あなたの会社では、プロジェクトの目的が単なる数値目標ではなく、真に価値ある創造に向けた挑戦として共有されているでしょうか。メンバーの一人ひとりが「自分ごと」として課題に向き合い、持てる知見や経験を積極的に提供できているでしょうか。また、失敗を恐れず試行錯誤できる心理的安全性は確保されているでしょうか。

これらの要素が欠けたまま既存の延長線上での改善だけを追求していては、イノベーティブな価値創造の機会を逃してしまいます。また、受動的な参加者の集まりでは、チームの持つ潜在的な創造力を十分に引き出すことはできないでしょう。

今回の【新価値創造の原動力①】では、新事業開発プロジェクトの例を取り上げ、いかにしてリーダーがメンバーの当事者意識を高めていったのか、創造性を引き出すリーダーシップのポイントとなる“プロセス重視”の「問い」とアプローチを見ていきます。

「仕事が増える」から「仕事が深まる」へ

【リーダーの問い】なぜプロジェクトメンバーは「当事者」になれないのか?

電気機器メーカーのA社では、会社の未来を方向づける「ベンダーからサービスプロバイダーへ」という会社のめざす姿を掲げ、その実現へと踏み出すための“脱ベンダー新事業開発”プロジェクトをスタートさせた。

プロジェクトリーダーに任命された開発本部長Kは、その成否を担うべく、各事業部、技術開発部、IT戦略部、経営企画部などから精鋭を集めた特別チームを結成した。選ばれたのは、各部門で重要な業務を担い、自部門の課題に誰よりも精通し、その解決に奔走している課長層のメンバーである。

しかし、いずれも日常の業務で多忙を極めるメンバーだけに、今回のプロジェクトに託された課題の重要性やミッションについては十分な情報共有や議論の機会が確保できておらず、メンバーがプロジェクトの意味や位置づけを理解・納得して臨んでいるとは言い難い状態だった。

会社の命運を握る新たなテーマに挑戦するプロジェクトであっても、メンバーはどこか他人事のように見ていて、当事者意識は希薄だった。
めざすものに近づくための新事業開発の必要性は、頭では理解している。しかし、「なぜ自分たちが?」「専任の部署がやるべきではないか」と、まず頭に浮かんだ疑問が拭えていない。「自部門の業務だけでも手一杯なのに、なぜ新事業開発まで抱え込まなければならないのか」という不満を奥底に抱えたままのメンバーで、プロジェクトチームはスタートしていた。

リーダーのK本部長は、メンバー個々の能力と経験を高く評価している。しかし、このプロジェクトを真に成功させるためには、彼らが“やらされ感”ではなく、自らの意志でプロジェクトを推進していく、つまり「当事者」としての意識を持つことが不可欠だと強く感じていた。

新たな事業のアイデアは、受け身の思考や姿勢からは生まれない。メンバーがこのプロジェクトに自ら意義を見いだし、積極的に関わって中身をつくっていくためには何が必要なのか。
そもそも、〈なぜアサインされたメンバーが当事者になれないのか?〉

K本部長は、まだその答えを見つけられずにいた。しかし、掛け声と形だけに終わってきた過去のプロジェクトの経験から、その問いに対するアプローチこそがプロジェクト成功の鍵を握るものだと考えていた。

目下の関心と、それ以外への無関心

【リーダーの問い】「傍観者感覚」は、どこから生まれているのか?
⇒ 打ち手のプロセス「ありのままの実情と気持ちを聞いてみる」

K本部長は、集まったメンバーの仕事の現状や、掛け持ちするこのプロジェクトをそれぞれがどう見ているのか、まず偽りのない心情を知りたいと思った。
そこで、メンバーが本音で語り合い、会社全体の課題について対話型で深く議論するオフサイトミーティングを実施することにした。
「何を言っても大丈夫」という心理的安全性をベースに、役職や業務などの立場、慣例や固定観念にとらわれないで自由に話し合えるオフサイトミーティングでは、想像以上に率直な一人ひとりの気持ちが語られた。

各部門から選りすぐられた彼らは、自部門の業務に関しては深い知識と経験を有していることがあらためて確認できた。しかし、会社の将来を左右する新事業開発という全社テーマについては考えたことがなく、部門の垣根を越えて話し合ったこともない。誰にとっても管轄外で未経験、自分たちの業務とは縁遠いテーマだった。

新事業の必要性は理解できるが、それが今の業務とどう関係するのか。もっと優先的に取り組むべき課題がある中で、なぜ今このタイミングなのか。本音の対話をしてみると、困惑の声や疑問が次々と飛び出した。

ある事業部のメンバーは遠慮がちに、「新事業が生まれて成功するのは素晴らしいことだと思います。今のままではうちの事業部がじり貧になることもわかっています。ただ、これから取り組もうとしていることが機器営業を担当する自分たちの仕事にどう影響するのか、あるいは役に立つのか。もしかしたらこれまで一生懸命にやってきたことがムダになるかもしれないとか…、正直まだわからないんです」と打ち明けた。

眉間にしわを寄せたままのメンバーは、「うちの部門は慢性的な人手不足で本当に厳しい状況なんです。そこに新事業の仕事まで加わると、文字通りパンクしてしまうのではないかと心配です」と不安を訴えた。

こうした生の声を受け止めたK本部長は、メンバーの傍観者的な姿勢の理由が単に情報不足のせいではないことに気がついた。
メンバーは、会社の掲げる新事業というものが自分たちの業務とどのように結びつき、自分の存在価値や役割をどのように変えていくのか、自分は果たしてそこに貢献できるのか、といった“今の自分とのつながり”をイメージできないでいた。そのために腰が引けていて、関心も起こらなかったのである。

「頭で考え合う」から「視野と思いを広げる」へ

【リーダーの問い】なぜ会社の「めざすもの」は社員から遠いのか?
⇒ 打ち手のプロセス「自分とのつながりをイメージで探る」

これらのオフサイトミーティングを通じてK本部長は、メンバーが当事者意識を持つための第一歩は、“新事業と自分とのつながり”を見いだし、チームで共有することだと考えた。

この気づきをもとに、K本部長は次の一手として、まずメンバーの「自らの思い」と、会社のめざすものである「ベンダーからサービスプロバイダーへ」とを結びつけるにはどうすればいいのかを模索し始めた。

“新事業と自分とのつながり”を見いだすとは、自分の業務との関連を探るだけではない。大きな方向性として示されている会社の「めざすもの」に共感する部分を見つけて自分の思いを通わせる、自分との接点を探して想像を膨らませながら気持ちを乗せることでもある。
K本部長は次のような流れで段階的にアプローチしていった。

① 目下最大の関心事を知る

K本部長は再びオフサイトミーティングで対話を行ない、まず各メンバーが日々直面している問題や課題を共有することから始めた。なぜなら、メンバーの最大の関心事は自分が今抱えている問題だからである。そこには「何とかしたい」という当事者としての切実な思いがあるはずで、その思いも大事にしようと考えたからである。

ただし、個人の困りごとだけに目を向けているうちは、「新事業開発」という組織の重要課題に関心のアンテナは立たない。そこで続けて、“個人の課題と組織の課題を結びつける”ための対話の場を設定した。

② キーになる問題提起に意見を重ねる議論

次の議論は、ある営業担当者の「かつて国内シェアNo.1だった我が社から顧客がどんどん他社に流出している。新事業開発以前に、既存顧客の維持が最優先ではないか」という切実な問題提起から始まった。

この発言をきっかけに、「なぜ顧客が離れていくのか」「我々は製品を売ることばかりに注力し、顧客が本当に求めているものを見失っているのではないか」「単なるモノ売りでは価格競争に巻き込まれ、収益性が低下する一方だ」「製品販売からソリューション提供へと転換すべきだが、そのためには顧客のビジネスをもっと深く理解する必要がある」「顧客から真っ先に相談される存在になれば、共に新しい価値を創造できるのではないか」…と、議論の中身は次第に深まっていった。

このような「なぜ、何のために」の思考で展開していく対話のプロセスを通じて、メンバーの視野は確実に広がっていく。そして、互いの投げかけや意見に集中してメンバーが一緒に考えていくうちに、自然と「ベンダーからサービスプロバイダーへ」という会社のめざす方向性に通じる道が開けていき、共通の理解が芽生え始めた。個人の課題意識がじわじわと、組織の変革の方向性と重なり合ってきたのである。

③ 本質的な問いに立ち戻る

ここでK本部長は、さらに議論を深めるため「なぜ今、新事業開発に取り組む必要があるのか」「新事業を通じて何を実現したいのか」「新事業開発は社員、会社、顧客、社会にどのような意味・価値をもたらすのか」「新事業を考える上で外してはならない〈軸〉は何か」といった本質的な問いを投げかけた。
これらの問いに対する答えを上から示すのではなく、一人ひとりのものになるよう対話を通じて共に考え、納得を深めて、気持ちを乗せていった。

リーダーがいくら論理的に説明しても、それだけではメンバーの心は動かない。心が動かなければ、自ら考え、新しいアイデアを生み出そうとする意欲も湧いてこない。メンバーが本気で新事業開発に取り組み始めるのは、会社のめざす方向性と自分の思いが重なり、”なるほど、こういうことなのか”と腹落ちした時である。上からの一方的な説明では、メンバーは受け身の姿勢のままで、主体的に考え行動しようという意欲や変化は封じられてしまうのだ。

新価値創造の原動力②「チームシナジーを最大化する」につづく