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女性は「着ぐるみ」を、男性は「鎧」をまとった会社員の人生
本来、雇用契約の当事者である会社と社員は対等の関係ですが、上司からの指示命令で必死に仕事を覚え、職場への順応、毎年の人事評価を繰り返すうちに、個人は会社の常識に染まり、従属するようになっていきます。会社が決めたレールに乗って走っていく、それが昭和生まれの会社員だったのでしょう。
でも、最近になって、この会社中心の世界は男性に限った話かもしれないと思うようになりました。
雇用機会均等法施行よりだいぶ前に社会人になり、定年まで働いた管理職経験のある女性はこう言っていました。
「私は事務職で入社したのですが、仕事の時は男性の着ぐるみを着て、残業し、同僚と酒を飲み、ヘルメットと作業着姿で現場仕事もしました。その着ぐるみを脱ぐと女子になります。チャック女子と言うのよ」と。
彼女には夫と子供二人がいて、乳児の頃は子供連れで出社して仕事をしたこともあったそうです。今のように育児休業の制度も整っておらず、在宅勤務もなかった時代です。子供が成長した後は親の介護に時間を割いていました。
結婚、出産、育児、学校とのやりとり、家事、介護と、会社の仕事以外の役割を男性よりはるかに多く担ってきた女性にとって、役職定年や定年の意味あいは男性とは異なり、大きめな役割の一つが片づいたという捉え方なのかもしれません。
一方、“会社中心おじさん”たちにとっての役職定年や定年は、どんな意味あいを持つのでしょうか。男性にとっては、会社での役割の喪失にショックを受けながらも、「会社抜き」で自分に向き合うきっかけになります。
これまで会社という競争社会の中で仕事をしてきた男性社員が、戦うための鎧をはずして自分を見つめ直し、自分主体で後半生をどう生きるかを考える。仕事の意味や価値を問うことから自分のキャリアを考えるようになる、実はポジティブな機会なのです。
私の場合は役職定年と同時に退職だったので、ショックが強すぎて半年以上はモヤモヤしていました。それをポジティブに考えられるようになったのは、少し気持ちが落ちついて、新しい仕事が「次世代を育てたい」という自分の価値観に合っていると気づいてからです。
とはいえ、私よりもっと長い時間、役割喪失ショックに悩む人は少なからずいると思います。当の本人が戦いを終えて平時へと転換するためには、一度立ち止まって心を整理することが必要です。最初に気持ちの区切りをつけておかないと、役職定年や定年という節目の変化を恨みごとや不満で受け止めたまま、その後の仕事人生を過ごすことにもなりかねません。
特に、現シニア世代にとっては「人生100年時代の定年後」という初めて向き合う後半生です。うまく気持ちをリセットして、自分らしいあり方を考え、納得して過ごせるようにしたいですね。
他者と一緒に、自分のまとった「鎧」をはずす
以下では、これまでの自分(ヒト)と仕事(コト)に向き合い、見直すことを通じて気持ちをリセットしていく対話のプロセスをご紹介します。(役職定年がなく定年を迎える場合も同様です)。
【鎧をはずしてニュートラルになるための対話のプロセス】
自分だけの視点で、一人で考えていると、悩みの沼にはまってしまうかもしれません。第三者の目で自分を見たり、同じような境遇の人たちの気持ちや考えを知るためにも、可能なかぎり、(役職)定年になった同年代の人たちと本音で話してみることをおすすめします。まずは慣らしで、高校や大学時代の同級生と自分の心境についてざっくばらんに話してみるのもいいかもしれません。
本格的な対話は、社内やグループ内で利害関係のない他部門の人、あまり面識のない4、5人ぐらいで集まり、安心・安全な話し合いのスキルを持つファシリテーターに場づくりと対話の進行を頼んで、相談しながら行ないます。
Step1 過去の仕事(=戦い)と自分をふり返る
自分が今まで「どのような仕事(=戦い)をしてきたか」と「その時の自分の思い」を
書き出してみます。そして「会社はその仕事をどう評価をしたのか」を自分なりに
書いてみます。
Step2 「戦い」について客観的に話し合う
Step1で各自が書いたものについて話し、他のメンバーはしっかりと聴いて受け止めます。少し上の年齢の役職定年経験者に加わってもらうとさらによいでしょう。
「すごいことやったね」「その企画が今の販売につながったんだね」といった賞賛と同時に、「でも、それって当時の会社の方針に沿ってたの?」「厳しい言い方をすれば独りよがりでは?」「確かにその職場には貢献したかもしれないけど、影響範囲は狭いよね」などと、あえてダメ出しをし合うことも大切です。
ここでポイントになるのは、他者から見た「客観的な評価」です。うすうす気づきながらも認めたくなかったことを他者から指摘されることで、仕事(コト)を冷静にふり返ることができ、失敗や弱みを表に出せない鎧をまとった自分が見えてきます。一人で鎧をはずすのは難しいので、他者と一緒に自分と仕事をふり返り、気持ちを吐露し、共感したり、とらえ方や考え方の違いを感じたりする、本音の対話の場が必要なのです。
ここまでは特に重要なステップで、自分とじっくり向き合えるようになれば大成功と言えます。
Step3 自分の価値に気づく
Step2を踏まえて、お互いに、その人の「価値」と感じることを伝え合います。その人の価値とは「強み」を指します。「強み」は「弱み」の対語で戦いモード的な言葉なので、ここでは価値と表現します。
自分で感じている価値だけでなく、気づいていない自分の価値を他者視点で見出すプロセスです。
Step4 これから先のイメージを持つ
「自分にとって充実した人生とはどういう状態か」を本音に問いかけて考えてみます。
そこから「自分はどんな生き方をしたいのか」を自分の言葉で口に出し合って
一緒に考えます。
また、戦いの日々では会社中心になりがちだった視野を変えて、家族や地域、
そして会社においても共に働く人とのフラットな関係を描いてみます。
このタイミングでは、女性や自営業者など多様な立場の人たちを交えて話してみるのも
効果的です。
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「会社ありきで働き続ける一本道」働く女性にはどう見える?
(プロセスデザイナー 刀祢館ひろみ)
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5年ほど前、私がスコラ・コンサルトのHRチーム責任者だった時、「60歳定年制度」の見直しにあたって「当事者の生の声を聞こう」ということになり、45歳以上の社員10数名にヒアリングを実施しました。個別面談スタイルで、「将来、どうしたいと考えていますか? 働き方のイメージや希望など漠然とでもいいので、今思っていることを気楽に聞かせてください」という感じで投げかけて自由に話してもらったのです。
1カ月もたたないうちに、対象者全員のヒアリングを終えた担当者から聞かされた報告は、衝撃的で今でも忘れられません。
「Aさんは、まだ十分元気だし、少なくとも年金支給開始まではフルタイムで仕事を続けたい。Bさんは、親の介護に時間を取りたいのでフレキシブルな時間の使い方をしたい。あと、子供が手を離れるので自分の関心テーマに集中したい、実家に引っ越すかもしれない。何をするにも身体がベースなので特別にケアしているとか、けっこう具体的に想定して備えている人もいるんですよね」
「そうか、それぞれいろんな事情がありますよね」
「ただし、ここまでは女性社員の話。男性社員のほうは、ほとんど先のことについては出てこなかったですね。この仕事で行けるところまで行く、まだ先のことだからわからない、今は特に考えていないという人が多くて、ちょっと意外でした」
「えっ?」
思い返すと、私が“大卒女子”として大手メーカーに入社したのは雇用機会均等法の直後。20代の頃から、自分の仕事が続けられるかどうかは結婚相手しだい。夫の転勤にはどう対応するのか、子供が生まれたら育児はどうするのか、職場は子育てしながら働く立場を理解してくれるのか。きりがないほど考えることがたくさんありました。
女性の場合は、結婚、子供、住む家、自分と相手の親の状況など、自分の人生がどうなるかわからない変化・変動の要素が多々あります。何通りも想定しつつ、あちらを立てればこちらが立たずの状況に直面した時には、自分は仕事をいつまで続けられるのかと悩んでは何かを選び、何かをあきらめて歩んできました。
ひとつ言えるのは、次々とやってくる関門を受け入れては乗り越える、折々に自分の人生の道筋を選択する機会があったことでしょう。
そんな均等法世代のワーキングママですから、何もなければ「仕事は続く」という男性社員の当たり前感覚には大きなギャップを感じたのです。
「そうか、今までは奥さんが合わせてくれていたから、転職など紆余曲折はあっても基本的には一本道で来たんだな」
ある意味では幸せだけど「ずっとそれではまずいのでは」という見方もあり、結局、定年制度は「自ら将来を考える機会」として撤廃せずに残すことにしました。そして、定年1年前から数回にわたって本人との面談を設定し、個人の働き方や仕事内容の希望を聞いて、会社の期待とすり合わせていくことにしたのです。
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人生100年時代を「自分らしく」生きる先輩世代になる
長い間、新卒一括採用、年次別人事管理、転勤、定年まで雇用という、当たり前と考えられてきたレールに乗ってきた日本企業の男性社員は、自分の人生をあまり顧みずに、これでいいのだと自分に言い聞かせながら走り抜いてきました。しかし、同時代を過ごしてきた女性たちはそうではなかったのです。
今は、若年層をはじめとする個人が(場合によっては親も一緒に)働く場所や部署を会社と話し合い、働き方も個人主体で選択できる時代に入ってきています。若年層は転職へのハードルも低く、自分のやりたいこと、キャリアを自分で選ぶ志向が強くなっています。
会社はこうした変化に対して、多様な人や働き方を包含し、転職も副業もありの人生を自分で選ぶ“新世代の社員”を前提とした人事制度へと見直しをする時期にきています。
それと同時に、会社も今までのように、シニア社員がこれまで培った知恵や経験という資産を定年と共に捨て去るのではなく、次世代のための土台として社内外で生かす方法を一緒に模索してはどうでしょうか。
人生100年時代、誰もがこれから働く期間は長くなります。特に男性社員は、役職定年や定年の節目を契機に、ずっと「会社ありき」だった働き方に区切りをつけて、自分らしい生き方で仕事の意義を捉えて働くステージへとシフトしていくことが大事だと思います。