▼前回のコラム
「新しい組織開発」のすすめ
~個の能力を組織の能力に高めていくカギは「協働のプロセス」

人的資本経営に対する“変わらない企業”の反応

経営環境の不確実性が増し、変化のスピードが早い時代にあって、2020年代の企業経営には、事業継続のための競争優位性の確保、新たな価値創造を通じた社会への貢献が求められています。
グローバル規模で広がるこうした経営のあり方や、企業評価に関する価値観の変化にあわせて、日本でも今年、政府が企業価値向上と人的資本経営を促進するため、企業に対して指針を発表しました。

人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方のことです。(経済産業省ホームページより)
その実現を加速させるために、政府は「長期的な経営戦略と連動した人材戦略の策定と投資」や「人的資本に関する情報開示」を企業に求めています。

こうした動きに呼応して、昨年ごろから人的資本経営への関心が高まり、政府の出した指針への対応を検討する企業が増えてきました。私たちのところへも、それに関連する組織開発の相談が寄せられるようになっています。

ただ、そうした企業サイドの動きの中に、人的資本経営の本来の意図とは異なる、以下のような ”相変わらず残念な反応”も見受けられます。
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◆人材の獲得や登用、能力開発など、投資が「個人」をターゲットにした「人材戦略」に偏っている
◆「情報開示のための数値指標」導入といった形式的な目先の対応をしている
◆すでに「人材開発」「情報開示」は十分やっているとして、新たな対応は特にしない
◆「人的資本経営」とか「情報開示」とか言われても何をしたらよいのか、経営者も人事部もわかっていない
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企業価値を「高める」とはどういうことか?~人材価値を引き出し、組織開発によって最大化する

冒頭でも述べたように、そもそも「人的資本経営」指針の背景にあるのは、今の企業をとりまく世界規模の構造的な変化とVUCAの状況です。想定外の問題が次々に生まれる環境下にあって、企業は常に新たな課題を受けとめ、自社の事業と組織を変化させながら柔軟に対応していかなければなりません。

今日のESG投資において重視されているのは、そうした自己変革を伴う課題解決力で新たな価値を生み出し、持続可能な地球環境や社会づくりに貢献することで成長していく企業です。そのような企業への転換を促すカギを握るのが人的資本経営なのです。

企業の競争優位性や持続可能性の源泉は、社員一人ひとりの能力であることは間違いありません。これまでどおり、企業価値を高めるためのベースとなる「人材戦略」をしっかり策定し、一定の投資をしていくことは必要です。

ただし、前回のコラムでも述べたように、企業の能力は、個人の能力の総和ではなく、その総和以上の能力に変えていく「組織の能力」によってもたらされます。したがって、企業価値を高め続けるためには、多様な人材の能力や個性、意欲が引き出され、オープンで創造的なチームワークが発揮される組織をつくっていく「組織戦略」がポイントになります。

個人能力の開発である人材開発と、個人能力の総和以上の組織の力を生み出す組織開発を両輪で行なっていくこと、これが企業価値を高める人的資本経営の基本戦略です。
このことをしっかりと理解していないと、先に掲げた不十分で表面的な“反応”をすることになります。

組織戦略の要となる「組織ケイパビリティ開発」

人材開発から組織開発へ。HRの領域でも、企業価値を高めるための組織戦略的アプローチとして「組織開発」への関心があらためて高まっています。
これまで日本企業で展開されてきた組織開発の多くは、職場での対話や関係性構築に限定した活動になりがちで、「メンバー同士の対話はできるようになったけど…」という行き詰まり感があったことは事実です。
これからの組織開発は、「人と組織」が事業や戦略の推進力となって連動し、企業全体の能力や価値を高めるものにしていかなければなりません。

そういう目的のもとに私たちが体系化したのが「組織ケイパビリティ開発(Organizational Capabilities Development:OCD) 」という新時代の組織開発です。

企業の能力としての「ケイパビリティ」には、通常の事業オペレーションのための「オーディナリー・ケイパビリティ」と、環境の変化に適応して自らを変化させていく「ダイナミック・ケイパビリティ」の2種類があります。これらのケイパビリティは、経営者個人の能力、組織が持つ能力、の両方であるとされていますが、日本企業の場合は組織が持つケイパビリティが強みだといわれています。

VUCA環境下で求められるダイナミック・ケイパビリティは、環境変化に適応して新たなビジネスモデルを生み出し、それに合わせてオーディナリー・ケイパビリティを刷新する能力です。

「組織ケイパビリティ開発」は、組織が持つダイナミック・ケイパビリティを強化し、オーディナリー・ケイパビリティを最適化していく戦略的な方法論といえます。
その概要や方法論の基礎となっている考え方については、前回のコラムおよび「組織ケイパビリティ開発」ガイドブックをご覧ください。

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組織ケイパビリティ開発で無形資産を積み上げる企業たち

長引くコロナ禍、変化する国際情勢と揺らぐ世界秩序、世界的な燃料や原材料の不足、進行する円安…と、複合的な影響が避けられない目下の不安定な状況の中で、私たちが支援している企業でも変革への本気度が増しています。

すでに「組織ケイパビリティ開発」に取り組んでいる企業の中には、前回のコラムでもご紹介した「チームワークを機能させる一連の協働プロセス」を定型化し、これからの経営に必要な“仕事とマネジメントの基本サイクル”として、マネジメント層や職場への普及、定着化を進めている企業もあります。
対話や創意工夫によってメンバー個々がチームワークを利かせ、成果の出し方を根本的に変えていく新しい仕事の仕方への転換です。

また、経営幹部チームの「チーム意思決定能力」を高める取り組みによって、衆知を集めて最適な意思決定ができる経営チームに進化を遂げたケースもあります。その企業では、新たなビジネスモデルの創出が進み、業界や市場の注目を集めています。また、それに付随して毎年実施している社員エンゲージメント調査では、「経営や戦略に対する信頼感」の項目数値が格段に改善されました。

このように、経営や事業でめざすことを定め、それを実現する手段として「人と組織の能力」を高める組織開発に真剣に取り組み、無形資産を積み上げている先進的な企業も出てきています。

多様な人材やリソースを生かして新たなモノ・コトを生み出し、環境変化に適応して速やかに自らを変化させることができる「企業の能力」。グローバルでは、その獲得と強化に向けた学習と経営努力が進んでいます。

しかし、日本全体で見ると、グローバルとは周回遅れでジョブ型雇用、リモートワーク、DXに着手し始めた段階にあります。「人的資本経営」についても、国や企業がようやく遅れを挽回すべく重い腰を上げたところです。

このような流れの中で、日本企業が持続可能な経営の能力とプロセスを獲得していくためには、これまでと同じような人材の確保や育成に力を入れるだけでは不十分です。人が持つ能力の総和を超えるパフォーマンスとアウトプットを生み出す「組織」というシステムと、「組織の能力開発」という新たな領域に注目し、戦略的な投資をしていくことが不可欠なのです。