企業も変わろうとしていないわけではない。緻密な改革のプラン策定までの努力は繰り返されている。しかし、理論だけではうまくいかないのが組織風土変革だ。成功するか否かは、経営が社員の内発的な動機を喚起し得るかどうかにかかっている。
それが、理屈だけでは通用しない“組織風土改革の一番の難関”なのだ。

理屈だけではうまくいかない組織風土改革

最近、組織風土改革支援を職業とする人々も増えてきている。そのこと自体は多くの企業が支援を必要としている今、喜ばしいことだ。ただし、これを職業にするには、「ゆるがせない資格」といえるものを身につけていることが求められる。

資格といっても試験を受けて合格すれば得られるもののことではない。本を読み、知識を身につけ、理屈を言えるようになるのはさほど難しくはない。
その難しさは、変革の中身を「自ら体現できるかどうか」にある。
つまり、自分が説く変革を自身の中に、そして自組織にもたらし、自ら体現し得ているかどうか、が問われている。これこそが私の言う、ゆるがすことのできない資格なのである。

風土改革は現地現物そのものでしか成し得ない。必要なのは理屈ではない。めざす状態に持っていくための「実践」と「日々の努力の積み重ね」だ。自らが実践しているという“実態”を伴っているかどうかが問われるのだ。
「言っていることとやっていることを一致させよう」という絶え間のない努力。組織風土改革とはまさにそのことへの挑戦であり、会社生活と自分の人生の生きざまを結びつける絆なのだ。

風土改革の取組みで自分の役割をしっかりと果たしている社員と話をすると、風土改革への参画が人生の転機になったとよく聞く。人に決められた人生から、自分の意志で決めていく人生へ。会社と自分の人生を重ね合わせる機会が主体的な生き方を育むのだ。

社員の「会社を変えたい」を引き出すことが経営の役割

戦略がらみの改革と、今必要な組織風土改革には決定的な違いがある。
戦略がらみの改革は精緻に組み立てられてさえいれば、それなりの実行に移すことはできる。しかし、組織風土改革は、社員の内発的動機が引き出されない限り、人を動かしていくエネルギーは湧いてこない。指示や命令でやらせてできるものではないのだ。
この難関を打ち破る変革のトリガーが、まさに自らに指を向ける「経営者自身の姿勢」ということなのだ。

社員の内発的動機を喚起しうる大きな力は、経営者が自らをさらけだすこともいとわない、その「生きざま」にある。
すなわち、変える必要があるのは全社が共有する「思考・行動様式」そのものだ。さらに言えば、これまで先頭に立ちそれを実践してきたのは他でもない経営者自身なのだ。
組織風土改革を「経営者自身が自らに指を向け、自らを変える」から始めることが必須である理由はここにある。

経営者自身が自らの思考・行動様式を変える努力を自らに課すことのインパクトは大きい。その事実が少しずつでも伝わっていけば、社内にも変わろうとする空気が生まれる。そして、社員がその空気を感じることによって内発的動機が喚起されるのだ。これこそが変革のトリガーであり、組織風土改革の真髄だ。

ただ、「自らに指を向ける」という姿勢で間違えてはならないのは、社員の声に耳を傾けることと、社員の意見をそのまま受け入れることの違いである。
経営、特に戦略の採用には高い視座が必要だから社員の意見を安易に受け入れるわけにはいかない。社員の意見を取り込んでいくためには、社員の視座を高めるプロセスが同時に必要になってくる。

変える必要があるのは、身についている「思考・行動様式」

今までの経営者というのは、しっかりとした方針を打ち出し、それを徹底してやらせることで成果を出すことを担う存在だった。経営者自身が答えを持っていた時代だからこそ通用した「やらせの戦略遂行」だ。しかし、経営者自身も答えを見出せなくなっている今は、社員が持っている潜在的な熱量の顕在化が不可欠だ。社員の主体性は「やらせの改革」では引き出せない。

変えようとしても変えられない社員。変えることが可能なのは、今までの企業成長を牽引してきた「思考・行動様式」そのものである。
社員みんなが共有して成功を支えてきた「思考・行動様式」。時代に合わなくなってきたその思考・行動様式を変える必要性が顕在化してきたのが組織風土改革ということだ。

もともと組織風土改革のメインテーマは、組織の壁や上下の情報の流れの悪さなどである。ただ、そのこととは裏表の関係で、過去には日本独特の効率のよい仕事の仕方が機能し、企業成長をリードしてきた、という成功物語があった。
複雑な業務を効率よくさばく術、それに適した「思考・行動様式」を身にまとい、成功を収めてきたのが我々だった。それは、日本の強みそのものであった。

“組織の壁をつくってしまう”という負の側面の奥底に潜んでいた、より大きな問題点。つまり、思考の範囲を無自覚に制限することで一種の思考停止を呼び起こしている「思考停止の状態」が、我々の進化を妨げる時代になってきているということだ。

「経営者にしかできないこと」を実行する経営者が増えている

企業に見られる「思考・行動様式」は、大きく二つに分けられる。
今の日本で圧倒的に数も多く影響力を持っているのが、安定期に根づいた「調整型の思考・行動様式」である。これに対して、スタートアップ企業など、少数ではあるが成長期、拡大期の企業に見られるのが「挑戦型の思考・行動様式」である。
「調整型の思考・行動様式」に染まっている会社の幹部と若い頃の話をしていると、その会社が拡大期の頃には、まだ「挑戦型の思考・行動様式」をかなり持っていたことにあらためて気づいたりもする。

企業によってそれぞれ違いはあるのだが、典型的な「調整型の思考・行動様式」の中身は“問題先送りの安定優先、予定調和”である。
「調整型の思考・行動様式」の特性は、永年培われてきた作法やしきたりの範囲内でロジカル、かつ効率的に複雑な作業を予定調和の範囲でさばくことを可能にすることである。

年季の入った社員ほど、こうした「しがらみのある現状を前提にものごとを捉えて考える思考姿勢」を、身につけた作法と共に自分のものにしてきている。これこそがまさに“前提の問い直し”など頭の片隅にもない、当面の安定をひたすら保持してきた思考・行動様式であることに間違いないだろう。

その根底に残存し渦巻いていた問題点が噴出しはじめているのが、時代の変わり目である今である。そして、ここ最近、組織風土改革が顕著な経営の緊急課題として浮かび上がってきている理由でもある。

この思考・行動様式の転換を先頭に立って主導する経営者自身が、自らにまず指を向ける。これこそが変革のトリガーであり、組織風土改革における「経営チームビルディング」がめざすところなのである。

私たちの周辺にも、「経営者でなくてはできないことをやるのが経営者」と考え、行動している経営者が増えていることには勇気づけられている。
組織風土改革の成否のカギは経営者自身にあり、経営者の双肩に会社の未来がかかっているのが、今という時代なのである。