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“糸芭蕉(バナナ)の木から糸の素材となる繊維を採取し、染料植物で染めて簡単な布を織る”という一連の体験を中心に置きながら、布の染色や紙漉き、祭りごとの芸能体験などを盛り込んだ5日間。いよいよフランス人アーティストの皆さんとのワークショップがスタートしました。

幅広い年齢層の参加者が元気に勢ぞろい

 ワークショップ当日の朝、総勢12名の参加者は宿泊する民宿から徒歩で30分ほどかけて工房に集合しました。期間中はこうして毎日歩きで宿舎と工房を行き来することになります。島に住んでいる私たちは車での移動が基本なのですが、ヨーロッパからの旅行者は総じてよく歩きます。旅慣れていて、その土地を全身で楽しみたいという気持ちがとても強く、参加者たちの5日間には自分の足で歩いて島の自然を余すことなく満喫する時間も組み込まれているようでした。

「オハヨウゴザイマス」「ヨロシクオネガイシマス」
私たちが待つ工房に到着した一行は、足を踏み入れるなり開口一番、全員が練習してきた日本語で元気に挨拶をしてくださいました。

メンバーの経歴はさまざま。草木染めのテキスタイルアーティストを中心に、天然染料で絵画や版画を制作する美術家、プロダクトデザイナー、医師など、それぞれの分野から草木染めに関わる人たちです。年齢層も下は20代から上は70代までと幅広く、男性は数名で大半が女性という顔ぶれです。

私たちも歓迎の気持ちを込めて「Bienvenue en français.」(フランス語で「ようこそ」の意)という看板を掲げてお出迎えし、和やかな雰囲気の中でワークショップが始まりました。

5日間のプログラムは、①糸芭蕉の木から糸を採取する ②取った糸や布を草木で染める ③染めた糸を織って布にする――までの伝統的な染織を体験するワークショップが中心です。それに加えて、島の自然や歴史的な名所を巡ったり、地元の公民館で祭りごとの食事や踊りを楽しみ、島の文化や暮らしにふれるアトラクションを用意しました。

知りたいことがたくさんある皆さんはどんどん質問してきます 

「自分のやりたいこと」が明確で個性的なフランスの参加者たち

予想外にたいへんだったのは、2日目に行なった「染め」のプログラムです。準備した染料は、島で採れた紅露(ソメモノイモ)、フクギ、藍(順に、赤茶、黄色、青)の3種類。染めた布の見本を見せ、おのおの好きな色を一つ選んで実際に布を染めてもらうつもりだったのですが、予定していたようには進みませんでした。
というのも、参加者の皆さんは“自分のやりたいこと”を明確に持ってワークショップに臨んでいました。草木染めの方法を一から学んでみる、というより自身の創作活動につながるようなサンプルや作品を作りたいというスタンス。当然ですが、メンバーのやりたいことは十人十色で、課題もまちまちだったのです。

「小さく切った布でいろんな色や染め方をして、カラーサンプルを作りたい」
「上から下へのグラデーションで布を染めたい」
「紅露、フクギ、藍で3分の1ずつ染めたい」

などなど。主催者任せの受け身ではなく、一人ひとりがはっきりとした目的意識のもとに要望や意見をぶつけてきます。そして、どのようにしたら自分のやりたいことができるのか、私たちはしょっぱなから質問攻めに遭ったのでした。

カルチャーショックを覚えつつも皆さんの姿勢を理解した私たちは、要望を受け止めてはワークショップの進め方を変更し、臨機応変に対応していきました。

糸芭蕉(バナナ)の木から糸となる繊維を取り出します

真剣に染料の説明を聞いています

日本人向けのワークショップでは、冒頭に見本を見せて説明すると、まず全員がそれを参考にして同じようなものを作っていきます。最初は言われたようにやってみる。個々にアレンジが始まるのは、そのあとです。
フランスからの参加者はアーティストということもあり、そこが大きく違っていました。とにかく自分の考えてきたアイデアを実現したい意欲が高いのです。結果として、皆さんが手がけた作品は個性が際立つパターンでカラフルな染め上がりになりました。(冒頭の作品写真)
個が確立していて、意見もストレートで主体的。貪欲にクリエイティビティを追求するその姿勢には、私もたくさんの刺激をもらいました。

 きれいな絞り染めができました

商業ベースに乗らない自然の産物につきもののジレンマ

ワークショップを進めていく中で特に印象的だったのは、「この色を出すには染料を何グラムにすればいいか、何分ほど煮出せばいいのか」など、詳細なデータや細かい手順を知りたいという声が多かったことでした。

なぜそこに関心があるのかを聞いてみると、自分が草木染め製品のビジネスをする上では、オーダー時に見た物と同じような色合いの物が一定の数量単位で求められるのだと言います。規格品のような“再現性”がビジネスにおいては重要なモノサシなのです。

天然の草木染めは偶然性を含んだ自然の産物ですから、同じような色に近づけることはできても完全な再現は不可能です。
サステナビリティ実践先進国フランスのアーティストとはいえ、経済性を無視できない立場にある参加者の間には「魅力的だけど、ビジネスになりにくい」という葛藤があるようでした。

「同じ色を再現できないか」この質問に答えるのは簡単ではありません。
自然を相手にするこの仕事は、つねに安定しない天候や気温に左右されて染料の状態も変わります。まったく同じ条件がつくれない中で、まったく同じ色に染めることはできません。実際、5日間のワークショップでも、太陽の光によって発色が鮮やかになるため、天候を見て染めを行なう日を変更しました。
そういう判断を参加者も知っていますから「草木染めでは完全再現は無理」と回答するのは簡単です。でも、島の私たちが一緒に考えたかったのは、もっと別のことでした。

質問をめぐるやりとりをしている中で、「私たちの物づくりは自然より前に出ないことが前提です」と話した時です。それを聞いた皆さんがはっとして目の色が変わり、何かの気づきが生まれたような空気を感じました。

自然は思いどおりにならないから、人間のほうが上位に立ってリードしようとせず、自然との対話を通じて最善の選択、やりとりをしながら共に持続していく。そんな歴史を持つ島での暮らしのあり方、人々の営みこそが自然と共に生きていくということではないか。
参加者の皆さんと分かち合いたかったのは、そんな問いかけです。
私が関わってきた西表島にある伝統的なライフスタイルの中には、自然と調和していくための精神が溶け込んでいるような気がしていました。

海晒し(うみざらし)汽水域で布を洗うことによって不純物を洗い流し、色を定着させる伝統的な技法

自然を生かし恩恵を受けるサステナブルな暮らし方 

自然との調和に持続可能性を見いだしていく世界観というのは、本当にビジネスとは相容れないものなのでしょうか。

たとえば私のいる工房には、島で作られた布を求めて海外から訪れるお客様も少なくありません。西表の自然の中で作られる美しい布に魅せられて、遠い国から日本の小さな島にやってくるのです。
今ある環境を生かして作る布は、ここでしか手に入らない唯一無二の価値を持つものです。そして、価値の高いものは長く愛され使い続けられます。こうした“捨てられない、廃れない価値”が真の持続可能性なのではないかと私は思っています。

これからの時代、20年先、50年先のモノづくりの正解はわかりませんが、持続可能な地球環境に対する私たちの責任が増していくステージでは、どんな企業・ビジネスも必ず「理想と現実のジレンマ」に直面します。それを乗り越えていくためには新しい世界観、実践の考え方が必要になるでしょう。もしかしたら、産業社会とは隔たりがあり、古来からの伝統文化が生きる離島の暮らしの中に、サステナビリティ実践のヒントが隠れているかもしれません。

「もう一つの世界」の経験から思うこと

私は島で暮らし、布を作る時に心がけていることがあります。
「自分の思いどおりの色に染めようと思わない」こと、「まずは染めてみて、染まった色を受け止める」ということです。
これは工房の先生から言われ続けていることで「自然よりも前に出ない」という感覚を養うきっかけになる言葉でした。そして、これは自然との関わり、人との関わり、すべてのものとの関わりに通じる考え方でもあると思っています。

今回のワークショップの中で、島に伝わる踊りを見た参加者が「この島では布が生きているんですね」と語ってくれた感想が心に残りました。その人はきっと滞在の5日間で島の自然にふれ、島の人々や暮らしに接することで、そこにあるすべてのものが意味を持ち、互いに生かし合い、巡り巡ってつながっているのだという感覚を体験できたのではないかと思います。

同じように私も、島の暮らしの中でつかんだ確かな感覚や視点を大切にしながら、もう一つの日常にあるプロセスデザイナーの仕事や自分自身の生き方について、どんな価値観や行動が明日の世界をよりよくするのか、を考えながら試行錯誤し続けていきたいと思っています。