そこにある「人間はコミュニケーションをとる存在だ」というものの見方と認識。それと同じように、最近よく言われる「多様性(違い)」についても“利益になるから違いを活かそう”というより、そもそも違いは当たり前に存在するものであり、お互いに大事にしたいから大事にする。そういう考え方ではいけないだろうか。

今日、上司と部下に代表されるコミュニケーション問題の多くは、異なる立場や世代の間に生じる認識ギャップによって起こっている。このギャップを埋めるためには、話し合いのスキルを身につけるだけではなく、まずギャップのもとになる
「違い」を理解すること。そして、違和感とともに違いを認めて関わりながら、互いに認識を広げていくことが必要になる。

もともと違いの集合体である組織の多様性を、目的にするというより、当たり前にしていくためにはどのように理解を進めればいいのだろうか。

認識ギャップの種類を知る

人の認識はバイアスだらけである。職場の上司や部下の認識をいったん脇に置いて、そもそも人間がもつ認識のギャップにはどんな種類があるのか整理してみよう。

先天的な特性の違いによる認識ギャップ

・同じ現象に対してであっても、生まれ持った特性の違いで人によって認識は異なる。

ある時間・空間に身を置いた経験の違いによる認識ギャップ

・俗にいう世代間の価値観ギャップはこれに該当する。
・ある時代の、ある場所(国もあれば小さい集団もある)において趨勢な技術や多数派がつくる雰囲気にどっぷりつかって形成された認識のギャップもある。
・人がリアルタイムに経験してきたことの積み上げによる影響は強い。

文献・伝聞で見聞きした知識に比べると、自らの行動の結果の良し悪しを受け取り、良い結果のほうをその人なりの成功体験として強化していくため、良い面もあるが厄介な面もある。

立場・役割の違いによる認識ギャップ

・前記のような先天的なもの、長い時間をかけて蓄積されたものに比べれば短期の、今の時間・空間における立場や役割がそうさせている認識ギャップである。
・上司と部下の認識ギャップは、世代の違いもあるだろうが、立場・役割の違いもかなり影響している。
・この種類の認識ギャップには対応のしようがある。

組織人は、上記のような、個々人が置かれた状況から生まれる認識をもとに、必要とする知識やスキルを培っていく。その結果、人によって知識の違い、スキルの違いが生じる。持っている知識範囲に依拠することで認識はより強化され、持っているスキルを使いまくることで、さらに強化される。これは専門を極めることにもつながるが、融通が利かない人になるジレンマに陥るという落とし穴もあるから注意が必要だ。

認識ギャップへの反応を知る

人は、他の人との認識ギャップに遭遇すると、どういう反応をするだろうか。国民性や個人によってさまざまだろうが、少なからず人間は違いや変化に対して怖れを抱くようにできている。心配性であるから人類は生き延びてきたともいえる。特に島国に暮らす日本人は、違いに対する不安性向が強いのかもしれない。といっても自国民同士だから、関係が比較的近い人たちが集まる環境の中での“ちょっとした違い”や“期待とは違う反応”が気になるケースが多いのではないかと思う。

国レベルでも、隣国ぐらいの近さだと、何となく同じだと思っていたのに期待がはずれたり、予想外の点が際立って目につき、気になってくる。逆に、遠い地域の国のように違いがありすぎると、違いはあって当たり前という認識になる。期待をしていないので、期待以上の共通点が少しあるだけでも嬉しくなってしまうものだ。

認識ギャップに対応するカギ

それでは、他の人との認識ギャップに対して、反射的にネガティブな反応をしそうになった時、私たちができることは何だろうか。

理解・認識の共有が可能かどうか、違いの程度を知る

・歩み寄りの努力をすれば理解できる違いなのか、理解によって乗り越えることができ、共通認識が持てる違いなのか。
・もしも自分の理解・認識の範囲を超えて手に負えないものであれば、いっそ相手を違う生き物だと認め、あきらめから始めて接してみると、意外に良い面が見えてくるかもしれない。

自分の認識の全体感をどこまで広げられるかを探求する

・自分がどこまで、広い世界を自分事としてとらえようとするか。それとも、狭い範囲で自分の利益を確保することを選ぶのか。
・後者の場合、自分の利益にそぐわない意見や人物は阻害要因、敵に見えてしまうため、異なる視点や意見を受容したり、視野を広げたりするのが難しい。前者であれば、関係性の拡大や自己成長のチャンスが広がる。

違いは危機感知やチャンス感知の源泉、変革・創造の源泉だと考える

・ダイナミック・ケイパビリティという理論がある。企業が環境の変化を感知して、固有の資源を再構成・再配置・再利用する自己変革能力のことである。センシング(感知)、シージング(捕捉)というステップを通じて、トランスフォーミング(変革)につながるとされる。
・トランスフォーミングの部分にイノベーションやクリエイション(創造)をあてはめてみると、「感知」は独自の感性・見方を持っている人が環境の変化やチャンスに気づくこと。「変革」は、他の人よりも強い違和感を持つ人が率先する。「創造」は、人と違うことをするから価値になる(make a difference)。このように変革や創造の領域では、人と違うからこそブレイクスルーできる、人にはない着眼で新しいものを生み出せる可能性がある。

認識ギャップに対応するアプローチ

認識の違いがなぜ発生し、どう対応すればいいかがわかったら、あとは次のことを実践して対応力を高めてみよう。

ネガティブ・ケイパビリティを高める

・「容易に答えの出ない事態に耐えうる能力」のことをネガティブ・ケイパビリティと呼ぶ。安易な判断を保留する、ペンディングする力といってもいいだろう(pending=宙ぶらりん)。異なる刺激に触れてモヤモヤしたり、ストレスを覚えるような不安定状態になったとしても、安易な答えに流されずにいられる耐力を鍛えていく。

異文化・越境体験を重ねる

・異文化への越境体験の必要性がしばしば言われるのも、違いを受け容れて認識を広げる力を開くためである。国境を越える留学に限らず「留職」というコンセプトもあるように、異なる職場で仕事をしてみること、自分と考え方が違う人に向き合うことも異文化体験だ。
・物理的に移動するとなるとコストがかかる。人と話すだけならコストをかけない学習機会になる。
・人と話して自分と合わない意見に腹を立ててしまったら、せっかくの学習機会がムダになる。ムダにしないためには、「なんで違うんだろう?」という探求心と、相手に「この人となら話してみてもいい」と思ってもらえる程度の信用が必要になる。深い信頼感はその後に生まれる。不安なら第三者のサポートを得るといい。

チームで意味を共通認識化し、環境に投げかける

・「この違いには何か意味があるんじゃないか」と観察・解釈し、行動した結果(=環境)からフィードバックを得ることで、認識の形成や修正をする。あとから意味づけされていくのだ。この流れは、センスメイキング理論(=腹落ち)の「感知 ⇒ 解釈 ⇒ 行動」というステップで説明されている。
・チームで意味を確認し、共通認識を醸成する際には、個々人が感知した情報が役に立つ。そして、チームで実行する場面では、それぞれの人が持つ知識やスキルの違いを自然に生かしていく。AさんにBさんが得意な仕事をさせる必要はない。

多様性を自然活用するために「違いを尊重する」土壌をつくる

「多様性(違い)がイノベーションや経済的利益につながるから活用しよう」という論調を耳にすることがあるが、それには少し違和感がある。現実には、せめて「尊重する」くらいではないか。もともと人は多様であり、組織で一緒に働いていれば、たえず相互作用している。つねに何かしらが自然に生まれているとすれば、「活用する」というより、「多様性が創発している」と言うほうが実態に近いのかもしれない。

人の違いを「活用しよう」は、ともすれば都合のいい「目的利用」にもなりかねない。遠回りに思えても、違いの意味を探求し、違いが価値となって実る土壌をつくっていくことが、結果的には良い方向にいくのではないかと私は考えている。