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後編では、「レジェンド」と呼ばれるHさんの背骨になっている仕事観と、そのあり方への信頼がどう周囲に伝わり、波及していくのか。共感を呼ぶリーダーの影響力に注目してみたいと思います。

レジェンドが体現する「プロ意識」

プロフェッショナルの定義の一つに「人を育てられる人」というのがあります。
Hさんの存在感のベースにある一番大きな要素は「プロフェッショナル」としての姿勢、あり方ではないかと思います。

何をするにも手を抜かずベストな方法を追求する。上司が相手でも必要と思えば意見する。意欲ある人には徹底して惜しみなく教える。先輩・後輩の区別なく、裏表なく人と接する。「チームで仕事をしたい」と考えている若い世代の価値観にフィットする共感度の高いロールモデルです。

Hさんは自身の仕事の姿勢について、こう語っています。
「会社からお金をもらっている以上は、スポーツ選手などと同じプロフェッショナルであるべき、という気持ちです。今いる場所でやれるかぎりのベストを尽くすことを日々考えて行動しています」

何が、この考えの大元にあるのでしょうか。

「学生時代の部活の先輩で、プロスポーツ選手になった人がいます。その人は中学時代ですらプロフェッショナルな考え方をしていた。たとえば、自分が練習試合で強引にゴールを決めても褒めてくれない。もっといい選択肢、判断があったはずだと。たとえ試合に勝ったとしても内容、過程が悪ければ、逆に怒られた。先輩は、目の前の練習試合の結果だけではなく、もっと先のことを常に考えて判断している人でした」

そんな先輩のあり方を見ているうちに、自分も同じように考えるようになったと言います。

その経験が、今の部署に流れている「今日を無事に過ごせれば」といった空気をどうにかしたいと思うことにつながっているかもしれない、とHさんはふり返ります。

説明上手なだけではなく、背中も嘘をつかない人

仕事においてはプロでありたいと考えていたHさんは、新人の頃から貪欲に先輩に学んで知識を蓄え、技術力をつけてきました。そこでは人に教わるために“自分から聞く”ことを自身に課していたのでしょう。「若い頃から質問することには抵抗がなかった」とHさんは言います。
同時に、先輩からリアルで教えてもらえる経験、自ら人と関わって学ぶことの大切さも実感してきました。

マニュアルやデータなどが今ほどには整備されておらず、教わった先輩たちの考え方、仕事の手順や技術にも個人差がある中で、Hさんは「そもそも何のためにこの仕事があるのか」と目的を考え、仕事の全体を見渡し、業務に精通するために設備まわりの幅広いノウハウを身につけていきました。
そうやって仕事の基本を自分なりに整え、さらに最善、最適な仕事の仕方を追求して自力で確立していったのです。

現場において知識・経験(暗黙知)、技術力は仕事の要となる要素です。
Hさんは、それを自分だけにとどめず、成長したい後輩、同僚、年上のベテランにも惜しみなく教えてオープンにしてきました。チームで仕事をする製造現場においては、一人ひとりの技術力が高まることが、仕事全体の質的向上につながるからです。
自身の努力によって得たノウハウ、その真髄までを職場に伝えられるのは、メンバーが普段からプロとしてブレないHさんの姿を見て、学ぶ姿勢を持っているからでしょう。言行一致が感じられるリーダーの言葉だからこそ、人に響くものになり、周囲に対する深い影響力になっていきます。

自分には厳しいHさんですが、周りには決して「プロであれ」と声高に言うわけではありません。それでも20代のメンバーの何人かは、言葉こそ違うものの、かつてHさんが先輩の言葉に感じたのと同じような気づきを口にします。

「自分がまだ中途半端だった頃、Hさんに言われた。ちょける(ふざける)のはええけど、仕事ができてからやろ。仕事しに来てるんやから」と。そう言われた時、反発を感じるよりも「その通りだと思った」と言います。

なぜそう思ったのかを聞いてみると、「Hさんは本当に仕事ができる、プロだ。しかも、とても深く広く考えて発言している。そして、今だけでなく先はどうかという目で見て問題意識を持っている」と。
そもそも人としての信頼が大きいのです。だからこそ、言われた側も自分に目を向け、自分自身のあり方を見直すようになるのだと話してくれた人もいました。

どんな仕事であっても、「基礎知識・スキル(=やり方)」だけではなく「何のためにそれをするのか(=目的と全体感)」があってこそ、応用や改善が進んで、やり方も生きたものになっていきます。めざす状態や全体が見えないまま、決められた作業をこなすだけの仕事を続けていると、部分最適になるばかりでなく、成長不安を感じて去っていく人を増やしかねません。

「仕事ってこんなもの」を「こんなもんじゃない」にしていく
現場のエネルギー

今では彼の代名詞になっている「レジェンド」という呼称について、当のご本人はどう感じているのでしょうか。
「実力という意味では、過去にもすごい方がいたと思います。自分は、今だけではなくもっと未来のことを考えて、この部署が今より少しでも良い方向に行くよう『実力、発言、教育』を大事にしている。そこがレジェンドと評価していただいている部分なのでは、と思います」

会社や部署がこれからも持続していくために、自分が学んだものがメンバーや部署の蓄えになれば、と考えるHさんです。

まだ若い次の世代のメンバーは、自分たちが少なからずHさんに頼り切っている現状を十分自覚しています。オペレーションの質やトラブル対応、効率の面で、そして教育の面で、いつも自分たちを導き、いろいろな気づきを与えてくれるHさんが「いなくなったら心配」だというのは本音でしょう。

しかし一方で、「いなくなると現場にも弱い部分が出てきてしまうと思う。でも、そこに関して『自分がやらなければ』という意識を課員一人ひとりが持てれば」と自分たちのあり方を見直し、「この世代から変えていこう」と前向きに発言する人、行動を変える人も出てきています。
Hさんにならい、その思いを汲んで、次を託せるメンバーが芽を出し始めているのです。

仕事のしかたや姿勢には、職長を含めた職場のメンバー間でバラつきはあるものの、その影響はじわじわと縦横に広がっています。課長・係長レベルでは「もっと価値を生み出す仕事、職場をめざそう」という気運が高まり、階層を越えた議論が始まろうとしています。

指示やパワーがなくても人が動く「深い影響力」

Hさんのあり方や行動は、次の世代に納得感をもって支持され、好影響を与えています。その人が在籍する期間に限定される一過性の影響力とは違い、同じように考え行動しようとする仕事の文化のDNAが組織に刻まれる、そんな再生産につながる深い影響力です。

手取り足取り部下を指導する、ついて来いと背中を見せる、剛腕を利かせる、ロジカルに指示を渡す、対話を大事にする…、職場のリーダーにはいろんなタイプがあります。
Hさんを見ていて思うのは、リーダーというのは立場ではなく、その人のあり方、メンバーとの関係性の中から自然に生まれる「影響力」がつくり出すものではないか、ということです。

信頼される仕事に加え、共に成長しよう、一緒に組織を良くしよう、こんな組織を自分たちでつくっていこうという方向性を共有したフラットな関係をつくり、人としてのあり方で共感を得ながら、変化・成長の気運を高めていく。そんな軸のしっかりした柔らかいリーダーシップを発揮する人物は、じつは多くの組織に潜在していて、実態上の影響力で職場をリードしているかもしれません。

これからの世代にフィットする新しいリーダー像は、現場の中に潜んでいます。それを発見できる新しいモノサシを持つことは、組織にとって、マネジメントを見直し、変化に強い柔軟な組織をつくることにもつながるのではないかと感じています。