜなら、自分の「こうしたい」という思いと会社のビジョンがつながっている、「自分と会社の共有ビジョン」になっているからです。ビジョンを「理解する」だけではなく、「共感する」にまで高めていくプロセスが、ビジョンを絵に描いた餅にしないためにはたいへん重要なのです。
まず考えてみたいこと
あなたの会社のビジョン・方針展開について、あらためて考えてみてください。
□そのビジョンに「志」は込められているか
□メンバーがそのビジョンに自分の思いとの重なりを見出しているか
□そのビジョンは迷った時の判断軸になりうるか
□その方針展開は策定と実行を分離していないか
□その方針展開では試行錯誤のサイクルが回っているか
□その方針は後知恵のフィードバックによって進化しているか
□そのビジョン・方針展開に魂は入っているか