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INDEX
「目標達成型」から「協働・創発型」へ
【リーダーの問い】どうすればチームが創造性を発揮できるのか?
⇒ 打ち手のプロセス「めざすチームの意義と姿をリーダーが伝える」
プロジェクトメンバーが自分の思いと会社のめざす方向性の重なりを見つけ出し、当事者意識を持ち始めていることを実感したK本部長。次の段階では、チームのシナジーを最大限に引き出すプロセスづくりに着手した。
そもそも、新事業開発というプロジェクトは“やってみなければわからない”ことが圧倒的に多く、「いつまでに、これを完成させる」といった明確な目標や、「これをやれば達成できる」といった計画が立ちにくい取り組みである。そんな答えの見えないプロジェクトを進めていくために、メンバーが今までにないやり方で力を発揮し、考え抜いて試行錯誤できるようなチームのプロセスをつくりたいとK本部長は考えていた。
とはいえ、結果(目標)重視のトップダウン型マネジメントで市場拡大期の成功を収めてきたA社では、個々が与えられた担当業務を全うする“受け身”の仕事姿勢、“一人で頑張る”メンタリティが定着している。メンバーにはチームで成果を高めていくチームワークの経験さえ乏しかった。ましてや、今回のチームは、異なる部門の混成メンバーが経験のないテーマに取り組むという創造的なプロセスを必要とするチームである。
このような新たな目的を持ったチームづくりのオフサイトミーティングを、K本部長はプロセスデザイナーの意見や情報を得ながら一緒にやることにした。
ミーティングの冒頭では、K本部長がまずメンバーに自分の思うところを投げかけた。「市場が伸びていた時代は事業の安定成長が見込めたから、各自が与えられた仕事を着実にこなすだけで十分でした。でも、今はわが社も現状維持では先が見えなくなって新たな事業価値の創造が急務です。そのミッションを持っているプロジェクトチームには、従来とは違う考え方、新しい価値観が必要だと思っています」
そして、今回のプロジェクトチームに何を期待しているかをメンバーに伝えるために、こうあってほしいと自分が考える「チームの機能と意義」をまとめたスライドを示した。
【協働・創発型チームの機能と意義】
1.多様なものの見方・考え方と専門性の活用による創発
異なる部署のメンバーが“当事者としての意思”を持って一緒に仕事をすることで、多様な知見や異なる見方・考え方に対する感度や受容性が高まる。それぞれ異なる現場の情報や経験を持つメンバーが前向きにぶつかり合う中からは、今までにない発想や知恵が生まれたり、実装につながるヒントが得られたりする。
2.有機的な連携によるリソースの最適化と顕在化
部門横断的なチームのメンバーが互いを理解し、自発的な協力・相談をしながら有機的に動くことで、全体としてのリソースを最適に活用できる。また、異なる分野の情報、技術、専門知識、経験を相互に引き出し合い、活用するプロセスや能力をチームが獲得することは、組織に潜在する創造資源の顕在化につながる。
3.本音の対話による相互作用と人の成長
自由に意見を言い合える対話を通じて部門間メンバーの協力関係が築かれると、部門同士のコミュニケーションも本音ベースでリアルにできるようになり、情報共有や互いの役割に対する理解は格段に向上する。関係性の変化によってコミュニケーションの質が上がり、人と一緒に考え合う機会が増えてくると、メンバーの仕事の仕方も大きく変わっていく。こうしたダイナミックなチームプロセスを体験することがメンバーの考え方や動き方の刷新や成長につながる。
「言ってもムダ」から「本音でぶつかる」へ
【リーダーの問い】どうすれば、オープンでブレない話し合いができるのか?
⇒ 打ち手のプロセス「軸を共有し、異なる意見を生かして議論を膨らませる」
K本部長の冒頭の言葉に対して、まず反応したのは経営企画部のメンバーだった。「昔は『みんな同じであること』が重視されていたから、異なる意見を表立って口にする人はほとんどいませんでした。勇気を振り絞って自分の考えを言ったとしても、上からの正論に潰されてしまう。それでは「どうせ言ってもムダ」だと、みんな思ってしまいます。そういう経験しかない中で、異なる意見をお互いに尊重しながら建設的な議論をすることは可能なんでしょうか?」
K本部長は、新価値創造に取り組むチームの議論における異質な意見の重要性を強調した。「同質性からは新しいものが生まれにくい。むしろ意見の相違は歓迎すべきものだと思います。自分のテリトリーにあった今までの常識や思い込みに気づくためにも、異質な意見のぶつかり合いは不可欠なんです」
K本部長は、お互いが自由に思ったことを言い合う“本音の対話”を基本にし、そこでのぶつかり合いをネガティブなものとは受け止めずに議論として発展させていくことが大事だ、と続けた。
そして、前向きにぶつかり合うためには、まずこのメンバーがめざす方向性をしっかりと共有すること、それをブレない軸にして議論を積み重ね、一緒に考えて新たな答えをつくり上げていくことをこのチームでやっていきたい、と話した。
それを受けてプロセスデザイナーが次のように補足した。
「自分に与えられた枠の範囲内でできることをするという〈枠内思考〉が強いと、どうしても守りの発想になってしまいます。日常業務はそれで回るかもしれませんが、大事なのは〈枠内思考〉からは新たな価値は生まれないということです。今必要なのは、〈軸〉をしっかり共有した上で、従来の枠にとらわれずに自由に考え、お互いの意見を尊重しながらもぶつかり合い、一緒に答えを見つけていくオープンな
プロセスを体感することだと思います」
「委縮する失敗」から「バネになる失敗」へ
【リーダーの問い】なぜ、挑戦につきものの「失敗」を避けてきたのか?
⇒ 打ち手のプロセス「試行錯誤型アプローチの価値観を共有する」
日頃から思うところがあった開発部のメンバーが、K本部長に確認するように言った。
「新たな挑戦に失敗はつきものだと本当に思います。これまでは「挑戦しよう!」と呼びかけていながらも、失敗は許されない雰囲気がありました。『まずはやってみよう』『失敗から学ぶ』『動きながら修正する』といった考え方が全体に浸透するには時間がかかると思いますが、まずこのメンバーでやってみたいですね」
K本部長は頷きながら、後押しするように語った。
「正解のわからない、やってみなければ先が見えない挑戦には、必然的に、試行錯誤で手探りしながら進んでいくアプローチが求められます。試行錯誤は失敗を伴うかもしれませんが、結果としての失敗はあっても方向性は間違っていません。失敗は、次こそはという挑戦のバネになったり、新しい発見や革新的なアイデアを生む原動力になったりする。大きな方向性を軸に持って、変化や現実の不確実さと向き合いながら答えを求め続ける姿勢がこれからは大事だと思います。こういう考え方をこのプロジェクトが体現して、わが社の組織文化にしていきたいですね」
チームは、めざすものを〈軸〉として共有し、新事業開発という目的に向けた一歩を踏み出した。
「納得」からスタートするプロジェクトの新しい文化
リーダーも率先して“やってみる”姿を見せる
プロジェクトの立ち上げ時から重ねてきた対話を通じて、メンバーは徐々に“会社の命運を握る重要なプロジェクト”への関心を高め、それぞれの立場、さまざまな角度から「ベンダーからサービスプロバイダーへ」という会社がめざすものについて考えてきた。最初は言葉だけが存在していた“めざすもの”に、まず気持ちを向け、自分なりに意味を考えながら近づき、そして自分とチームが取り組むべき「新事業開発」というテーマにようやく向き合える状態になった。
遠回りに見えるが、チームのメンバーはこのようなプロセスを経て納得に至り、一緒に同じスタートラインに立つことができたのである。
技術も経験もあるメンバーは、やることが決まれば高い能力を発揮する。足りなかったのは、“やりながら答えをつくっていく”オープンで創造的な試行錯誤の経験とチームワークだった。
「試行錯誤するには仮説が必要だけど、今の段階ではサービスプロバイダーに近づくための情報すらない。まず、顧客をもっと広く深く、立体的に理解する必要がある。情報収集はそれぞれの部門がやりやすい方法でやってもらってかまわない。来月、その一次情報を持ち寄って、集めた情報が何を意味するのかを考えるオフサイトミーティングをやろう。そこで何かの初期仮説を立てられるかもしれない」
K本部長の提案を受けてチームは行動を開始した。そして、顧客アンケート、営業担当者によるヒアリング、保有する顧客データの分析など、それぞれが考える多角的なアプローチで情報収集が始まった。
並行してK本部長は、経営層においても、このプロジェクトの意義・目的・価値について議論し、当事者意識を持って共に取り組む姿勢を醸成するために、役員オフサイトミーティングの実施を決めた。
このように“まずやってみて”はふり返り、相談しながら次の手がかりを見つけて進んでいくプロセスを通じて、プロジェクトチームの一体感は増していく。K本部長のリーダーシップのもと、チームは新しい動き方を体得し、新事業開発に向けてメンバーは主体的に動き始めた。リーダーが積極的に関わり、プロジェクトの目的と動き方をブレずにつないでいくことで、チームのシナジーも高まっていったのである。