強い役職パワーを持つでもなく、特に声が大きいわけでもない若手の彼の何が、皆に「レジェンド」と慕われる存在感をつくっているのか、私はずっと気になっていました。
企業には、ミドル層と若手層の間に“次世代リーダー層”が存在します。業種によっては年齢構成の谷間になっている30代半ばから40歳前後の年代層がこれにあたります。そして、日々発生するさまざまな問題と格闘しながら技術や経験を身につけ、仲間と助け合って仕事をする現場の中には、こうした“衆目の一致する”タイプのリーダーが見え隠れしています。
ここでは「レジェンド」と呼ばれるHさんを取り上げ、その「影響力」とリーダーの存在感について考えてみたいと思います。
INDEX
「影響力」のあるリーダーのヒントは“理屈抜きに動く”現場の中に
昭和から平成初期に至る頃まで、多くの企業はトップダウン型のパワーをきかせたマネジメントで成長してきました。今は、その時代を経験した40代後半から50代のミドル層が、自分たちの身につけてきたマネジメントスタイルの転換に苦慮しているのが実情です。特に、会社の成長に貢献してきた自負のあるミドルほど、働く社員の価値観が変わり、会社と社員の関係が変わっていく現状に対して大きなジレンマを抱えているように見えます。
それは本社部門であっても、支店、工場であっても変わりません。ただし、製造業の多くの拠点においては、設備の老朽化、ひょうたん型の年齢構成、人員削減や時間外労働の制限に伴う技術伝承の遅れ、さらにガバナンス強化による管理・報告業務の増加などと相まって、従来型のマネジメントでは若手がついてこない、辞めてしまうといった問題が深刻になっています。
ミドルマネジメントにも新たな課題や対応案件が増えていく中で、どうすれば職場の若手にも、会社と同じ方向をめざして一緒に成長してもらうことができるのでしょうか。
そんな時、上司からも現場のメンバーからも頼りになる存在として信頼を集めているのがHさんです。
化学プラントの運転・設備メンテナンスに交替勤務で携わるHさんの部署は、プラントの安定稼働を維持するという重要なミッションを持っています。設備や製造オペレーションの知識・経験や技術を要するのに加え、広い敷地内に複数ある設備の運転状況を把握し、優先順位をつけて対応することが求められる仕事です。
設備・機器が老朽化してきて対策業務が増えても、安全・安定の稼働が最重視されることに変わりはありません。職場は、交替勤務のシフトや離職者・新人、人事異動などで人の入れ替わりも多いため、情報共有や引継ぎなど、設備稼働の流れを止めない仕事のスムーズな“つなぎ”は常に重要な課題になっています。
しかし、多忙な現場には体系的に若手を育成する余裕はなく、スキルや経験不足の不安を感じながら仕事をしている若いメンバーも少なくありません。
メンバーの話を聞くところによると、同じ現場に身を置くHさんは、そんな作業者の気持ちに寄り添いながら、一方では、プラントの稼働状況や設備面、さらに工程間の流れなどを見渡して、困っているところ、スタックしそうなところがあれば助け、必要と思えば先んじて手を打つといった柔軟なサポートをしているようです。
それができるのは、Hさんの技術的な対応力と人柄もありますが、何よりもメンバーとの間に“困ったらすぐ相談できる関係”ができ上がっているからでしょう。
レジェンドの「何が」いいのか?
今回、あらためて職場で一緒に仕事をしている若いメンバーを中心に「Hさんの何がいいのか」を聞いてみました。
以下は、みんなが挙げたHさん評に共通している要素です。
【いいと思うところ】
・知識が豊富で、高い技術力と上司なみの仕事の力量がある
・視野が広く、長い時間軸で考えて発言・行動している
・質問しやすい
・経験で得たものも含め、惜しみなく深いところまで教えてくれる
・オンオフの切り替えがうまい
「先輩・後輩関係なく率先して声をかける」「教え方がうまい」「後輩のスキルを上げるために努力している」「担当エリア外まで気を配っている」「常に考えて追求している」など、それぞれに自分との関係の中で“すごい”と思うところ、心に残るところを挙げてくれました。
単に“仕事がデキる人”というだけでは深い信頼は生まれにくいもの。
絶対的な仕事の技量への信頼に加え、人としての信頼、あり方への共感といった目に見えない部分が重なり合って、Hさんの存在はメンバーの内面に自然に浸透しています。
たとえば、仕事の仕方や姿勢に疑問があれば、若手や同僚だけでなく、上司にも粘り強く意見して見直しを働きかけていく。大事なことは「それが何のためなのか」をずっと言い続ける。
どんな状況になっても、Hさんの考え方や行動はブレることがないと、いつも接している若いメンバーは口にします。
そんな一貫した姿勢は、職場だけではなく他部署からの信頼にもつながっているように見えます。
【信頼できるあり方】
・同じ目線、フラットな関係で話をする
・相手に合わせた手助けをする
・学ぶ努力を続け、得たものを人に役立てようとする
・プロとして妥協しない仕事、あくなき探求心がある
・自ら発言し、率先して周りに働きかける
・判断や言動に筋が通っていてブレない
人となりは、情熱的だが押しつけがましさはなく自然体。気分に波がなく、いつも柔らかい口調で話をする。デキるけれど驕るところがない、そんなところが人を惹きつけるのでしょう。現場の若いメンバーもHさんを怖いと感じたことはないと言います。
プロ意識が高いがゆえに滲み出るものはありますが、共感できる相手が持つ厳しさには、周りも感化されていきます。
Hさんの仕事人としてのあり方や考え方は、特に後輩や若手の仕事に対する取り組み姿勢にも影響を及ぼしているのがわかります。
「一緒に仕事をしていてモチベーションが上がる」存在なのです。
※後編では、「レジェンド」の背骨にあるプロ意識と共感度の高いリーダーシップを取り上げていきます。
(後編につづく)