2 本音で向き合わなければ“閉じて”しまう、経営の大事な議論とは何か?

企業が大きくなるほど、外部環境が企業にもたらす課題が複雑になるほど、経営の意思決定や組織の挙動に影響の大きい役員同士のコミュニケ―ションや関係性が問題になってくる。たとえば、会社の方向性やめざす姿に対し、役員間での認識や理解、温度感などのギャップがあったとしても、それは公式会議の場(閉じる場)では見えてこないし、埋めることができない。放っておくと、トップの認識がバラバラのまま、組織間の連携・協力もなく、各部がバラバラに動いてしまうのだ。

特に、めざす姿のような抽象度の高いものは共通のイメージが持ちにくい。まず役員同士が、それぞれの認識や考えなどを“正直に言葉に出して”確認し合うことが出発点になる。最初のボタンを掛け違えないためには、本音で自分の考えを口にでき、聞き合い、考え合うことができる対話の場(拓く場)が必要だった。

本音の対話/役員オフサイトミーティング

[場づくりの視点]
◆どういう前提で、何のために話し合うのか?
◆何を大事にして、どんな雰囲気で話し合うのか?
◆何を話し合うのか?
◆いかに場の質とエネルギーを維持するのか?
◆経営は「本音の対話の場」を全体の中でどう機能させるのか?

[大事にするもの]
◆言いにくいことも本音で言い合える関係性と心理的安全性
◆仲間としてのリスペクトと信頼
◆当事者としての真剣な議論
◆衆知を集め協力するチーム
◆考え抜いて腹に落とした自分の言葉

答えのない「問い」と向き合う〈拓く場〉としてのオフサイト

前年からの役員合宿や勉強会などの準備を経て2022年4月から、毎月の実施をめざす役員オフサイトがスタートした。「1回やって3カ月後とか6カ月後とか間があくと冷めちゃうんです。ああ良かったね、で終わって忘れてしまう。それでは時間のムダだから、月1ぐらいがちょうどいい」(錦織)
経営陣が全員参加となると月1厳守は難しいが、そこには役員もメンバーに入った事務局がしっかりと噛み込み、場の前後をつないで流れをつくりながら温度感と議論の質を維持して続けている。

本音を大事にしながら、役員オフサイトではどんなことを話し合っているのか。人と場の中身はどのように変化していき、その場が経営にとってどんな役割を果たしていくのか。主だったテーマと一緒に見ていこう。

GTSPとは何か? めざす姿を「ジブンゴト」にするためのそもそも論

「そもそも論」は、前提や常識を見直す「問い」を起点にした答えのない話し合いである。
役員オフサイトの最初の焦点は、めざす姿の〈GTSP〉をそれぞれの役員がどう受け止めているか、「そもそも〈GTSP〉とは何か?」に立ち戻っての議論と、本当に「腹落ちしているかどうか」の確認だった。

錦織さんは何よりも「腹落ちしているか」を重視していた。もしも心の底から納得していないとしたら、それはなぜなのか、何が引っ掛かるのか。それが本音でわかれば、ではどうすれば腹落ちできるのかを話し合うことができる。
そういう話ができるようになるため、議論に入る前には互いを知り合うジブンガタリもしていたが、長年同じ組織にいる役員同士には遠慮や自制があって、発言は消極的で当り障りのないものになりがちだった。

特に〈GTSP〉は当初、ビジネスモデルの概念というよりRS事業がカバーする業界で語られていたため、事業の違う役員にとっては認識の隔たりがあった。
以前からそこに引っ掛かり、自身も事業本部長の頃は「会社全体を見ようというより、自分の担当分野をまず何とかしようという縦割り意識が強かった」と認める内山さんは、この段階で、他事業の役員のありのままの気持ちが表に出てきそうにないことが気になった。

従来の会議の場などで合意する時のように、腹に落ちなくてもどうにか納得させていく、タテマエの「そうですね」で済ませてしまうのでは意味がない。ここで“他事業部のこと”というギャップを顕在化して埋めておかなければ、GTSPは魂の欠けたスローガンとして既定路線化してしまう。
それでいいのかと、内山さんは一歩踏み込んで「ほんとに乗れるの? どう考えても他の事業部は乗れないよね」と投げかけた。

フタが開いてみると、そこまでだったかと驚くような本音が出てきた。
「RSにとってのビジョンであって他の事業にとってのビジョンではない」「自分たちは簡単には乗れない」
しかし、正直に言ってしまい、最初の風穴があくと、思わず錦織さんがムッとしているのも気にせずに、議論は次へと移っていった。そして、「乗れないとしたら、自分たちのものとしての事業ビジョンを考えてみよう」という内山さんの提案に乗り、事業部長たちはそれぞれの部門に持ち帰った。

次の回では、各事業部で話し合われた「自分たちが本当にめざしたい姿」が事業ビジョンとして出てきた。最初の案は必ずしも会社のビジョンとはつながっていなかった。しかし、それを見た他の役員から「こんなこともできるのでは?」「これとこれはつながるかも」「こういうことも必要では?」と突っ込んだアイデアが出始める。
異なる視点で見直しながら議論を続けるうちに、めざすものとの重なりが見えてきて、ビジョンは少しずつ進化し“各事業なりのGTSP”という形になってきた。そして、それをもとに中計の施策の中身も見直されることになった。

この議論の際に発した問いの心について、内山さんはこう語る。
「自分の事業部の役員がGTSPを自分の言葉で語ってくれなかったら、若い人たちは結局、自分たちには関係ないと思ってしまう。そうなったら、もう終わりだなと思いましたね」
ここでの議論のあり方次第で、現場の巻き込みどころではなくなる。そのことが一番の心配だったが、答えのない問いを一緒にモヤモヤしながら考え、お互いの気心が知れてくると、役員の間で知恵の貸し借りをする口出しが始まり、化学反応が起こった。
「GTSPって何?の議論で中身が詰まってきて、重なるところが一つに定まれば、事業の中身が違っても意見とか会話ができるようになっていく。めざすものを共通の軸として共有するってこういうことかと、本当に大事だなと思いました」(内山)

次に、「めざすものと現状のギャップをどう埋めるか」のテーマで事業部ごとに議論を進めるあたりから、役員同士の議論にはエンジンがかかり始めた。