今の日本は新しい価値が生み出せているだろうか?

「新しい価値」、いつも聞いているようでいて、使ってみると意外に新鮮な響きを持つ言葉です。
ここで言う「新しい価値」とは、ビジネスの世界に焦点を当てた価値であり、私たちの未来が必要としている価値、私たちがこれからのビジネスで扱っていかなければならない価値のことです。

私たちの人間社会が必要としてきた現在の価値を生み出しているのは、すでに存在しているビジネスモデルです。
それに対して、「新しい価値」とは、既存のビジネスモデルではもたらすことが不可能な価値です。
たとえば、カーボンニュートラルや働き方改革などといった取り組みに付随する価値なども含め、新しい価値を生み出すには新しい知恵とビジネスモデルが必要なのです。

労働生産性の伸びがバブル崩壊後停滞し、賃金も上昇しないままになっている日本の現状は、ひとことで言えば、「新しい価値」を生み出す知恵が枯渇している状態です。
今の世界がコロナ禍も含めて、急激な変化の真っただ中にいることは誰しも認めるところでしょう。
現代社会が今もっとも必要としている価値であるカーボンニュートラルをはじめ、ダイバーシティの実現などを、私たちは目標として掲げてはいるのですが、日本ではいつの間にかスローガン倒れになりがちで、実現性がまだ十分ではないのが実情です。

ではなぜ、今の日本では新しい価値を生み出すための取り組みがスローガン倒れに終わりやすいのでしょうか?

必要とされる価値の実現がスローガン倒れになる理由

「スローガンは立派だけど、現実は実務に忙殺されていて、残念ながらそんな立派なことをやっている暇なんてないよ」というのが多くのまじめな人たちの実感でしょう。
新しい価値の大切さは頭では理解できていても、実務に落とし込むには決定的に足りない何かがある。まず、考える時間、精神的な余裕がないことが挙げられます。
目標を掲げ、スローガンにはしても、実務とはなかなか結びついていかないことの原因はここにあります。

新しい価値を生み出す可能性を私たちが持ってないのか、といえばそんなことはありません。
国民の教育水準であるとか、過去の経験や実績、さらには日本人が持つ勤勉な性格など、価値創造に必要な要素はけっこう整っているのが日本という国です。
他の先進国と比べて特段劣っていることがあるわけではない。にもかかわらず、「何か」が欠けているがゆえに、新しい価値の創造において他の先進国との間に差があるのが実態です。

欠けているものとは何か。
私たち日本人の持ち味の一つに「類まれなる勤勉さ」というものがあります。
日本人といえば勤勉な国民というイメージを持たれていますが、バブル崩壊後の日本の衰退の原因は、この勤勉さが裏目に出て思考停止に陥っているところにあるのです。

思考停止といっても何も考えていないわけではもちろんありません。
「枠」になる制約条件の範囲内で、勤勉に思考をめぐらす「枠内思考」になっているのです。
予算とか法令、さらには技術的な制約、あるいは上司からの指示、守らなくてはならないお作法というものなども制約条件と言えます。
このように、制約条件の範囲内で物事を処理する姿勢を総称して「〈枠内思考〉という思考停止」と私は呼んでいます。

さまざまな制約条件の範囲内で「どうやるか」を考えるのは枠内思考というものです。
ただし、制約条件がきちんとした意味のあるものであれば、枠内で考えて実行するやり方は、既存のビジネスモデルのオペレートには十分機能します。
既存のビジネスモデルを回していくには、余計なことをしない、考えないこのやり方がある意味では非常に効率的だからです。

「言うべきことが言えない」「言われたことだけしかやらない」「枠の範囲でしか考えない」。
それでも、逆から見れば「枠」の範囲内で勤勉にしっかりオペレートはしているのです。ただ、枠内思考での「枠」は前提条件なので、それ自体の見直しはありえません。
そういう意味では、前提条件の見直しが必須条件となる知恵出しと創造、つまり新しい価値を生み出すということを阻害しているのが、まさに「勤勉な枠内思考」そのものなのです。

この思考の問題点は、持っている関心が「いかにして目の前の業務をオペレートしていくか」に集中してしまうところにあり、新しい価値の創造は別の世界の話になってしまうのです。考える余裕がない、とはこのことを意味しています。

一人ひとりが「新しい価値を生む仕事」を考えてみる

掲げた目標の達成に向けてスローガンを実務に落とし込んでいくこと、新しい価値を生み出していくことこそが今の私たちの急務です。
そのためには枠内思考から抜け出し、「新しい価値を生み出しているかどうか」で業務を制約条件も含め見直してみる、という姿勢を持つことが必要不可欠です。

新しい価値、新しいビジネスモデルを生み出す最初の一歩は、経営も社員も思考停止から抜け出すために、「考える力」を引き出し、思考力を鍛える「拓く場」を持つことです。
結論が最初から置かれている予定調和の「閉じる場」ではなく、それとは真逆の、正解がない、簡単に答えの出ない問いと向き合う「拓く場」を可能な限りつくることが必要なのです。
考える習慣を身につけることが、思考停止から抜け出す最短の道だからです。

この「拓く場」ではまず、会社のミッション、個人(自分)のミッション、そのミッションに照らした自分の仕事の意味、目的、価値などを議論します。
そうすることで、社員にとってミッションは、誰かに与えられたものではなく、自分の頭で考え出したものに変わります。
そして、日常の業務の意味、目的、価値を問い直す力が身につけば、優先順位づけが可能になるのでやめてもいい仕事が見えてくる。
新しい価値を生む仕事について考える余裕を持つことも可能になってくるのです。

特に経営は、自分たちは新しい価値を生む仕事に適正な時間を充てているか、という問いにまず自らが向き合うことからスタートする必要があります。
自分が日常的にやっている業務をもう一度「新しい価値を生み出しているかどうか」という視点で見直してみると、自分が思っていたほど新しい価値を生み出すための時間が取れていないことに気づきます。

新しい価値が生み出せていないのは、無自覚に行なってしまっている枠内思考という思考の習慣のなせる業です。
思考の前提に置いている制約条件をもう一度しっかりと見直してみる行動(拓く場での議論)を新たに習慣づけるだけで変化は起こり始めます。

今年はスローガン倒れにならない変化を呼び起こすため、制約条件の徹底的な洗い出しをし、一つでも多く、新しい価値を生む仕事を手がけていきたいと思います。