私は、日本企業の抱えるムラ社会的な組織文化の欠点は克服しつつも、メンバーシップ型の特徴である「コミュニティ性」という長所は失わないほうが良いと考えています。そして今こそが、多様な個性が協働し、創造し挑戦する、日本ならではの新しい「メンバーシップ2.0型組織」を試行する絶好のチャンスではないかと思っています。
INDEX
ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の違い
「ジョブ型雇用」とは、先に職務内容の体系を設計し、そこにふさわしい人を雇い入れ、当てはめていくという雇用スタイルです。契約社会の欧米ではジョブ型雇用が主流です。
それに対して、日本の雇用は「メンバーシップ型雇用」と呼ばれます。まず人を企業という「コミュニティ(=共同体)」のメンバーとして雇い入れ、仕事の内容は後から柔軟に割り当てていくというスタイルです。
欧米の「ジョブ型」では、基本的に職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)に明記された仕事以外はしません。社員は専門性を追求し、良い待遇の会社があれば、どんどん移っていきます。組織にコミュニティとしての性格はなく、機能集団的です。
日本の「メンバーシップ型雇用」では、新卒一括採用に代表されるように、スキルを持たない人でも採用し、さまざまな仕事をさせて経験を積ませます。会社都合の人事異動などもメンバーシップ型雇用ならではの現象でしょう。組織はコミュニティとしての性格を濃厚に持っています。
このような雇用スタイルの選択は、単に採用の問題ではなく、組織のあり方に大きな影響を及ぼします。以下では「ジョブ型雇用」「メンバーシップ型雇用」にもとづく組織のあり方を、それぞれ「ジョブ型組織」「メンバーシップ型組織」と呼ぶことにします。
日本的メンバーシップ型組織の限界が見えてきた
なぜ今、ジョブ型組織が注目されているのでしょうか。
それは、新型コロナの流行に端を発するリモートワークの普及などで「日本的メンバーシップ型組織」の限界が明らかになったからです。その限界とは、空気を読み、あうんの呼吸で仕事をするような曖昧なコミュニケーションを基盤とした日本特有の企業文化です。
これまで日本企業のコミュニケーションは「言わなくてもわかる」ということを前提に置いてきました。同質性の高いコミュニティが持つのは、物事をはっきり表現せず、曖昧な雰囲気や空気を読むことを大切にするハイコンテクストな文化です。また、全員賛成のためのプロセスづくりを大切にする合意主義、序列を重視する階層主義などもわかりやすい文化的特徴です。
しかし、リモートワークの環境下では、この企業文化がむしろ足かせになっています。モニターを通じたコミュニケーションでは空気が読みにくく、曖昧な表現のニュアンスは伝わりません。大切にしてきた序列意識はWebのフラットな世界観とは相容れません。さらに、これまで組織のコミュニティ感覚や仲間意識を下支えしてきた職場での「ちょっとした雑談」や相談の機会も激減しています。上司は、その場にいない部下の勤務態度や仕事を把握し、マネジメントするという初めての経験に困惑しています。
じつは、日本企業の「メンバーシップ型組織」が持つ環境変化への不適合の問題は以前から潜在的にあったのですが、最近の急速なリモートワーク体制への移行によって一気に明るみに出たのです。
それでも「ジョブ型組織」が日本でうまくいきそうにない理由
とはいえ、日本で「ジョブ型組織」を実現することは、かなりハードルが高いと言えるでしょう。「ジョブ型組織」は多民族が暮らす契約社会である欧米の歴史と文化に根ざしています。社会全体のシステムが「ジョブ型組織」を支えているのです。「ジョブ型組織」を本当に日本で実現しようとしたら、一企業の取り組みをはるかに超えて、私たちの社会システム全体を大きく変えていかなければなりません。
たとえば、必要な人材を随時採用できるような柔軟で巨大な労働市場の形成(その前提としての雇用の流動化)。若年のうちから選択的に専門性をトレーニングするような学校制度。すべての責任範囲を契約として明記するような契約文化の醸成、等々です。
ただちにこのような「社会の欧米化」へと変革を進めることは現実的ではないことに加え、何よりも、日本の良さや伝統を生かせなくなるリスクがあります。
これまで日本企業では、イノベーションは現場チーム発で生まれることが多かったのですが、「契約書に書かれた仕事しかしない」というジョブ型の硬直的な仕事スタイルを取り入れることによって、日本企業の創造性のポテンシャルが低下する可能性があります。さらに最近は、Googleなどの欧米先進企業でもコミュニティやチームワークなどのメンバーシップ的な価値観を重視する方向に進化しています。
そういう最新の潮流を踏まえると、日本がこれから遅ればせながら「ジョブ型」の社会をつくろうとするのは、いささか時代錯誤の感が否めません。
日本の活路は「メンバーシップ型組織」の“進化”にある
私は、「ジョブ型」の良いところは柔軟に取り入れながらも、基本としては「メンバーシップ型組織」を進化させていくことが最良ではないかと考えています。この進化形のメンバーシップ型組織を「メンバーシップ2.0型組織」と呼ぶことにします。
「メンバーシップ2.0型組織」は、「ジョブ型組織」のようにコミュニティ(=共同体)の要素を排除せず、むしろビジネスにおいて積極的にイノベーションや社会的価値の創造のためにコミュニティの力を活用していこうというモデルです。ただし、これからのビジネス組織におけるコミュニティは、従来の「メンバーシップ型組織(以下、メンバーシップ1.0型組織と呼ぶ)」のように、前近代的なコミュニティ(=ムラ社会的)ではなく、個性や多様性が尊重される21世紀にふさわしいコミュニティであることが必要です。(図参照)
「メンバーシップ1.0型組織」は、コミュニティとしての性格が強いものの同質性が高く、同調圧力が強い、閉鎖的で保守的というマイナス面の特徴を持っています。傾向としてメンバーの自立度は低く、組織に依存しています。愛社精神は高いのですが、プロ意識は低めです。一方、「ジョブ型組織」では、個人の自立心は高く、プロ意識も高いもののコミュニティとしての性格は弱く、個人主義で機能集団的です。
「メンバーシップ2.0型組織」は、「ジョブ型組織」と同様に個人の自立度が高く、専門性も高いのですが、仲間とともに追いかける夢の実現のために、個性や専門性をチームワークの中で生かします。メンバーは個人主義ではなく、組織の中でコミュニティを形成し、それをビジネスの創造力に昇華していきます。コミュニティはオープンで、個性や多様性が尊重される自由な雰囲気を持っています。
「メンバーシップ2.0型組織」への進化のポイント
「メンバーシップ2.0型組織」に進化するためには、次のようなポイントにおいて組織と人の成長・進化が必要です。
〔メンバーシップ2.0型組織への進化のポイント〕
まず重要なことは、一人ひとりのメンバーが、自分の“ありのままの個性”を思う存分に発揮するような働き方、生き方にシフトすることです。「メンバーシップ1.0型組織」の強い同調圧力の中では“仮面”を付け、自分らしさを隠して働いている人も多いと思いますが、“自分らしさ”の解放が可能になれば「メンバーシップ2.0型組織」への扉が開けます。
組織進化の観点からは、重厚な階層主義や序列意識を弱め、ミニマムな階層構造、オープンでフラットな関係性へとシフトしていくことが必要です。そして、“自分らしさ”を解放することで出現する“多様な個性”を互いに生かし合うこと、また個性の違い(ダイバーシティ)を新しい価値創造のための源泉として活用することが大切です。その一方で、これまでの同質性が高い組織文化を前提に、空気を読むなど察することを大事にするコミュニケーションスタイル(ハイコンテクスト)が持つ曖昧さを弱め、明確に言語で表現していくスタイル(ローコンテクスト)に近づけていく努力も必要でしょう。
日本の強みを生かして、新時代の組織をつくる
私はwithコロナ時代の組織の新常態として「メンバーシップ2.0型組織」が大きな可能性を持っていると考えています。
「メンバーシップ2.0型組織」は日本の歴史や文化と相性が良い組織モデルです。日本人がこれまで培ってきた「つながり」を大切にする心、他者への共感力など、コミュニティを育み、生かしていく力は「メンバーシップ2.0型組織」のオープンなコミュニティをつくるための武器となります。
もちろん、実際には組織のあり方は多様です。コロナショックの中で多くの会社が自社なりの組織のかたちを模索しています。その一つとして、日本人の強みが生き、日本企業の優位性の構築につながる「メンバーシップ2.0型組織」を、新時代の組織モデルの参考にしていただけると幸いです。
テレワークによる個々のワークプレースの分散化と業務のオンライン化によって、出社勤務を前提とした仕事の仕方や時間の使い方の中にあったムダなものがそぎ落とされています。それと同時に、みんなが集まって一緒に仕事をするワンストップのオフィスワークが持っていた利便性の消失にも気づくことになりました。
なかでも、業務や方針などの背景情報や実態がリアルに伝わるようなたまり場での世間話、個人が必要に応じてやっていたミニマムなやりとり、思いつきやアイデアを誘う偶発的な会話など、業務の遂行やチームとしての行動を陰で支えていた「雑談」というコミュニケーションの機能、組織にとっての価値が浮き彫りになってきているように思います。