・階層・上下意識の強い組織に生じた社員と経営との距離を縮め、社員エンゲージメントを高める
・転換期の経営陣が知恵を集め、チームでリーダーシップを発揮するためのチームビルディング
・めざす姿に向かうための変革において、経営の意思決定・実行の質とスピードを上げる
・自走による持続的な進化のための変革機能づくり(「拓く場」の事務局機能/「本音の対話の場」のコーディネーター育成/次世代リーダー・マネジメントのための変革学習)
転換期の経営が最も急ぐ企業変革に、経営陣がチームで取り組んでいる東芝テック。会社がめざす姿を共有し、社員と一緒に実現への道筋をつくっていくため、真っ先に経営のチームづくりと自己変革に着手した。
組織の課題は、上下関係の強いヒエラルキー文化で生じた社員との隔たりをいかに埋めるか。経営陣は、会社の変わる姿をさまざまにメッセージする「大きな対話」で、経営のほうから手を伸ばし、社員との信頼の再構築に挑戦している。
改革はまだ始まったばかり。ここでは、2020年に東芝グループの東芝デジタルソリューションズから東芝テックの社長に就任した錦織弘信さんと、2022年、リテールソリューション(RS)事業本部長から専務執行役員、経営企画担当になった内山昌巳さんの話をもとに、東芝テックの経営陣が「本音の対話/役員オフサイトミーティング」を通じて行なっている人的資本領域の取り組み(組織風土・カルチャー改革とマネジメント変革)について紹介していく。
[背景]
POSシステム最大手の東芝テックは、日本の小売業近代化を牽引し、量販店を中心とした店舗網の拡大と共に成長してきた。すでに大量出店の時代は終わったが、POSシステムの販売後には保守、アップグレードなどのリピートがあり、ある程度の手堅い売上は見込める。これは一般に外から見える、東芝テックのベンダーとしての顔だろう。
しかし、その背後では、DX時代の波をつかんで、次の時代の柱になっていく新たな事業が育ちつつあることはあまり知られていない。圧倒的な普及率を誇る同社のPOSシステムの顧客、営業・保守網という基盤の上に、そのタッチポイントから得られる膨大なデータを利活用して新たなサービスを創出していくデータサービス事業である。トップシェアのベンダーとして盤石なアセットがあるからこそ優位が取れる、サービス提供者としての次世代の顔だった。
その構想には、日本の「つながる社会」の一角を成す流通小売業界やオフィス機器業界とその周辺業界がデータでつながるパートナーとして連携し、多様なソリューションを生み出していくエコシステム構築が視野にある。
東芝テックには、それらを通じて社会の課題を解決していくソリューションパートナーへの役割転換が喫緊の課題になっていた。
経営が現場とつながるためには「軸」の共有が必要。
社員の「自分たちは関係ない」が一番怖いですね。
リテールソリューション(RS)事業本部時代に勧められて参加した対話会(オフサイトミーティング)で、若手の本音にふれて衝撃を受けたのが風土改革との出会い。2016年から始まった現場層の内発的動機とチーム力を高めるための「エンパワーメント推進活動」では、「オフサイトコーディネーター(OC)育成」と現場層を中心とした自主開催の対話の場づくりを支援してきた。2018年には役員オフサイト合宿にも参加。対話の場で見つけてきた課題に経営の立場で取り組みたいと考え、定期開催の役員オフサイトミーティングでは事務局メンバーも務める。対話の場では「本当にそうか」「それでいいのか」と場が“閉じない”ように予定調和を破る問いを投げかける。
東芝テックの組織風土・カルチャー変革(2016年~)
2016年 RS事業本部・東京支社で、オフサイトコーディネーター育成と対話(インフォーマルコミュニケーション)の場づくりを核とした「エンパワーメント推進活動」がスタート。若手を中心に各階層で自主的な対話を始める。
2017年 エンパワーメント推進室発足。関西支社、中・四国支社へと活動が拡大
2018年 初の役員オフサイト合宿を開催
2019年 エンパワーメント推進事務局を設置
2020年 経営幹部オフサイトを実施
社長交代に伴い、役員オフサイトの経緯を共有。錦織新体制スタート
2021年 役員オフサイトの定期開催に先立ち、経営チームビルディングのための役員合宿、役員プロセスデザイン勉強会を実施
2022年 東芝グループ他社の改革推進事務局に学ぶ交流会を実施
役員とエンパワーメント推進活動メンバーによるオフサイト事務局発足、事務局ミーティングの開始
月1ベースで「経営の拓く場/役員オフサイトミーティング」を開始
2023年 新役員と「軸」を共有する役員オフサイトを実施
【東芝テックの風土・文化とエンパワーメント推進活動について】
東芝テックは営業気質の強い会社で、ヒエラルキーの序列と上下関係が重んじられ、上意下達の文化。上司への問い返しや意見もはばかられるため、面従腹背で物事が動きがちで、形だけ整えて進める仕事の風潮があった。
厳しい上下関係のもとで、若手は特にものが言いにくく、離職率も問題だった。
近年、働き方や従業員エンゲージメントが重視されるようになり、2016年、RS事業本部・東京支社では若手・現場層の働きがいを高める職場づくりをめざしてエンパワーメント推進活動がスタート。現場主導の本音の対話会(オフサイトミーティング)の展開を活動の主軸とし、オフサイトコーディネーター(OC)育成にも力を入れてきた。活動は、東京、関西、中四国と支社間で飛び火しながら今も続いている。育ったOCの数は200名にのぼる。
2020年、コロナ禍が始まったタイミングで、東芝デジタルソリューションズから東芝テックの社長に就任した錦織弘信さんは、ベンダーから〈グローバルトップのソリューションパートナーへ〉というめざす姿を中長期ビジョンとして掲げ、事業転換と社内変革(人財強化×カルチャー変革)に着手した。そして、全社変革をリードする新体制のチームビルディングを目的に、2022年4月から本格的にスタートしたのが経営陣13名による「本音の対話/役員オフサイトミーティング」である。
予期せぬコロナ禍でデジタル化による経済のソフト化が一気に進み、東芝テック(以下、テック)の事業転換と次の成長ステージに進むための社内変革はスピード勝負になっていた。
〈グローバルトップのソリューションパートナー〉でめざす事業の将来像にはモデル図も示され、中期経営計画では目標も設定された。トップが明確な方向性、方針を打ち出し、絵もできている。問題は、いかに全社の各部門と社員がそれを共有し、スピード感を持って実行できるか。言い換えれば、会社が環境変化に対応して持続していくための自己変革と挑戦の動きをいかに早くつくれるか、だった。
ビジョン・戦略が絵に描いた餅になり、実行されない。方針が浸透しない…、多くの会社が抱える悩みである。錦織さんも初っ端から、その壁にぶつかった。
「ベンダーからグローバルトップのソリューションパートナーに変わろうと言っても、最初は通じてなかったですね。みんな、そうですねって言うんだけど、やりとりがない。これで行きましょうと言ったら、そうですねと。どこの会社も階層とか縦割りとかすごいものがあるから面従腹背なのか。誰も反対はしない、でも腹落ちはしてない。これはたいへんだなと思いました」
“社長がこれで行きましょうと決めたのなら”と、めざす姿の〈GTSP〉は、すぐにスローガンとして中期経営計画の説明資料に入り、ホームページでも公開された。形にする動きは早かったが、役員が社長と同じ方向を向いているわけではない。
まずいなと思ったのは錦織さんだけではなかった。
「めざす姿は、POSシステムを扱うリテール事業には確かにフィットするが、果たして他の事業にとってはどうなのか?」
当時RS事業本部長だった内山さんは引っ掛かりを感じていた。
コロナ禍以前に一度、当時の役員チームビルディング合宿に参加していた内山さんは、役員同士が腹を割って話し合うことは可能だと思っている。しかし、会社がめざす方向性がより明確なビジョンになった新体制のもとでは、もっと踏み込んで、自分たちの目的と意志で経営陣が変革のための議論を続けていく必要があると感じていた。
ビジネスモデルを変えてソリューションパートナーへ、という方向性は急に出てきたわけではない。RS事業本部ではコロナ禍前から事業方針になっていた。しかし、変わろうという現場の気運は醸成できていなかった。「自分自身、巻き込み力が足りなかったことが反省事項」と内山さんは言う。
テックのRS事業本部は歴史的に営業色の強い体育会系の気風を持つ。上下関係が重んじられ、組織も階層に従って一方通行の情報伝達、コミュニケーションで動く。上から言われることは指示であり、よくわからなくても問い返して確認することは少なかった。
「めざす姿のような新しいことは、やることがはっきり決まっていないし、正解がない。いろんな人からいろんな意見が出てくるような環境、フラットな組織文化にしていかないと実現は難しいと思いました」(内山)
長く会社を見ている立場からすると、今までと同じ物事の進め方、動き方のままでは情報の共有度が低く、実行にも時間がかかることは明らかだった。
「だから役員オフサイトをやる中では、これからめざす姿をどうやって会社全体の動きにしていくか、役員がどう関わって“全社事”にするか。これがすごく大切」という内山さんは、自らも場づくりの当事者として役員オフサイトの事務局のメンバーになった。
錦織さんは社長就任のタイミングで、前社長からテックの課題や役員オフサイトの経緯、現場層で続いているエンパワーメント推進活動(対話の場)などについては話を聞いていた。しかし、役員同士が本音で話し合えて、それが本当に求めている真剣な議論につながっていくものなのか、最初は半信半疑だった。
IT業界の会社を渡り歩いてきた錦織さんは、メーカーとしてのテックの事業や組織文化に馴染んでいるわけではなく、業界が違えばマインドセットも違う。自身はしがらみがなく、役員にも思ったことは言うし、立場に関係なく誰にでも、思っていることは隠さず言ってほしい、というスタンスである。
これから会社がめざしていく事業の方向には正解がない。担当部門、自社、自業界にとどまらず、多様なパートナーとの連携、共創によって仮説検証していく世界である。QCDを守り、顧客の要望にきめ細かく応えていくベンダーのマインド、ビジネス文化では開拓できない。一人ひとりが顧客接点で考え、ニーズや課題を察知し、チームで衆知を集めて新たな提案をしていくパートナーになるためには、誰とでもオープンに話し合い、信頼関係をつくって一緒に考え、試行錯誤の挑戦を当たり前とする文化が必要だ。
そのためにも、まず管掌部門トップや執行の役員がめざす姿のビジョンを腹に落とし、本気でリーダーシップを発揮していかなければ全社的な改革のベクトルがつくれない。めざす姿の中身づくり、実行が遅れるのである。
もしも本当に役員同士で言いにくいことも言い合える「本音の対話」ができるのなら、やってみようかと錦織さんは思った。
東芝テック株式会社
精密機器 半導体・電子・電気機器 コンピュータ・通信機器 印刷・印刷関連 商社(電子・電気機器)
従業員数は3,367人<連結:18,906人>(2023年3月31日現在)
東芝グループでリテール&プリンティングソリューションの事業セグメントを担う東芝テックは、POSシステムの世界最大手。国内および海外市場向けPOSシステムを中心とした製品を取り扱うリテールソリューション(RS)事業と国内および海外市場向け複合機などを取り扱うワークプレイスソリューション(WS)事業の2つの事業セグメントをもつ。
近年はこれらの事業が有する顧客基盤、営業・保守基盤を強みに、圧倒的なタッチポイントから得られる消費・購買データを活用したデータビジネスをグローバルで加速。顧客やパートナーと連携したエコシステムの構築によって、付加価値の高いソリューションを提供していく〈グローバルトップのソリューションパートナー〉(GTSP)をめざしている。
自分はこの会社が好きだから、社員にも会社を好きになってほしい。
「経営の根っこは社員」だと思っています。
富士通の事業本部長時代に担当事業の売却で8,000名の社員と一緒に東芝へ移る。この時、トップには社員と家族への責任、社員のモチベーションをどう維持するかの責任があると痛感。会社にとって基本中の基本は「社員のモチベーション」と言い切る。持続可能な会社であるために、先を見る、全体を見る、世界を見て日本をどうするかを考える経営の哲学と、外からの刺激で生まれる危機意識(Sense of Urgency)を特に重視。見えやすさ、わかりやすさという意味で、自分の言葉、本音の対話、オープンなコミュニケーションを奨励し、気づきにつながる率直な意見を歓迎する。東芝グループ3社を経て、2020年東芝テック代表取締役社長。