トップの「こうありたい」を共有した「考える現場」に
~ミニマムな定期ミーティングを設定

地域顧客を対象に、二代目院長が経営を引き継いでから10年以上が経過したM整形外科クリニックは、従業員数18名。医師である院長、事務長と、看護師、放射線技師、理学療法士など有資格者10名に加え、受付関連業務やリハビリ予約などをローテーションで行なう医療事務スタッフ6名の体制です。

クリニックを引き継いで以来、医師として患者と全力で向き合ってきた院長は、医療事務スタッフに対しても「患者さんにとって良いと思うことは自分たちで考えて実行してほしい。一緒にクリニックをつくっていけたら」と考えていました。しかし、現場が多忙なこともあり、長年それを共有して相談し合えるような機会を持てないできました。

そこで私は、まず短時間でもいいので院長と医療事務スタッフがざっくばらんに話せる定期のミーティングを設けようと提案しました。定期といっても月に1回、20分程度です。クリニックでは午前の受付時間が12時30分まで、診療の終了時間は13時なので、診療が早めに終われば20分ぐらいは勤務時間内の余裕として使えます。ミーティングのメンバーは、日頃から事務部門の運営などを見ている中堅のAさん、現場では面倒見のいい医療事務のベテランBさん、そして院長の3名というミニマムなチームミーティングにしました。

雑談はしているのに、なぜミーティングでは話せないのか?

「自分が話してしまうと指示になる。それでは今までと変わらないから、ミーティングでは話を聞くようにして、スタッフが考えられるようにしたい」というのが院長のスタンスでした。

ミーティングの前には、私から医療事務のAさんとBさんに、現場が感じる問題や困りごとなどを気軽にやりとりすることで、現場が自分たちで考えて業務をよりよく変えていくことを後押ししたい、という院長の思いを伝えました。二人とも院長とは普段から相談や雑談をしているから「話しにくさはない」ということでした。

ところが実際にミーティングの場になってみると、私が軽く投げかけて意見を聞いても口ごもったまま「特にありません」と二人とも黙ってしまいます。何か話しにくいことがあるのかとミーティング後に二人と話してみると、「特にありません」と口では言うのですが、やはり同じことが起こります。空気が変わればと、途中から新卒で2年目のCさんを加えてみましたが、ミーティングの重苦しいモードは変わりませんでした。

よくよく話を聞いてみると、個人的に交わす雑談とは違って公式なミーティングでの発言は、個人の意見が公式見解として院内に伝わるかもしれないと荷が重そうです。「下手なことを言って、働きづらくなったらどうしよう」と職場への影響を考えてしまう。特に医療事務の間では、常にローテーションでお互いの業務や仕事ぶりが見えているだけに、「自分の不用意な意見で、他のメンバーの手間や仕事を増やしたり、職場の調和を乱したりしてはいけない」といった責任意識が働いてしまうのです。

「どんなことを話し合うか」具体的な事象をとらえてハードルを下げていく

上位者とのミーティングに慣れていないメンバーは、よくある会議の場のように「それなりの課題、ちゃんとした意見でなければならない」「発言するからには責任がある」と過度に身構えてしまいがちです。医療事務のメンバーがミーティングで安心して話せるようになるためには、もっと実務に即したサポートが必要でした。

具体的には、医療事務のメンバーが日常的に困っていることに耳を傾けること。たとえば、連絡ノートの変更、患者さんが予約時間に遅れた時の対応、他のメンバーが休んだ時のシフトの変更、カルテ棚の整理など、他部署から見れば些細なことですが、事務メンバーにとっては重要な問題です。

しかし、改善したほうがいいと思っても、自分たちでは勝手に変えられないと思い込んでいることはけっこうあります。そういう身近な問題を取り上げては、ミーティングで話しませんかと勧めました。肝心なのは、「このミーティングは自分たちにとってメリットがありそうだ」とメンバーに思ってもらうことでした。

こうした心理的安全性を意識した働きかけを重ねることで、少しずつですが、3人のミーティングでの発言が増えてきました。

ミーティングの流れを変えた新人Cさんの発言とは

定期ミーティングの流れが変わるきっかけとなったのは、新人Cさんのある投げかけでした。

Cさんをはじめ6人で担当している医療事務業務は、医師の診察後、カルテのデータを入力担当者に送り、そこで追加入力・確認したら会計担当者が会計をする、という一連の作業を診察終了順に行なっていくのが標準の流れです。

この時、通常の診察データ入力だけであれば、すぐに入力が完了して会計に移行できるのですが、自賠責や労災などの手続きが必要な患者さんがいる場合はデータ入力が渋滞してしまいます。Mクリニックでは「会計は診察終了順に行なう」ことがルールになっていたため、その場合は、次の患者さんの会計までの待ち時間がどうしても長くなっていました。

そのことが気にかかり、ある月のミーティングで投げかけたのがCさんでした。「先日、私が入力担当の時、手続きに時間がかかる患者さんが重なったことで、早く帰ることができる患者さんまで待たせてしまったことがすごく心苦しかったです。“ルールだから仕方がない”とは考えたくなくて、みんなで協力して何とかできないだろうかと思いました」

このCさんの発言を受けて、医療事務の3人はその場で「患者さんのために自分たちができることは何か」と相談を始めました。そこからさらに「そもそも今の会計のやり方は患者さんにとって最適なのか」と問いかけは深まっていき、そこで時間切れになって結論は翌月に持ち越されました。

ところが、お昼休みに入っても3人の議論は続きます。他の医療事務メンバーにもどう思うかと意見を聞いて回りました。そして、その日のうちに中堅のAさんが「手続きの入力に時間がかかる患者さんが重なった場合、今後は早く会計ができる患者さんの会計を優先したいのですが、大丈夫でしょうか?」と院長に相談を持ちかけたのです。院長は「先に診察を終えた患者さんを後回しにして大丈夫かな」と少し不安はあったようですが、メンバーが話し合って最適と考えたのなら「試しにやってみようか」とルール変更を承認しました。それをもって通常は院長が全体朝礼で伝えるのですが、この時はAさんがスタッフ全員に共有することになりました。

会計順序のルール変更に伴って、さらにメンバーの間で動きが起こりました。会計担当のメンバーは、「お会計ができている方から先にお呼びします」と会計時に患者さんに声をかけ始めました。受付担当のメンバーは、手が空いた時に入力担当のデータ入力を手伝っています。声かけは順番どおりに会計を待つ患者さんの誤解を防ぐため、データ入力の手伝いは後回しになる患者さんの待ち時間を短くするためです。

Cさんの「患者さんの立場で考え、患者さんのために何とかしたい」という切実な思いは、似たような体験をしている他のメンバーの共感を呼び、「患者さんに気持ちよく診療を受けていただける最適なサポートを」という判断基準が医療事務メンバーの間で共有されました。「全力で患者さんに向き合う」という院長と医療事務チームが同じ方向を向いて動き始めたターニングポイントでした。

主体的な業務改善につながるポイントは「判断基準」の共有

患者さん相手のサービスを行なうクリニックでは、つねに「顧客視点」に立って業務を見直し続けることが大切です。しかし、日々繰り返される定型業務は、よほどのきっかけでもない限り、抜本的な見直しの手が入ることはありません。特にローテーションで分担している業務チームともなると、どのメンバーも自分が言い出して標準を変えることには抵抗があります。多くの場合、うまく回っているかに見える現状の業務の見直しは、現場発では起こりにくいのです。

現場がトップと同じ方向を向いて業務の見直しに着手するためには、自分たちが何を大事にするのかの判断基準をメンバー同士で一緒に考え、共有するための時間と場が必要です。その話し合いを通じて芽生える当事者意識と仲間への信頼は、判断基準を強化しながら日常の業務にも波及していきます。その結果、経営者や管理職、顧客から見ると、メンバーの主体性が高まっているように感じるのではないでしょうか。

その後、M整形外科クリニックでは、毎月のミーティングを「事務相談会」の名称に変えて不定期で続けています。不定期になったのは、自分たちの業務で大事にする判断基準の共有が進み、自分たちのペースで業務の改善点を見つけ、解決の知恵を出し合えるようになってきたから。それと同時にメンバーには、患者さんのためにチームの力で業務を変えていける自信と、院内では現場の気持ちを汲んでもらえるという安心感が生まれているように感じています。