良い会社だから問題はないのかといえば、そんなことはあり得ません。
どんな良い組織でも、必ず問題があるのが組織です。その隠れがちな問題を見逃さず、解決していくサイクルが自律的に回っていれば組織は進化していく、ということです。

もちろん、組織の進化とともに問題の質は変わっていきます。
たとえば、昭和のパワハラは、時には暴力を伴うようなものでした。
しかし、組織が進化していくと“大声で怒鳴りつける”といったことはなくなります。以前はそれほど問題にはならなかった「精神的に圧力をかける」という行為、目立ちにくいけれど問題の本質にふれる事象に焦点が当たってくるのです。

つまり、社会が成熟するにつれ、組織と人間の進化に伴って、問題として取り上げられる事柄の中身は変わっていきますが、問題がなくなるわけではないのです。

そうした社会の進化に伴う意味や価値の変容に対して、「現状に疑問を持つ」「問題を感じ取る」「問題だと気づく」力を磨くことが肝心なのですが、その点において、日本人はまだまだ自分の置かれている状況やそこに宿る問題をそのまま受け入れがちなのが現実です。

もしも私が奴隷であり、その束縛から逃れる可能性がまったくない状態に置かれているなら、問題を感じないことが幸せかもしれません。
しかし、現在の私たちは、少し条件さえ整えることができれば現状を変えていくことが可能な環境の中にいます。そういう環境に置かれているなら、“今の状態に問題を見出す”ことが進化のためには欠かせないことなのです。

たとえば、日本は住みやすい国です。安全だし食事も安くておいしいものがたくさんある。ただ、過労死という日本語が国際語になっている現実も同時にあることを忘れるわけにはいきません。
たしかに暮らしやすい国だけど、隠れたところに問題がありそうなのが日本という国です。

日本人は本当にいきいきと人間らしく生きているのだろうか。自分の意志で物事を判断し、自分の足でしっかり立って、自分なりの生き方、人間らしい人生を生きている人がどれくらいいるのだろうか。
日本人はたしかにまじめに一生懸命働いてはいるけど、本当に人生を楽しんでいるのだろうか、幸せなのだろうか。

日本の組織に対する私の問題意識はこうした問いから出発しています。

スコラ式のルーツにある視点と組織風土改革の焦点

このような本質的な「問い直し」の姿勢が、目に見えにくい問題に気づかせてくれる姿勢なのです。

適応して当たり前になっている環境の問題には気づきにくい

日本のサラリーマンは、特に大企業になればなるほど、会社に自分を預けて、その見返りに会社の扶養家族になっています。別の言い方をすれば、終身雇用と年功序列、滅私奉公の世界です。平社員から社長まで会社の一員になれば、生きる目的など特に持たなくても会社がその人の時間をしっかりと埋めてくれる、という現実が待っています。

(1)「余計なことを考えないほうが平穏に過ごせる」環境

いちばん深刻なのは、「日本の会社」というその環境が、社員個々にとって“物事に関心を持ったり深く考えたりしないほうが平穏に落ち着いて働ける”という状況を生み出していることです。
上からの指示というかたちでの制約条件が与えられ、その中で「どうやるか」さえ考えていればほとんどの仕事はさばける、という環境が用意されているのです。

この「どうやるか」という限られた思考スタイルをずっと続けていると、いつの間にか、与えられた仕事を機械的にさばく自分が当たり前になり、必要以上に適応的な組織人格が形成されていきます。結果として、仕事に意味を見つけ、優先順位をつけるという能力が希薄になり、長時間労働と労働生産性の低下を招いていくのです。
過労死などの現象もこうした背景があって生まれてきています。

(2)人間関係に浸透した強固な序列意識

日本の組織風土に影響をもたらしているのは、こうした日本人独特の「どうやるか」という思考スタイルの問題だけではありません。さらに重要なのは、日本人がその人間関係に持ち込んでいる「序列意識」がもたらすさまざまな影響です。

私たち日本人には、先輩後輩という言葉にも表れているように、欧米諸国の人間関係には見られない序列意識が当たり前のように根づいています。

日本の上司部下の関係というのは、欧米でのそれとはまったく違います。欧米でのそれは単なる契約関係ですが、日本では「お仕えする」といった言葉に表されているように、組織における上下関係は強い序列意識の下にあります。
たとえば、社長から何らかの指示がありそれを実行する必要がある時、その指示内容が理解されないまま、確かめることもままならずに事が進んでしまう、などという仕事の進め方が珍しくないのが日本です。
欧米なら当たり前の「聞き返す」という行為、そんな当たり前の簡単なことさえ実行するのが難しいという現実が日本にはあるのです。

人間性を引き出し、それを活用するための改革

最近では、そうした実態が目に見えにくい組織体質の問題として意識され始めています。組織体質が組織の生産性や意欲、エンゲージメントの問題に大きな影響を与えている、という認識が急速に世の中に広がってきています。

長年にわたり、狭い国土の中で多くの人間が比較的安定した状態で暮らしてきた日本社会では、諸外国に比べて社会的な規範の縛りが根深く絡んでいます。同調圧力の中で生きることを余儀なくされている日本人は、生真面目さと同時に、一種の諦観に陥っているとも言い得ます。圧倒的な力関係の差を感じさせる組織の中では、ムダな抵抗はやめて、言われたことをきちんとやっているほうが仕事に集中でき、平穏な生活を送れることを多くの日本人は身をもって悟っているのです。

こうした日本人的な特性は、足並みを揃えて動くことで優位性を持ち得た大規模生産大量消費の時代にはうまく適合しました。日本社会の集団特性が成長の力になったのです。
しかし、今の時代は言われたことをまじめに、あきらめ感を持ちながら実行しているだけでは、競争に勝てない現実が露呈してきています。
そもそもAI全盛の時代になっていくと、そうした主体性のない存在は簡単にロボットに置き換わってしまうのです。

以前の日本では、個人は人間性を捨ててロボットもしくは機械の部品のように生きることでもその存在意義が認められたのです。しかし、これからは人間が持つ特性、人間らしさを発揮すること、つまり自分なりの目的を持ち、自分が判断して行動するといった人間らしい生き方の中身があってはじめて個人はその存在価値を主張し得る社会になっていきます。

これからの時代は、人間が人間らしく生きる能力を組織の中で互いに引き出し合い、それを組織の中で生かしきることが可能な時代です。そのためには、まず個人の自発性をなんとしてでも喚起し、主体性を高めることが必要です。そういう意味では、組織風土改革とは「人間性を引き出し、それを活用し得る環境を整備するための改革」であるとも言い得ます。
そうしたことを可能にする組織という環境をつくるのが目的なのです。

自発的な社員が当事者として経営と連携するプロセスをつくる

ただし、個々の自発性を引き出すこと、言い換えればゲリラ的な動きだけで組織の持つ力が十分に発揮されるわけではありません。組織が持つ力はあくまで“組織的、整合的に動く”ことで発揮される面がある、という事実を忘れてはなりません。

そういう意味で、組織風土改革に求められているものは、一方で個人の自発性の喚起なのですが、他方では、自発的な個人によってもたらされる多様な情報を有効に活用し、組織の目的や課題を整合的に実行する組織力が必要です。
この二つの条件を上手に組み合わせることで、組織は真に大きな力を発揮します。

具体的な例で見てみましょう。

人事制度の改革は多くの企業で喫緊の課題となっています。この人事制度を変えるには、経営が意志と目的を明確に持つことが前提です。
しかし、経営が制度改革を計画的に主導しようとすると、精緻な制度を仮につくり上げるところまではできるのですが、それを現場に落とし運用するプロセスとなると、人は思いどおりに動いてはくれません。
制度を効果的に運用するのは簡単ではないのです。

というのも、仮に新しい人事制度の説明会なるものを開催しても、すでに細部に至るまで精緻につくられた人事制度を前提とする説明だと、聞いている社員は言わずもがなで受け身になり、思考停止状態に陥ります。結果として質問などほぼ出てくることはありません。ましてや、前提そのものを問い直すことになるような積極的な意見が出てくることはまずあり得ません。

ではどうするのか。大切なことは、経営がしっかりとした目的のもとに人事制度を変えるという意志を持つと同時に、社員に対しては、「新しい人事制度はそもそも必要なのだろうか」という“前提そのものを問い直すことを容認する議論”を仕掛ける、そういう度量を持つことが必要なのです。
社員の主体的な意志や意欲を引き出すには、まず自分事として考えられるように、前提そのものの「問い直し」から議論を始めることが不可欠なのです。

人事制度を変えることを前提とした説明会を何回開催しても、意見らしい意見が出てくることはまずないでしょう。それに対して、「そもそもこういう人事制度は必要なのだろうか」という問いかけには議論が噴出します。そこで出てきた意見を目的に照らしてうまく取り入れながら修正を加えた人事制度は、人に馴染み、使われる人事制度になるのです。

組織風土改革は社員の自発性を引き出すことが必須の条件です。しかし、そうした動きをゲリラ的な動きにとどめたままで、会社が進化していくようになるかといえば、そうではないのです。
前提となるのは、経営がしっかりとした意志と目的を持って、経営でなければなし得ない意思決定と実行を推進していくことです。
こうしたプロセスをオープンに動かすことと、社員の自発性を引き出すこととを両立させること。それができて初めて組織風土改革は進んでいくのです。