4 社員とつながるための「メッセージ」と「答え合わせ」

錦織さんが「本音の議論」で大事にしているのは、「ひと言でいうと、真剣になることだと思っています。真剣になってこの会社を良くしようと思えば、議論ができる。それぞれが真剣に考えていることを議論でぶつけ合えれば本音が出る。もう一つはジブンゴトかな」

自身がなぜ真剣になれるのか、その理由については単純明快だった。
「まず自分の会社が好きだということです。それから社員に楽しく働いてもらいたいということ、それがすべてです」
社員が毎日会社に、今日も面白くないなと思いながら来るのか、今日はこんなことをやってみようかとワクワクしながら来るのか。そのモチベーションがいつも気になり、みんなにも会社を好きになってもらいたいと錦織さんは心から思う。

社員のためにと本気で思ってやっていることは、自分の言葉で伝えたいし、それを社員がどう受け取っているのかという“結果”がものすごく気になる。
「今年のエンゲージメントスコアとか楽しみでしょうがない。でも、みんなにどう思われているのかを意識すると、逆にすごく怖いんですけどね」
考え抜いてやったことに対する社員の反応や意見、データなどには “経営の成績表”として真剣に向き合い、それに応える改革案や施策を考えて実行していく。

真剣な議論に挑戦中の経営チームは、めざす姿を軸にしながら、いろいろな変革課題や新たなテーマに着手する。それと同時に、自分たちが考えていること・決めたことなどを全社に向けて積極的にメッセージしている。そして、それに対する社員の反応やフィードバックを取り込みながら、実行に向けてまた次の課題に取り組む、というサイクルを回し始めている。

「社員に応える」経営からの多種多様なメッセージ

テックの経営チームのメッセージは、社員とつながり、巻き込むための働きかけだから、基本的に双方向、大きな意味では「対話」の一環といえる。

血の通った「自分の言葉」で伝える

役員オフサイトで議論をしていく中で、内容がまとまるたびにそれをメッセージ動画で伝え始めたのは錦織さんだった。就任挨拶、期首訓示、決算発表、創立記念などの機会を使っては「今、経営で議論していること」をオープンにして、自分の言葉で正直に話す。
「メッセージは大事にしているほうだから、役員の間でも、最初に『自分の言葉で話そうね』と言いました」

錦織さんが社長になってテックに来たばかりの時のこと。今までずっとそうしてきたからと就任挨拶の原稿が用意されていた。そういうことが慣例になって担当部署の部下たちの仕事になっている。錦織さんはびっくりして、自分でやるからと断った。もともとしゃべるのは嫌いではない。社員のほうも何かあるたびに出てきて話す社長にだんだん馴染んでいった。

型どおりのメッセージで済ませていた3年前までは、社員からの反応はゼロ。誰も経営のメッセージなど本気だと思って聞いていなかった。今では、ビデオメッセージを出すたびに30人ぐらいからメールが来る。廊下などで「見ましたよ」とか「ちょっと思ったんですけど」と声をかけてくれる社員もいる。それが錦織さんの励みであり、自身が働きかけたメッセージに対する答え合わせになっている。
「メッセージ動画の閲覧数とかメールの数とか、けっこう気にしてますよ」と内山さん。

社長であろうと、真剣に考えて1回1回動いていれば反応が気になるのは当たり前。「先日、シンガポールのグループ会社に行った時、ビデオメッセージをよく見てくれていて、会社が好きだ、この3年間でずいぶん変わったねとか言ってもらったのが本当にうれしかったですね。そんなふうに思ってもらえることが、もう生きがいみたいなところがあるから」と無邪気に喜ぶ錦織さん。シンガポールの会社では、自分たちも役員オフサイトをやりたいんだと言ってくれた。

「いろんな役員が自分のところでもオフサイトミーティングをやりたい。OC教育はどうすれば受けられるのかと言ってますね。やはり本音で対話して、自分たちの進化の方向性をどうするのか、ちゃんと決めたいんじゃないかと思います」(内山)

「以前と比べれば役員同士の関係も少しは変わってきたかなと思うけど、会社がめざす状態を考えると、そこに近づくまでにはまだまだ時間がかかる。でも、それが当たり前と思うようにしています」(錦織)

制度や仕組み、ルールなど「形」で伝えるメッセージ

TEAMサーベイに応えるアクションプラン

前に紹介したTEAMサーベイには、錦織さんの呼びかけに応えて自由記入欄にはずっしりと重いコメントがたくさん返ってきた。ほとんど空欄で無回答だった過去に比べると、サーベイを介してのやりとりは質も量も一変している。サーベイは双方化しつつある。
この反応で答え合わせをしたら、次には、届いた声をもとに議論して3つのアクションプランを示して応えている。それを今度は公約どおり実行するため、アクションプランの実施内容を発表するメッセージ動画を順次配信していく。

アクションプラン3の〈「本音の対話」を組織文化にする〉では、1on1とオフサイトミーティングを手段として「拓く場の活用と本音の対話を推進する」ことになった。
これまで現場層を中心に粘り強く「対話の場づくり」を展開してきたEP推のOCや参加者のネットワークを、今後はアクションプランの推進において経営が生かしていくことになる。

新しい人事制度

サーベイのアクションプラン2は〈人の成長を支援する仕組み「目指す人財像」〉。
“ジョブローテーションがほとんどなく成長の機会がない。育成環境が整ってないため自社でしか通用しない。もっといろんな経験をした人を幅広く集めたほうがいい”といったコメントで多くの人から問題点を指摘され、不満の大きかった人事制度については、異動や定期ローテーション、若手の抜擢、女性従業員と女性管理職の比率を高めるなど、できることからどんどん手を打っていった。定年制なども独自ルールで時代に合わせて変えていく。

「一番大事なのは社員ですから、最大のメッセージである人事は経営が意志を持ってやっていく。やっぱり、いきいきとした会社というのは多様性が尊重されて、年齢や男女に関係なく働ける雰囲気があると思うんです。普通では評価しきれないような個性の強い尖った人でも活躍できる場所をつくってあげるとか」
そういう風土や文化が今までのテックには足りなかったと錦織さんは言う。
これから、めざす姿に向かって新しいことに挑戦しようという空気や意欲を膨らませていくためには、失敗や正解のない中での試行錯誤をどう見るか、といった価値観の見直しも必要だろう。動きながら、課題はどんどん生まれてくる。

経営のメインツール「中計」にみんなを乗せていく

内山さんは2019年からRS事業本部内で、中期経営計画を各部、みんなが自分のものにするために「みんなの中計」の議論をしてきた。

「役員オフサイトで決めた『めざす姿という進化の方向性』と『本音の対話の文化』の2つを両輪として、これから会社が取り組むいろいろなことは全部、この2つのどちらかにつながるようにしていかないといけないと思っています。それができれば両輪ですから、全体も一気に変わっていけるのではないかと思います」

めざすものは何かをしっかりと議論して、みんなの共通認識にし、それを山の頂としてめざし続ける動きをつくっていくために、一番シンプルな羅針盤になるものは「中計」ではないかと内山さんは考えている。
中計で最上位に書かれていることは、めざす山の頂であり、それを見れば会社が何をめざしているのか、各部・各人がどこにいて、どう連携していけばいいのかがわかりやすい。全社をカバーする中計を活用できれば、一人ひとりが全体の変化に関わっていけるし、全体の工程や動きもシンプルにマネジメントしやすい。

しかし、現状の中計は経営企画のようなスタッフ部門の特定の人間がつくっている。
「従来の中計はワンウェイなので、これをどうやってインタラクティブなものにしていくか」(内山)
中計を“みんなの羅針盤”にするためには、いわゆる策定プロセスに若い人たちも意見を入れていく参画型にして、みんなの意見や意思を反映していくやり方が必要だ。「そこに自分たちの思いがちゃんと入れば、自分たちのものになる。自分たちのバイブルになると思うんです」と、内山さんは、めざす進化の方向性を決めた次の段階では、それをエンジンとなる「対話の文化」と両輪で回していくための仕組みを考えている。

今までは事業本部の中だけで議論してきたことを、経営も参画して全社で見ていく。次は、みんなの思いを巻き込んで“全社事”にしていくことが自身の役割だと思っている。

トップの強い思いがなければ形だけに終わる「対話の場」

そもそもテックでは、なぜ「役員同士の本音の対話」(役員オフサイトミーティング)に着手することができ、そして続けることができているのか?

多くの場合、「役員同士の腹を割った話し合いが大事」と認識してはいても、それをリードするだけのエネルギーを持つ言い出しっぺはそう簡単には出てこない。
当の役員の中に強い思いや動機がなければ、前提や目的を問い直し、一緒に考えて答えをつくっていく〈拓く場〉としての対話などは面倒なだけ。仮に器をつくったとしても、場が“閉じない”ように見張る存在がいなければ、目的や質を維持しながら続けていくことは難しい。その意味で、本音の対話の場の成立は、人の思いや情熱、意志が核となる要件なのである。

テックの役員オフサイトには、社員に会社を好きになってほしい、社員の思いに応えて現場とつながる経営チームでありたいと、それぞれの経験から強い思い、信念を持ってエネルギーを注いでいる二人のリーダー、錦織さん、内山さんがいる。二人は「社員だけじゃなく、まず経営が変わる必要がある」と本気で思い、自分たちの変わっていく姿やプロセスを折々に社員にメッセージしながら、役員同士の議論を続けている。

「これからも、本音の議論とか対話が見せかけじゃないジブンゴトになって、真剣にこの会社をどうするか。自分がいる3年、5年ではなくて最低10年後というのをちゃんと共有できて、そこに向かって議論するようなチームにしたいですね」(錦織)

フラットな関係、フラットなコミュニケーションとはほど遠かった組織で生じている社員との隔たりを埋めるために、経営陣は、さまざまな機会やハードを通じてメッセージを発している。そんな社員との“大きな対話”をしながら「経営にしかできないこと」で応えていく。こうした経営のほうから手を伸ばしていく熱意と努力によって、隔たりの大きかった現場との間にも、じわじわと気持ちの対流が起こってくるのである。