東芝テックの組織風土・カルチャー変革(2016年~)
2016年 RS事業本部・東京支社で、オフサイトコーディネーター育成と対話(インフォーマルコミュニケーション)の場づくりを核とした「エンパワーメント推進活動」がスタート。若手を中心に各階層で自主的な対話を始める。
2017年 エンパワーメント推進室発足。関西支社、中・四国支社へと活動が拡大
2018年 初の役員オフサイト合宿を開催
2019年 エンパワーメント推進事務局を設置
2020年 経営幹部オフサイトを実施
社長交代に伴い、役員オフサイトの経緯を共有。錦織新体制スタート
2021年 役員オフサイトの定期開催に先立ち、経営チームビルディングのための役員合宿、役員プロセスデザイン勉強会を実施
2022年 東芝グループ他社の改革推進事務局に学ぶ交流会を実施
役員とエンパワーメント推進活動メンバーによるオフサイト事務局発足、事務局ミーティングの開始
月1ベースで「経営の拓く場/役員オフサイトミーティング」を開始
2023年 新役員と「軸」を共有する役員オフサイトを実施

【東芝テックの風土・文化とエンパワーメント推進活動について】
東芝テックは営業気質の強い会社で、ヒエラルキーの序列と上下関係が重んじられ、上意下達の文化。上司への問い返しや意見もはばかられるため、面従腹背で物事が動きがちで、形だけ整えて進める仕事の風潮があった。
厳しい上下関係のもとで、若手は特にものが言いにくく、離職率も問題だった。
近年、働き方や従業員エンゲージメントが重視されるようになり、2016年、RS事業本部・東京支社では若手・現場層の働きがいを高める職場づくりをめざしてエンパワーメント推進活動がスタート。現場主導の本音の対話会(オフサイトミーティング)の展開を活動の主軸とし、オフサイトコーディネーター(OC)育成にも力を入れてきた。活動は、東京、関西、中四国と支社間で飛び火しながら今も続いている。育ったOCの数は200名にのぼる。

1 新たな成長ステージへ、事業転換に求められる変革スピード

2020年、コロナ禍が始まったタイミングで、東芝デジタルソリューションズから東芝テックの社長に就任した錦織弘信さんは、ベンダーから〈グローバルトップのソリューションパートナーへ〉というめざす姿を中長期ビジョンとして掲げ、事業転換と社内変革(人財強化×カルチャー変革)に着手した。そして、全社変革をリードする新体制のチームビルディングを目的に、2022年4月から本格的にスタートしたのが経営陣13名による「本音の対話/役員オフサイトミーティング」である。

※以下、〈グローバルトップのソリューションパートナー〉は同社の社内呼称に準じて「GTSP」の略称も使用。

「これでは、まずい」。めざす姿の絵は描けたが、何も反応がない

予期せぬコロナ禍でデジタル化による経済のソフト化が一気に進み、東芝テック(以下、テック)の事業転換と次の成長ステージに進むための社内変革はスピード勝負になっていた。
〈グローバルトップのソリューションパートナー〉でめざす事業の将来像にはモデル図も示され、中期経営計画では目標も設定された。トップが明確な方向性、方針を打ち出し、絵もできている。問題は、いかに全社の各部門と社員がそれを共有し、スピード感を持って実行できるか。言い換えれば、会社が環境変化に対応して持続していくための自己変革と挑戦の動きをいかに早くつくれるか、だった。

ビジョン・戦略が絵に描いた餅になり、実行されない。方針が浸透しない…、多くの会社が抱える悩みである。錦織さんも初っ端から、その壁にぶつかった。
「ベンダーからグローバルトップのソリューションパートナーに変わろうと言っても、最初は通じてなかったですね。みんな、そうですねって言うんだけど、やりとりがない。これで行きましょうと言ったら、そうですねと。どこの会社も階層とか縦割りとかすごいものがあるから面従腹背なのか。誰も反対はしない、でも腹落ちはしてない。これはたいへんだなと思いました」

“社長がこれで行きましょうと決めたのなら”と、めざす姿の〈GTSP〉は、すぐにスローガンとして中期経営計画の説明資料に入り、ホームページでも公開された。形にする動きは早かったが、役員が社長と同じ方向を向いているわけではない。

まずいなと思ったのは錦織さんだけではなかった。
「めざす姿は、POSシステムを扱うリテール事業には確かにフィットするが、果たして他の事業にとってはどうなのか?」
当時RS事業本部長だった内山さんは引っ掛かりを感じていた。

“階層に従って”まず上から考え方、動き方を変えないと

コロナ禍以前に一度、当時の役員チームビルディング合宿に参加していた内山さんは、役員同士が腹を割って話し合うことは可能だと思っている。しかし、会社がめざす方向性がより明確なビジョンになった新体制のもとでは、もっと踏み込んで、自分たちの目的と意志で経営陣が変革のための議論を続けていく必要があると感じていた。

ビジネスモデルを変えてソリューションパートナーへ、という方向性は急に出てきたわけではない。RS事業本部ではコロナ禍前から事業方針になっていた。しかし、変わろうという現場の気運は醸成できていなかった。「自分自身、巻き込み力が足りなかったことが反省事項」と内山さんは言う。

テックのRS事業本部は歴史的に営業色の強い体育会系の気風を持つ。上下関係が重んじられ、組織も階層に従って一方通行の情報伝達、コミュニケーションで動く。上から言われることは指示であり、よくわからなくても問い返して確認することは少なかった。
「めざす姿のような新しいことは、やることがはっきり決まっていないし、正解がない。いろんな人からいろんな意見が出てくるような環境、フラットな組織文化にしていかないと実現は難しいと思いました」(内山)

長く会社を見ている立場からすると、今までと同じ物事の進め方、動き方のままでは情報の共有度が低く、実行にも時間がかかることは明らかだった。
「だから役員オフサイトをやる中では、これからめざす姿をどうやって会社全体の動きにしていくか、役員がどう関わって“全社事”にするか。これがすごく大切」という内山さんは、自らも場づくりの当事者として役員オフサイトの事務局のメンバーになった。

本当に本音で話せるのなら、やってみようか

錦織さんは社長就任のタイミングで、前社長からテックの課題や役員オフサイトの経緯、現場層で続いているエンパワーメント推進活動(対話の場)などについては話を聞いていた。しかし、役員同士が本音で話し合えて、それが本当に求めている真剣な議論につながっていくものなのか、最初は半信半疑だった。

IT業界の会社を渡り歩いてきた錦織さんは、メーカーとしてのテックの事業や組織文化に馴染んでいるわけではなく、業界が違えばマインドセットも違う。自身はしがらみがなく、役員にも思ったことは言うし、立場に関係なく誰にでも、思っていることは隠さず言ってほしい、というスタンスである。

これから会社がめざしていく事業の方向には正解がない。担当部門、自社、自業界にとどまらず、多様なパートナーとの連携、共創によって仮説検証していく世界である。QCDを守り、顧客の要望にきめ細かく応えていくベンダーのマインド、ビジネス文化では開拓できない。一人ひとりが顧客接点で考え、ニーズや課題を察知し、チームで衆知を集めて新たな提案をしていくパートナーになるためには、誰とでもオープンに話し合い、信頼関係をつくって一緒に考え、試行錯誤の挑戦を当たり前とする文化が必要だ。

そのためにも、まず管掌部門トップや執行の役員がめざす姿のビジョンを腹に落とし、本気でリーダーシップを発揮していかなければ全社的な改革のベクトルがつくれない。めざす姿の中身づくり、実行が遅れるのである。
もしも本当に役員同士で言いにくいことも言い合える「本音の対話」ができるのなら、やってみようかと錦織さんは思った。