ここでは、プロセスデザイナーの仕事が持つ意味にも実感を与えてくれた、島での体験の一部をご紹介したいと思います。

ワークショップで何をしよう?

「フランス人の染織アーティスト12名に5日間のワークショップをしてほしい」と、連絡を受けたのは昨年の8月のこと。私のいる染織工房は以前、フランスのテレビ局の取材を受けたことがあり、番組放送後にはヨーロッパ圏からの訪問者がやってくるようになりました。西表島の大自然の中で生まれる布の美しさに魅かれ、フランスの染織関係者の中では“いつか訪れたい場所”の一つになっているようです。

遠路はるばるフランスから日本の小さな南の島に足を運び、できるだけ長く島に滞在したいというツアーの一行。先方の思いに応えたいと思いながらも、過去には半日ほどのワークショップしかやったことがありません。5日間の滞在、12名の外国人、しかも染織のプロ集団という、私にとっては長期かつ大規模なワークショップでいったい何ができるのか。それを考えるところから私の模索が始まりました。

「この島だからできること」は何か? ~文化的価値の高いものを生み出し、循環させる島の暮らし

ワークショップの企画を考え始めた時、私は「この島だからこそできることをしたいと思いました。専門的な染織技術は他の染織関係の施設でも教わることができますが、西表島の風土・文化を背景とした布づくりとその暮らしは、島に住まなくては体験できません。でも、その一部ならば、5日間という時間の中で深く接して体感してもらえるかもしれないと思いました。

ここで少し、西表島についてご紹介します。

2021年、世界遺産に登録された西表島は、沖縄本島から約400キロ離れた日本の南西部に浮かぶ八重山諸島に属する島です。それぞれ特有の風土・文化を持つ島々から成る八重山諸島の中でも、西表島には400メートル級の山々や水量の豊かな川があり、特に自然に恵まれた島といえます。水が豊富な西表島では昔から稲作が盛んで、島の歴史ある集落では、年間を通して行なわれる一連の稲作儀礼が今も生活の中に根づいています。

西表島の布づくりにおいても特徴的なのは、島の自然からいただいた糸や染料の素材を使って島の中で作られた布が、季節ごとに行なわれる島の伝統的な稲作行事、祭祀などの衣装に使われているという点です。その布は、唯一無二の文化的価値を持つ布なのです。

たとえば色を染める時、島で採れた染料植物の草木を他の場所に持って行って染めても、島で染めた時とは発色が違います。島の水や太陽の光のもとで染めると、一番楽に鮮やかな色が出ます。


西表島に自生する紅露(ソメモノイモ)

インド藍の藍甕(あいがめ)

ですから、染めの作業をする日は天気によって変わります。また、染めの工程でも、染料植物の状態によって出てきた色を見ながら、煮出す時間、布や糸を漬け込む時間や回数を変えたりします。島にあるものを、どのように生かして形にするか。最適な条件をとらえて、そのポテンシャルを最大限に引き出すプロセスには、長年の試行錯誤の連続で積み重ねた多くの知恵が凝縮されています。

そうやって作られた布は、祭りごとや芸能などの衣装に使われ、島の暮らしと文化の中に溶け込んでいます。自分たちが使い続けるためのものを作ることで、島での物づくりは持続可能な営みになっているのです。

そんな固有の文化が持つ価値をあらためて噛みしめた私は、「西表島の自然から採った素材で布を作る」ことと「島の中で作った布が実際に生かされている島の暮らし」を“つなげて体感する”ことをコンセプトにしたワークショップをやろうと決めました。

まずは絵を描いてみる ~プログラムの全体像と流れのイメージ

さて、いざワークショップの準備を始めようとしても、いったい何から手を付けたらいいのかわかりません。考えているだけでは何も進まないので、私は5日間のプログラムの全体像を描いてみることから始めました。

大まかなイメージは、糸の素材となる糸芭蕉(バナナ)の木から繊維を採取し、染料植物で染めて簡単な布を織る体験を中心に、祭りごとの時に食べるような食事を楽しみながら、伝統の衣装を身に着けた踊り手の芸能を楽しむというものです。

もちろん私の経験や知識が足りないこともあって、細部にはわからないこともたくさんあります。布を作るためにはどの素材を使うのか、踊りは何を踊ったらいいのか、食事は何を出せばいいのか。詳細までを描くことは難しくても、フランスからいらっしゃる参加者の皆さんに持ち帰ってもらいたいことや、プログラム全体の流れを見えるようにしました。

今思うと、この作業はとても大切なことだったと思います。このイメージを元に、いろんな方と話ができるようになったからです。たとえ不完全であっても描いてみた絵が、人をつなげて、アイデアを具体化するための媒介になっていきました。

「やったことのない」ことに挑戦

島の方々に相談してみると、たくさんのアドバイスやアイデアをいただいて、できることが少しずつ具体的になっていきました。

「島の素材から布を作る時に排出される繊維を使って、紙漉きができることも体験してほしい」
「地元の料理を参加者の皆さんに食べてもらえたら喜んでもらえるかな」
「祭りごとで踊っている、地元の風土や布の制作風景を表現した芸能を披露しよう」
「ここを案内すれば、島の歴史をわかってもらえるよ」

何をすれば“布と島の暮らしのつながり”を体感してもらえるのか、そのためには、誰に何をお願いすればいいのか。やることがどんどん明確になり、進み出しました。


島で採れた素材からつくった工芸品、手わざの数々

準備を進める中で、とても嬉しかったことは、地元の皆さんが今までやったことのない持ちかけに対して、前向きに挑戦してくださったことです。踊りの伴奏をするために弾いたことのない三線の曲にチャレンジしてくださったり、フランスの皆さんに喜んでいただくためにどんな食べ物のメニューが良いのかを毎日話し合ったり。


かわいいヤギもお出迎え

こうして関わってくださった人たちと共に、フランスの皆さんはどのような反応をくれるのか、ワクワク感と期待を抱きながら、ワークショップの当日を迎えました。

次回は、5日間を通して島の伝統文化に深く親しんでいく体験のようすと、ビジネスのモノサシとのジレンマに葛藤する参加者の声などにふれていきます。

(後編につづく)