本当に見たい「変化」の兆しをとらえる
取り組みの推進母体であるアチコーコープロジェクトの活動は2年目に入った。
初期の段階では、実践の核となるメンバーがチームになるため、合宿も含めて集中的にオフサイトミーティングによる話し合いを重ねた。そうした話し合いを通じてメンバー自身やお互いの間に何が起こり、どんな状態の変化が起こっているのだろうか。
当初の閉塞的な状況を打開するための改革のポイントに沿って見ていこう。
【現状打開の糸口となる改革のポイント】
- 「ものが言いにくい」状態を「自分の意見や思いを口に出せる」状態に変える
- 真剣に相談、協力できる仲間をつくる
- 「個々が与えられた仕事をこなす」状態を「全体を見て課題を見つけ、チームで協力して解決する」仕事の仕方に変える
最初の半年以上は、メンバーに染み付いた既成概念の殻をほぐし、動くための準備をするウォームアップとして、以下のような話し合いに時間をかけた。
- メンバーそれぞれがずっと胸の中に収めていたモヤモヤ、今まで見たこと、感じたことを自分から離し、みんなで一緒に眺めて問題に気づくこと
- 今の状態をどういう将来の姿に向けて変えていくのか、会社と自分自身の想いとしての「ありたい姿」を考え抜くこと
- 「ありたい姿」としての《1名1個1便に強くこだわる》を実現するためには何が真の課題なのかを探り出すこと
どんなことを話し合うのか、その中身も大切だが、最初の段階では、改革の焦点になる状態が変わっているか、人の気持ちやありようの変化、考え方や物事のとらえ方の変化に視線を定めておくことがポイントだ。それによって、人に属している仕事や職場、会社に対する向き合い方の変化もわかるからである。
ひとりで頑張る自分を「関わり」の中に置き直す
志良堂さんの言葉で言えば、「上から言われたことをやるのが仕事」と思い、それぞれが与えられた仕事を自分の持ち場でこなしているだけの時は、同じ場所で一緒に作業をする仲間以外とは話したことがないし、興味もなかった。知らない、見えていないものは無いのと同じだから、あれこれ考えることもなく自分の業務の範囲に閉じこもっていく。俗に「それぞれがバラバラで仕事をしている職場」と言われる状態だ。
いつも一緒に仕事をしている人同士の結びつきは強いし、プライベートの飲み会ではワイワイやっているから、自分たちのコミュニケーションはいいと思ってました。そこは勘違いで、仕事となると、その親しさがうまく機能しなくなる。お互いの仕事や職場のことを知らないし、言うべきことが言えない、ものが言いにくい関係だったということが、この活動を始めてからわかってきました」(志良堂さん)
たとえば「みんな」という実感の有無。貨物の現場にいた頃の志良堂さんには「みんな」が感じられなかった。その後、アチコーコープロジェクトで他部署のいろいろなメンバーと知り合い、間接部門に異動して全部署のことを知るようになると、だんだん「みんな」が感じられるようになってきた。
オフサイトミーティングで、まずお互いを知り合うことから始めるのは、今まで見えていなかった周りの人やコトを見えるようにして、関心の範囲を広げ、他との関わりの中に自分を置き直していく意味もある。
言いにくいこと、「言ってもいいんだ」
若いメンバーであっても、日々の現場で「これでいいのかな」「もっとこうしたらどうだろう」と感じることや気づくことは必ずある。しかし、たとえば飛行機回りのハンドリング業務などは技術が中心の職人気質の職場だから、スキルの高い先輩や上司にはものが言えない、言わないのが当たり前になっている。
オフサイトミーティングで行なう「モヤモヤ出し」は、そうやって今まで言わずに呑み込んできたこと、ため込んでくすぶっていることを、まずは口にしてみる。上司だから、仕事の場だから、意見としてまとまってない、後ろ向きだと思われるから…「言ってはいけない」と自分で思い込んでいたことを好きなように話してみる。
ものが言いにくいのは、言いにくい雰囲気、「言わないほうがいい」という規範があったからでもある。それを一人が精神論で克服するのは難しい。みんなと一緒に話すことで乗り越えるハードルが低くなるのだ。
アチコーコーの若手メンバーにも、職場オフサイトの参加者にも「言ってもいいんだ」という体験の反響は大きかった。
「ほぼ必ず出てくるのが『仕事の責任が重い、つらい。でもやらなきゃいけないからやっている』という声。たとえば、次々と資格を取って上がっていく職場は教育が詰まっていて余裕がない。すごい仕事をしていても、きついとしか感じていないんです」と、志良堂さん。
そういう話を聞いて、人が何を感じているかがわかると少し気が楽になる。同じようなことを感じている人がいると安心し共感する。他部署の声を聞くと自部署の問題が気になり始める。そして、いろんな人と本音で話をするって大事だな、と実感することが大切だ。
この状態が、次の段階で「それぞれに見えている仕事や職場の中での問題や課題を率直に出し合ってみる」ための開始条件になる。そして、その次は問題の指を自部署や自分に向けて「自分はどうか。自分の問題として考えてみる」。そうやって、安全で低い所から着実に土台を積み上げ、取り組みのステージを変えながら、みんなと一緒にめざす高い所へ登っていこうというのが風土醸成の進め方である。
人がつながり、仕事がつながり、全体最適へ
みんながそれぞれに感じている問題を出し合って、点の問題を共有すると、その問題が生み出しているもっと別の大きな問題があることに気づく。アチコーコーのような工程代表の部門横断的なメンバーがそれぞれ問題を出し合うと、問題をとらえたり解決を考えたりする視野が広角になる。それにつれて、意識する「全体」のサイズもだんだん大きくなっている。
最近、アチコーコーの話し合いの場で焦点になってきているのが、「まずは自分たちと直接関わりのある仕事をどんどんつなげていく」というテーマ。
依然として部署間では「これが僕らの仕事」「ここから先は向こうの部」という縦割り意識が強く、作業の手順も自工程の効率を中心に考えて決めている。前後の工程を見て、一連なりのシステムとして仕事をするという視点は希薄だった。大きな仕事の流れで見ると、プツンプツンと流れが寸断されている。工程同士がうまくつながっていないのである。そこに大きな効率化の余地があるのではないかと、メンバーは議論をフォーカスしていった。
アチコーコーのメンバーは、これまで時間をかけて議論を積み上げてきた。
もっとお互いを知り合おう、お互いの仕事を知り合おう、お互いの職場見学をして関わり合おう。それぞれが抱えている問題を出し合ってみよう、何が本当の問題なのかを一緒に考えてみよう…と、関係性が発展すると、視野や関心の範囲は広がっていく。では、自分はその問題とどう関わっているのか、自分にできることは何か、そもそも自分たちはどういう姿になりたいのか。
そして、どうやって自分たちの想いである《1名1個1便》を実現する品質、効率をめざすのか、という議論をしている中で、そういう具体的な問題が浮上してきたのである。
糸口になったのは、工程間のつなぎが悪くて遅れのネックになっている工程をどうにかできないか、最もめまぐるしく重要度も技術的な難易度も高いと言われるランプ(駐機場で手荷物・貨物の搭降載、搬送、仕分けを行なう工程)の問題について、みんなで話し合っていた時だった。
「それはランプ工程だけの問題かな。いろんな部署で同じことが起こっているんじゃない?」という一人の声が上がった。そこから、お互いが次工程に「本当に上手にバトンを渡せているのか」「最終的にそれがお客様へのサービスにつながっているのか」という問いの深掘りが始まった。
それなら、「各部署が仕事のつながりを意識して、オフサイトミーティングというツールを使ってつながりをつくっていけば、前工程・後工程のバトンの受け渡しがうまくいくようになるんじゃないか」と、〈陸上リレー型バリューチェーン〉のイメージが出てきた。
自分たちの仕事のバトンリレーが最終的なお客様のところまで最適につながるようにしたい。アチコーコーメンバーの中だけでもいいから、もっと前後工程を考えて、つなぎの部分を効率よくスムーズにできないか。議論は今、どうすればそれが実現できるか、何が一番の課題で、どこに手を打てばうまく作業がつながっていくかを本格的に考える段階に入っている。
もっとお互いの職場を知って「つなぎの部分」を良くしていく目的で職場体験を実施。それを受けて事務局のほうでも、全体で各工程のつながりを考えていくために、欠けていた工程の職場からメンバーをプロジェクトに追加した。
経営と想いを共有して一緒に動く
人を増やさないで需要拡大に対応するという経営ニーズに対して、“全体最適視点でのオペレーションの効率化”は重要な課題である。もとより2社を統合して新会社を設立するANAグループの狙いはそこにある。社長の小林さんも、顧客にとってのサービスとオペレーションの品質をいかに高めるかといった視点から活動の動向を見守っている。
つい最近、役員・部長クラスで定期的に行なっている職場巡視でのこと。小林さんの印象に残った出来事がある。その時は各部署の女性若手社員と一緒に見て回る〈女性目線の職場巡視〉だった。
ランプの作業場で一行が立ち止まった時、ランプ工程と接している搬送課の女性がこう言ったという。
「自分たちは早く荷物を搬送しようと思ってスタンバイしているのに、ランプはランプの組み立てで作業をしているから、それが終わるまで私たちはずっと何もしないで待っているんです。お互いが相談して工夫すれば待ち時間は相当減らせるのに」と。
「自分の工程内では効率的なんでしょうけど、ではそれが人員の回し方もさることながら、手荷物を早く手渡すというお客様へのサービスとしてはどうなのか。自分たちの仕事目線ではなく、お客様の立場で、もっと早くするにはどうしたらいいかという発想にはなっていないように思います」(小林社長)
現場の実態を見ると、全体として大きな効率化の余地はまだまだ残されているが、従来の発想のままでは限界があると小林さんは感じている。アチコーコーメンバーは、そういう目に見える事実と議論を噛み合わせて、仕事の仕方や考え方、を変えていこうとしている。
2年目を迎え、メンバーにとって「話しやすく安心できる存在」の小林さん、「すごく身近な存在」の重松さんという両スポンサーの人柄もあり、アチコーコープロジェクトと経営陣の想いの形、具体化の方向は少しずつだが近づいてきた。
お客様視点、経営視点の全体像を共有し、現場の自律的な活動とそれを支援する部門・階層を越えたネットワークによって、人も含めた空港運営システムの最適化を追求していく。その結果もたらされるお客様からの信頼、選ばれるANA沖縄空港の顔をつくってANAブランドに寄与するいい会社にしたい。それが風土醸成の活動に対する経営の期待であり、変わらぬ想いでもある。
★「風土醸成活動」の中身であるアチコーコープロジェクトの内容については、今後の《活動内容編》でご紹介していく予定です。