「役員プレゼン」と聞くと、どんな情景が浮かびますか?

「ズラッと並ぶ偉い人たちの前なので、とにかく緊張する」
「データは? 根拠は? と細かい情報や精緻な資料が求められるので準備がたいへん」
「プレゼン内容に対してあれこれ指摘され、いつも持ち帰る宿題が多い」
発表者からは、このような言葉をよく聞きます。

会社勤めが長くなってくると、“役員プレゼンなんてそんなもの”と思われる方も多いのではないでしょうか。

私自身、20代を過ごした会社では「叩かれてなんぼ」と言われて育ちました。「全部否定されたとしても、肝心な一つだけをもぎ取って帰ってこい」というのが当時の上司の教えです。そう思っていれば、そこまでの努力や思いをあっさり
否定されることや、人によって矛盾する指示をされたりすることも気にならなくなり、プレゼンに集中することができました。若輩だった当時の私にとっては、ありがたい教えだったと言えます。

しかし、確固たる上下関係を是として社員が滅私奉公的に働く時代は終わり、今は会社と社員、上司と部下が対話を通じて共に成長する関係性を築くエンゲージメントの時代です。役員プレゼンの場にみる役員と社員の関係も、これからはもっと変わっていくのかもしれません。

ここでは、そう思うきっかけになった最近の出来事を取り上げて、私が抱いたちょっとした違和感とその解消策をご紹介したいと思います。

「コンテンツに総ツッコミ」の何が問題なのか?

とある企業の役員オフサイトミーティングでは、これから会社がめざす「ありたい姿」についての話し合いを続けています。その中で出てきた課題の一つを、関連部門の中堅層を中心にしたプロジェクトで検討してもらおうということになりました。

そのプロジェクトの途中経過をメンバーが役員にプレゼンする場面に立ち会った時のことです。発表者は2名、それを聞く側の役員は10数名でした。

プレゼン内容はしっかり組み立てられ、発表する中堅社員の語り口も明快で、自分たちなりの意志を持って説明されているように見えました。肝いりのプロジェクトだけあって役員の皆さんも熱心に耳を傾けています。印象としては、なかなかいい感じでプレゼンは終了したのですが、終わったとたんに、複数の役員が一斉に口を開きました。
「ここはこうじゃないかな」
「これだとダメだよ」
「これについては考えたの?」

あまりに発言が同時に集中したため、私は全部を聞き取れませんでした。発表者も耳に残った言葉を追いかけて必死にメモを取っています。投げかけに対して何倍ものエネルギーで返ってくる反応を一身に受けている感じでした。

経験も知識も責任もある役員の皆さんですから、社員の側に欠落している視点、改善を要する点などは即座に見通せるのでしょう。多部門にわたる役員それぞれの見方による指摘内容が的確で総合的なのは間違いありません。課題を託した
プロジェクトへの期待と応援の気持ちも大きいはず。役員の側もまた本気であるがゆえに厳しい指摘やリクエストをしているのだと思います。

でも私には、その期待や応援の気持ちが、どうも発表者には届いていないように見えました。

プロジェクトメンバーの間で議論を重ねた内容を何とか役員に伝えようと前を向いて話していた発表者は、だんだんうつむき加減になっていきます。やりとりというよりも、指摘や助言を投げかける役員の圧に押されて、返事をする声にも力がなくなっているのを感じました。

プレゼンの場を通じて、いかにプロジェクトメンバーを応援するか

役員提案などではよくある風景だとしても、私はちょっと不安になりました。

役員の皆さんからの意見やアドバイスは、すべて「コンテンツ(氷山の水面上に見えるもの)」に関することでした。役員の皆さんはコンテンツに対する見解を伝えることで、発表者ひいてはプロジェクトの応援をしていたのです。その一方で、プロジェクトメンバー・発表者の思いや考え、判断に苦しんだ点など、コンテンツの背景にある「プロセス(氷山の水面下の見えないもの)」に関する言及はひとつもありませんでした。

発表者は、役員側からのコンテンツに対するたくさんのリクエストや宿題をプレゼン結果としてプロジェクトに持ち帰ることになります。でも、課せられた宿題を再検討して潰し、挽回していくその後の議論や作業に、メンバーは果たして
主体的に取り組めるのでしょうか。両者の関係性や心の形勢によっては、対応一辺倒のやらされになってしまうかもしれません。そうなることを役員の皆さんは望んでいないはずです。

この状況を見ていて、何かできることはないかと思った私の頭に、とっさに浮かんだのは「組織の氷山図」でした。そこで、“今ここ”の状態を説明するためにホワイトボードに描いたのが次のような走り書きです。

実際の板書

役員の皆さんから発表者への旺盛なアドバイスは、プロジェクトのアウトプットに対する期待の表れでもあります。しかし、もう一面で、プロジェクトの担い手である発表者はというと、プレゼン後、明らかに元気を失くしています。もしも役員側がプロジェクトの成功を望んでいるのだとしたら、氷山の水面上の「コンテンツ」部分を応援すると同時に、ぜひ氷山の水面下にある「プロセス」(気持ち)の部分も応援してほしい。発表者のモチベーションが上がり、もっとジブンゴト化が進むようにしてほしい……。

氷山図をホワイトボードに書きながら、私はそんな話をしました。

おそらく役員の皆さんの心の中にもあるはずの言葉。
「〇〇さん、ここまでまとめてくれてありがとう」(感謝の気持ち)
「どうして〇〇さんはこう考えたのかな」(これまでのプロセスの確認)
「こういうやり方もあるけれど、〇〇さんはどう思う?」(主体性の喚起)

それを言葉にして伝えることができたら、役員からの応援の気持ちがもっと社員に伝わるのではないかと思いました。

【氷山の下の応援をする問いかけ例】

これまでの労力に対する感謝の気持ちを言葉にする
「ここまでやってくれてありがとう、どのくらいたいへんだった?」
これまでのプロセスを聞き、リスペクトする
「どうしてそのように考えたのですか?」
主体性を喚起する
「〇〇さんは、どうしたいですか?」

このように、お互いの気持ちを通わせる問いかけと、コンテンツへの意見・アドバイス・指示を抱き合わせにする。人とコトを分離せずに見ていくコミュニケーションの工夫をするだけでも、社員の意欲や主体性の低下を回避でき、仕事が気持ちよくスムーズに進むのではないかと感じています。

組織文化に大きく影響する役員の思考・行動パターン ~次世代にフィットする関わり方になっているか?

この会社では役員オフサイトミーティングを続けているため、前述のような私の提案も受け止めてもらえるという信頼がありました。事実、話せば気づいてくれる皆さんは早速、翌月からはコミュニケーションに取り入れてくださったと聞いています。

もう一つ、プレゼンの場に事務局として同席していた中堅層のメンバーから後日、以下のような主旨の感想をいただきました。

“プレゼンが終わった後、労いの言葉もないまま矢継ぎ早に役員さんたちから指摘やリクエストが出て、「発表者がどうしたいか」を聞かずにどんどん決めていってしまう…。あの流れには、どこか違和感がありました。それに対して「気持ちの応援を」という介入には、なんて素敵な突っ込み!と思い、思わず心の中で拍手を送っていました。”

役員の方々に「気持ちの応援を」と呼びかけた、このプレゼンの場での話には、まだ続きがあります。なぜ、それが大事なのかについては、さらに大きな理由があり、それもあわせて共有しておきたかったからです。

というのも、日本企業の役員といえば、多くの場合、コンテンツ重視の評価に耐えて昇進してきたタフな方々が多いのではないかと思います。おそらく、そういう会社で育った今回の発表者もタフでしょうから、本来はコンテンツの応援だけでも頑張れるのかもしれません。

しかし、経営に大きな影響力を持つ役員の思考・行動パターンは、組織全体の文化にも大きな影響を与えます。役員プレゼンの場で役員と現場のリーダーがどのようなやりとりをするのかは、役員と発表者の間だけではなく、社員との関係、
その思考や行動にも関わることなのです。

もしも、この会社のプレゼンスタイルが今までのような一方通行のコミュニケーションだとすると、どうでしょうか。現場には、「コンテンツの応援(厳しい指摘や指導)」だけでは頑張れない多様な社員、若い世代もたくさんいます。本当に心配なのは、組織人として“上を見て学び、ならう”多数の社員、これからの社員への影響でした。それを意識して、プレゼンのような場面では、特に役員の皆さんから“氷山の上と下をセットで応援する”ことを始めてほしいと感じました。こういった積み重ねが組織に与える効果はとても大きいと思うからです。

役員の皆さんが「コンテンツ」と「気持ち」の両面から発表者を応援し、それに元気づけられた現場のリーダーが自分もまたそれにならい、そういうやりとりが全階層、全社に広がっていったら……。会社ってそんなもの、という当たり前も変わっていくでしょう。「コト」にはすべて「ココロ」があります。仕事の厳しさとそれを担う人の情熱や温かさが相まって、はじめて人もコトも成長していくのではないかと感じています。