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考えないで従う金太郎飴
「君はいい仕事をしているし成果も出しているけど、朴訥というか実直、愚直、そのまんまなんだよな。ボクみたいに上司にもっとアピールしないとだめだよ」
そういって彼がA君に披露したトップ昇進の秘訣は、次のようなものでした。
- 自分の席に戻る時は、入口のドアからまっすぐ最短距離を歩くのではなく、ジグザグに、しかも必ず走っていけ。そうすれば上司は「あいつはいつも忙しく働いているな」と思う。
- 上司たちと深夜に及ぶ会議があった時は、たとえ終了が2時、3時でも徹夜して議事録を書き、始業前に出勤して上司のトレーの一番上に置いておくこと。議事録の中身は忘れても、「疲れているのにあいつはよくやるなあ」という評価が上司の心に積み重なっていく。それが大切なんだ。
- 仕事も大学入試と同じでパターン認識が一番重要。予備校で叩き込まれたみたいに、問題を見た瞬間にどのパターンか判断して、すぐ行動に移すスピードが何より重要。君は深く考えすぎなんだ。もっと早くさばけよ。
当時、その会社の営業部長は「うちはビジネスモデルができあがっているから、営業が頑張ろうが頑張るまいが、売上には5%の差も出ない」と言い切っていました。確かに、毎期1000億円を超す大きな事業部でしたが、少数点以下2ケタの位まで100%見込みが読めていた。つまり売りのコントロールが容易にできていたわけです。
一方、業務部長は、生産、販売の過程で出てしまう不良廃却の稟議書が出てくると、「廃却理由は何でもいいから、開発か製造か営業に責任を押しつけろ。その理由を考えるのが君の仕事だ」と、いつも部下に命令していました。
この会社は、長年にわたる技術開発で、ニッチな分野のダントツ企業になり、強力なビジネスモデルを確立していました。確固たるビジネスモデルのある会社は、前例や習慣に従って同じことを繰り返しているだけで結果が出ます。かえって新しいアイデアを考えたり創意工夫をしたりする社員は煙たがられる。新規事業は開発費がかかり、収益も既存ビジネスに劣る。だったら今のままでいい。上に立つ人間にとっては、そこそこ忙しく働いている「ふり」をして今の製品の改良を続けているほうが無難なのです。
そんな会社にあって不器用なA君は、上司の指示に対して、そのつど指示の意味や理由、背景を問い返していました。上司にしてみればうっとうしいばかりです。「お前は余計なことを考えるな、俺の言うことだけやっていればいい」と怒られる毎日でした。上司へのよいしょや、ホコ先をかわすことのうまい同僚たちは、半ばあきれ顔で、彼を「玉砕のA君」と呼びます。この会社では、考えないで従う金太郎飴のほうが良かったのです。
「ふりをする」仕事の習慣が、変わることへの抵抗となって経営効率を下げる
では、なぜ「ふりをする」ことが経営にとって問題なのでしょうか。
会社の寿命が30年と言われるように、どんなに強力なビジネスモデルがあっても、そのまま同じことを続けていたら、必ず競合の出現や新規の技術革新によってビジネスモデルは陳腐化し、市場も衰退します。現実に、レコードはCDへと置き換わり、銀塩写真フィルムもデジカメの出現によって市場は消えつつあります。
その一方で、ビジネスの絶頂期が長く続くと、その会社の中にいる人は表面的、形式的に目の前の仕事をさばく、こなすことだけで事が足りてしまいます。これが次第に忙しい「ふりをすれば」いいだけになり、惰性の中で時間は過ぎていきます。視野、視点も小さくなり、工夫もなくなり、ただ目の前にある仕事を流していくことになりますが、それによってすぐに業績が落ちるわけではないので、そのことが問題だとはなかなか気がつかないでしょう。
しかし、外部や社内で起きる問題の事実をきちんと見なかったり、その本質まで掘り下げて考え、抜本的な対応をとってこなかったり、いつも表面的な絆創膏張り的な対処ばかりをしてきたとしたら、会社はどうなっていくでしょう。
本来、経営や管理職がしなければならない「将来を見ること」や、その将来に対応する「人材・組織の育成の準備」は置き去りにされてしまうでしょう。つまり、事なかれ主義に陥ってしまい、「自社のビジネスはすごい」「我々は永遠に不滅です」という幻影を愛するだけになってしまうのです。
幸いにして開発部門が将来を読んで代替品の開発を行なったとしても、タイミングを逸したら、すでにその製品のビジネス環境、つまり市場構造や他社との競合状態、顧客の要求などはまったく変わり、収益構造も激変しています。
ここで一番変われないのは、過去のビジネスの栄光に慣れてしまった営業・管理部門の役員、中間管理職です。また、その部下の社員にしても「あれこれ考えないで現状を維持することが仕事」という習慣を変えることは難しくなってしまっています。
その「ふりをする」仕事の習慣が、激変する今日の環境下では、変わること、前例にないことへの組織ぐるみの抵抗となって経営効率を下げる、ということが今の業績不振の背後で起こっているのだと思います。
そこから抜け出すためには何が必要なのか。それについては、またあらためてお送りしたいと思います。