企業でも20年後、30年後を想定して自社事業の存在意義を考え、社会課題の解決をめざして未来価値を創造していくイノベーションの取り組みが待ったなしの状況になりました。それと同時に、人材にも、自社の持てる強みを環境に合わせて読み替え、応用し、新たな価値をつくって変化に対応していく「創造力」が求められるようになっています。
では、どうすれば新しいものを生み出す思考とマインドを持った人材が育つのでしょうか。ここでは、私たちが10年以上にわたって大手企業グループで続けてきた〈未来創発プログラム〉をもとに、チームで価値創造力を高めるための環境条件とプロセスをご紹介したいと思います。
INDEX
〈未来創発プログラム〉とは
業種・職種の異なるグループ企業のメンバーが一緒にSDGs時代の新たな価値創造に取り組み、その創発のプロセスを通じて、価値創造型の次世代リーダー育成を行なっている。
グループ全社を対象に、毎回、若手・次世代リーダー候補の30名が参加して行なう2日間の議論&ワークのセッションは、コロナ禍でオンライン開催になるまでは合宿形式で実施してきた。
1日目は、自分が関わる商品・サービスの提供価値と、それを生み出す源泉となっているコア・コンピタンスを徹底的に深掘り、再定義する。
2日目は、深掘りしたコア・コンピタンスをフルに活用して、チームで新たな価値(商品・サービス、ビジネスモデル)を創発し、新価値創造から事業計画づくりまでのアウトプットをする。受講者はすでに2500人を超え、グループ内で人と知の交流が進んでいる。
「旧産業」からの脱却を目的とした価値創造型人材の育成
10年前といえば、東京スカイツリーが完成し、デジタル時代に対応する新しい産業やサービスの創出が成長戦略の柱になっていく産業構造の転換期です。モノ売りからコト売りへと経済のサービス化が急速に進む中で、市場が枯れていく業界企業の危機感は強く、この成長の限界をどう突破していくかは重要な経営課題でした。
〈未来創発プログラム〉の背景にあったのも、この先延ばしにはできない経営課題です。大規模な企業グループが従来のビジネスの常識や発想を転換し、グループシナジーを高めて、新たな価値やビジネスモデルを生み出していくにはどうすればいいのか。価値創造の担い手となる社員をどうやって育てていくのか。 私たちはこの問いを実施する企業の人たちと深めながら、価値創造力を身につけた次世代リーダーの育成を焦点に、創発プログラムを磨き続けてきました。
結果的に、プログラムは、価値創造の主体としての「人」が育つことで「事業」「組織」も一緒に育っていくような内容とプロセスに育ってきています。この2日間のプログラムには、以下のような事業開発・人材開発・組織開発のエッセンスが凝縮されています。
【事業開発面では】
単なる知識の習得や仮想のワークショップではなく、リアルな市場に向けての即実践を想定した内容は、事業・サービスの新価値創造に関わる以下の2点が議論の重点になっています。
①自社・グループ各社の「コア・コンピタンス」を徹底的に深掘りし、資源とともに最大限の相互活用をする。
②社内や業界にとどまらず、「顧客にとっての価値」を市場の側から徹底的に探索し、コア・コンピタンスを応用した提供価値のアイデアを出す。
【人材開発面では】
人材イメージは「自分で考え、オープンに協働して新しいアイデアを試すことを恐れない」環境変化に強いリーダーです。
・自ら考え行動し、さまざまな組織のメンバーと協働していく自律性、リーダーシップを育てる。
・ビジネスの中核である提供価値、コア・コンピタンスについて考え抜く「思考トレーニング」によって、市場創造型の柔軟な戦略的思考を身につける。
【組織開発面では】
未来創発プログラムはグループ全体を対象にしていることから、組織・会社を超えたグループ間の深い交流、相互理解の場になっています。
・事業計画づくりまでの議論を短期集中で一緒に行なうメンバーは、終了後も、組織を超えたネットワークで協働できる。
・グループ各社が持つ提供価値、コア・コンピタンスの共有ができ、グループ内での知の交流、創造資源としての相互活用が進む。
・グループとして、大事なものを共有して協働するための「共通言語」が持てるようになる。
・自社やグループ各社の強みや価値を深く知ることで、仕事や会社へのエンゲージメントが高まる。
このような観点から、環境変化に合わせてバージョンアップしてきたプログラムですが、実際の場の中で「創発」を促すためには、さらにプロセスのつくり込みと質の高いファシリテーションが必要です。以下では、グループで創発を効果的に進めるための条件とプロセス(効果の積み重ね)を取り上げてみたいと思います。
「グループ創発」を促す7つの条件とプロセス
いくら人を集めても、効果的なプロセスをデザインできなければ創発は起こりません。プログラムでは「グループ創発」が起こるような環境設定とプロセスの工夫をしています。
【基盤となる環境づくり】
①多様な業種・職種の人を集める
「創発」を起こすためには、その源泉となる「メンバーの多様性」が重要な条件になります。ここで取り上げた企業グループでは、さまざまな業種のグループ各社から多様な職種の人が集まり、それぞれの専門分野の特性を生かしてグループワークを行なっています。
異なる業種・職種のメンバーによるグループの議論では、多様な商品・サービスについての知識や情報が得られ、ビジネスを多角的に捉える視点や視野の広さがもたらされます。また、たとえば企画・マーケティング系の人が「ビジネスモデルや商品・サービス」について、営業や経理など数字に強い人が「マネタイズ」について、研究、開発、製造系の人が「技術面」について語った話が、他の人にとっての仮説を促すヒントになる。逆に、門外漢からの素朴な質問が専門分野の常識を見直すきっかけになることもあります。新しい事業・サービスの提供価値を考えるうえで、経験や常識にとらわれずに発想し、事業のアイデアを膨らませるためには「異なる業種」「異なる職種」などの“違い”が発見や気づきにつながるのです。
こうした意図せぬ反応が連鎖しながら議論の熱が高まり、アイデアが思わぬほうへと広がっていくのが異種混合の創発の面白さです。
➁想いや考えを話しやすくするため、心理的安全性を確保する
知恵やアイデアが生まれない最も大きな要因の一つは、「自分の素直な想いや考えを口にしづらい」ことにあります。したがって、議論に入る前には、まず「安心して話せるための対話のルール」を共有します。それに加えて、ファシリテーターが発言内容の評価・判断をするのではなく、発言の意図や背景を理解しようとする姿勢をもって議論を進めることで、チーム内に「本当に一人ひとりの発言が尊重されるんだ」という感覚を醸成します。大切なのは、「この場ではどんなことを言っても大丈夫」「リスクをとった発言をしてもハシゴを外されない」という心理的安全性を初期条件として確立することなのです。
また、初期段階では、メンバー各自が自分の会社・部門で取り扱っている商品・サービスを紹介し、みんなで質問して情報を引き出し合う、という対話をします。「その商品・サービスが生み出している価値」と「価値を生み出す源泉となっているコア・コンピタンス」についての相互理解を徹底的に深める目的での対話です。(一チーム10人の場合、10回×2セットほど行なう)。
この事業や商品・サービスを深く知り合う質問と対話のプロセスを20回ほど繰り返すと、お互いの人柄や考え方などに対する理解がさらに深まっていきます。こうして初日のうちに、お互いの関係性はぐっと深まり、その後の議論では思いつくまま言いたいことを口にできるようになるのです。
(後編「創発が高まる議論のプロセス」に続く)