マネジメントスタイルを改める?

流通業の営業所A店は、社内でも指折りの優秀な部署です。営業成績がよく、業務も効率的でミスも少ないなど、攻めと守りの両面で優れていることから、社内キャンペーン(売上キャンペーン、業務改善キャンペーンなど)でも必ず表彰されるような店でした。

そんなA店の仕事のしかたはというと、店長のSさんの厳格な管理が行き届いており、社員の仕事を把握したSさんが事こまかにやり方を指示し、こまめに報告を求めて不足するところは厳しく指摘する、という指示・命令のマネジメントで回っていました。Sさんは、この“部下の管理“にかなりの労力を注ぎ込んでいたため、常に忙しく、誰よりも早く出社し、遅く帰るという毎日でした。

Sさん自身、かつては優秀な営業マンであったために、「どうすればうまくいくかは自分が知っている」という確固たる自信を持っていました。「自分の言うとおりにやればうまくいくのだから」という思いで、部下を厳しく管理するスタイルを貫いてきたのです。

 

一方、部署内はというと、営業成績は良いものの、長時間勤務が常態化しており、メンバーの間には疲労感とやらされ感が蔓延し、社員同士が孤立しがち、というあまり良くない状態でした。Sさんからの指示が矢継ぎ早に飛んでくるため、メンバーはそれをこなすだけで精一杯。さらに、「上司-部下」という主従関係で仕事をすることに慣れきっていて、部下同士が相談し合ったり、他のメンバーの様子に気を配ったり、サポートし合ったりといった習慣は希薄でした。

しかし、ある時期から部署の人数が増えたこともあり、Sさんは今までの自分のマネジメントのやり方に限界を感じるようになりました。一人ひとりの仕事内容を把握して彼らを指示によって動かしていくことは事実上、不可能だからです。

そこではじめて、もっと部下自身の考える力や自発性に任せること、指示・命令だけではなく対話によってやりとりをすることが必要だと思うようになったSさんは、自部署でオフサイトミーティングの場を使って対話を始めました。そして極力、部下に仕事の判断を任せるようにし、必要なとき求められたら自分が出ていくようにするなど、これまでのマネジメントスタイルを少しずつ改めていきました。

今まで見えなかった組織のムダが“見える”ようになる

このS店長のマネジメントスタイルの変化は、A店に大きな変化を引き起こしました。

部下が仕事に対して主体的になる、いろいろな提案が部下の側から上がってくる、メンバー同士で話し合って改善を進めるなど、部署全体の仕事のしかたが大きく変わったのです。

その結果、営業成績が良いのは相変わらずですが、業務改善などの指標はさらに良くなりました。残業時間も大幅に削減され、何よりもメンバーがいきいきとしています。以前はSさんが多大な労力をかけてつききりでやっていた仕事がメンバーに委譲され、自発的に楽しみながら自然に仕事が進むようになったのです。

Sさんは、自分の変化がもたらしたこれらの結果を目の当たりにして、「以前の職場が抱えていた大きなムダに気づいた」と言います。「もうこれ以上余力はないというくらい、みんな目一杯働いていると思っていたのに、実は、まだまだ“見えていない”ムダがあったのです」

オフサイトミーティングなどで本音の話し合いができるようになると、今まで見えなかった組織のムダが“見える”ようになります。

「店長から指示されたことは、たとえ現場の実情に合っていなくても優先的に取り組まざるを得ない。その結果、本当に大切な仕事に手が回らない」

「店長が帰らないと、自分だけ先に帰りにくいので、用もないのに夜11時までつき合って残業する」

「何か改善したいと思うことがあっても忙しすぎてできない。一緒にやってくれそうな同僚もいない」

「小さなクレームを店長や同僚に相談しづらくて、ずるずると先延ばしにしていたら大きな問題になってしまった」

何よりもSさんは、自分自身が大きなムダの張本人だったことに気づきました。

 

「昔は、部下の管理をすることが店長の仕事だと思っていました。でも、それは部下一人分の仕事を二人でやっているようなもので、一人分の労力がムダだったわけです。むしろ、店長として本来やるべきより高いレベルの仕事がまったくできていなかった。店長の職にありながら店長の仕事ができていない。これも大きなムダですよね」

いまSさんは、店の日常的な業務については部下にほぼ任せ、自身はより長期的な視点から店やエリアの戦略を考える仕事へと軸足を移しています。

経費削減の目標数値などの「見えやすい」ものと違って、組織風土に潜むムダは「見えにくい」ものの代表格であり、働き方そのものの中にあるそれらのムダを改善することは、組織のパフォーマンスを大きく高めます。それに気づいて、自分たちの手で見えるようにする、健全化していくアプローチが「信頼関係にもとづく対話の習慣づくり」なのです。