ここでは、当事者である自分が“40代の谷”をどう越えていくか、先に結論らしきものを持たずに自問自答してみて気づいたこと、それをたどって行き着いた答えを紹介したい。
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ワークもライフも「谷底」の40代
私は日頃クライアント企業の従業員サーベイを行なっている。企業の規模や業種、歴史はさまざまだが、会社に対する従業員の問題意識を年代別に分析してみると、どの組織でも似たような傾向を示すことが多い。
【20代】まだ自社の状況があまり見えておらず、肯定感が高い。あるいは不満をはっきりとは表明しない。最近は希少な労働力として大事にされているためか、サーベイ結果は良好。
【30代】自社の問題に直面する機会が増える。この会社にいるべきかという悩みが生じ、転職が視野に入る。自分の将来は考えているが、会社の問題には悲観的か無関心で、サーベイ結果は低い。
【40代】多くが管理職になり責任の重い立場になる。上層部と部下の板挟みになって悩みが増える。転職意向は薄れ、継続勤務意向は高いが不安や不満を抱えており、サーベイ結果は低い。
【50代以降】順調に昇進した人は自己肯定感が高い。管掌部門もうまく回っていると思っている。思うように昇進できなかった人は、年の近い上司や年下上司に思うところはあるものの、プレッシャーの少ない仕事の仕方や居場所を確立していく。サーベイ結果は比較的良好。
各年代の背景状況には推察も含むが、普段行なっている対話を通じた情報と照らしても、それほど外れてはいないと思う。
総合満足度を年代順に並べたグラフでみると、30~40代が底になり、両側の若年層と高齢層が高いU字の谷型になる。同様に、職場以外の、広い意味での「人生の満足度」調査や「幸福度」調査をみても、40代の数値が最も低く、若年層・高齢層が高くなる傾向が見て取れる。
「幸福度にかかわるアンケート調査」(2024年、幸福度研究会)
悩みの整理や解決策はAIが教えてくれる時代
一般的に40代には、仕事面やプライベート面で次のような悩みがあると言われる。
①キャリアの停滞と将来への不安
②中間管理職としての負担
③若手との価値観の違い
④仕事と家庭の両立
⑤健康面の変化
私自身も40代の当事者である。スキルが成熟してきたといえば聞こえはいいが、伸びしろが減ってきているかもしれない。仕事と家庭でやることに追われて時間が足りない状況だ。体力の低下も感じる。そこで、自分ごとでもある40代が抱える問題を取り上げて説明し、解決に向けたヒントを提示していこうーーというのが定石だが、安易にそうすることはやめた。
実を言うと、先に挙げた悩みの5分類は生成AIに尋ねた結果である。私自身が事前に知っていた情報や検索結果、書籍をもとに自分でも考えはしたが、試しにAIにも聞いてみたら似たような結果だったのだ。そもそも、自分で情報を探して考えたつもりでいても、私がアクセスできるような情報の多くはAIも参照しているし、AIのほうがもっと大量の情報を処理している。結果が似てくるのも当然で、世の中に流通している情報の整理ではAIにかなわないと感じた。
問題の整理だけではなく、AIは解決法も教えてくれる。前述の5つの悩みのうち、たとえば①に対しては⇒リスキリングや転職・副業、②に対しては⇒部下に任せる意識をもったり同じ立場の同僚と悩みを共有、③に対しては⇒否定せず違いを前向きにとらえるコミュニケーション、といった具合。
「40代は衰える部分はあるが、経験値があり、むしろ変えていける自由度が高い」という前向きなアドバイスまでしてくれた。
今やテクニカルな解決アイデアについては、無料のAIでも多くの示唆をもらえる時代になった。だとすれば、「AIに聞けばわかる問題整理と解決策を自分が書く必要があるだろうか」と疑問が湧いた。それと同時に、気になり始めたのが「人間がすべきことは何か」ということである。
そもそも、年代別に立場やとりまく環境は違えど、それぞれに悩みを抱えていることに変わりはない。たしかに40代には特有の環境、感じ方による悩みがあるだろう。しかし、便宜的に10歳刻みで分析するサーベイ結果がフィットしない個人もいる。また、時がたてば年代は変わり、悩みの種類も変わる。
そこで、私は「人間にしかできないこと」の観点から、どの年代にも適用できる悩みの解決法を考えてみることにした。それが「40代の谷」を越えることにもつながるはずだと思えたからである。
人間にしかできない内面のサーチ
AIが出してくれる、マジョリティにあてはまる最大公約数的な答えの中には、自分に合うものもあればそうでないものもある。多くの場合、私たちが本当に求めているのは一般解や属性別傾向でなく、自分の問題を自分で解決することだ。そのために必要なのは、自分用の「オリジナルな状況診断」と「ちょうどいい目標設定」ではないかと私は思う。
自分の腑に落ちる「オリジナルな状況診断」
自分の状況を診断して解決する方法だけならAIが教えてくれる。
・事実と解釈を分ける(自分にあてはまる事実を整理するための「チェックシート」を提示してくれたりもする)
・「なぜ」を繰り返して問題を構造化する(例:他人に問題があると思っていたが、深掘りすることで自分からアクションを起こしていないことが原因だと気づく、など)
・「変わることは怖いと理解しておく」(このようなメンタル面のアドバイスまでしてくれるのかと私は感心してしまった)
他にも方法はたくさん教えてもらえる。
しかし、実際に自分の状況やあり方を解決法にあてはめてみて、ここに取り組めば他の問題も解消するといった“根っこの原因”をつかまえるまで考え抜くことは、人間にしかできない作業だ。
物理的現象の因果関係なら、インプットする数値データさえあればAIで算出可能かもしれない。しかし、人の行動について、個々が「なぜそう感じるのか」「なぜそうするのか」といった心理面の情報はインターネット上には転がっていないし、インプット可能な数値データにしにくい。
言語化されない領域を含んだ悩みの問題構造がどうなっているかは、自分自身で腑に落ちるまで考えて明らかにするしかない。そうして生まれた仮説のほうが取り組んで検証してみる意欲も増すだろう。
心に響く「ちょうどいい目標設定」
今年の箱根駅伝。終わってみれば青山学院大学が圧勝の総合優勝だったが、10位までのシード権争いは4大学による大激戦になった。10位と11位の差はわずか7秒差であった。同様に、各国20チームほどで争われるヨーロッパのサッカーリーグ。主要リーグでは優勝争い以外にも、4位ぐらいまでに入ればヨーロッパのチャンピオンズリーグ出場権が得られる仕組みになっているため、10チーム近くが終盤までモチベーション高く試合に挑むことができる。一方、下位3チームになると下部リーグへの降格があるから、下位の5~6チームも最終節まで気の抜けない戦いが続く。
このようにスポーツの大会では、優勝争い以外にも最後まで全力を尽くす仕掛けが施されている。選手にとってはたいへんだが、それによって全体のレベルが高まるし、大会も盛り上がる。大会主催者がつくった仕掛けに選手が受動的に従っている構図だが、これを参考にすると、一般人の私たちは、自分の人生という大会の主催者かつ選手として、絶妙な目標を能動的につくればいいのではないかと思えてくる。
若い時は特にそうだが、人は自己評価が高いまま華々しい舞台にあこがれることがよくある。しかし、あこがれだけでは前進しない。内発的な向上意欲を高めるためには、今の自分のポジションを認識し、そこから手を伸ばせば届くかもしれない目標を設定することが有効ではないか。その目標は、全体の1位でなくてもいい。全体が盛り上がるための一員として、自分の場所で活躍すればいい。
この世に一人しかいない自分の心に響く目標は、検索やAIによる情報サーチでは得られない。自分の内面をサーチしながら自分が見つけ出すしかない。その目標に向かって行動し、ふり返るという試行錯誤をしていく。そして、小さな成果であっても実感でつかまえていく。これらの作業は葛藤も伴うが、本人(人間)にしかできないことなのだ。
他者がいるからできること、組織に還流できること
自分用の「オリジナルな状況判断」と「ちょうどいい目標設定」、「小さな成果の実感」は、自己内対話でやろうと思えばできる。しかし、他の人との関わりの中では、もっと多くの思いもよらないことに気づける可能性がある。自分の強みや適した仕事、職場や家庭でのコミュニケーションスタイルなどは、他者からの評価や他者との間での違和感があるからこそ、客観的にわかる面がある。
自分にとって他者の存在が必要ということは、視点を変えれば、自分が誰かの状況診断、目標設定、成果の実感に関わって役に立つこともできる、ということだ。組織はそういった相互の関係がたくさんあることで良くなるのだと思う。
ここまで、私が「40代の谷」を越えるために、自問自答から考えたことをたどってきたが、結果として「人間と人間同士にしかできないこと」と、その重要性が見えてきた。同時に、それが根っこのところで「組織を良くする」ことにもつながるとわかったことは収穫だった。
これからは、テクノロジーの力も借りつつ、人間や人間同士、自分自身にしかできないことを踏まえながら、私自身の「40代の谷」を越えていこうと思う。
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