私はグローバル製造業をお手伝いする機会が多いのですが、そこでよく耳にするのが、「策定した未来課題が実行されにくく、形だけの中計になっている」という声です。
なぜ、多くの中計が形骸化してしまうのでしょうか。

ここでは、現行の中計の策定プロセスを眺めながら、「どうすれば、社員の共感と納得が生まれるのか」「どうすれば、社員の主体的なチャレンジを引き出すツールとして中計を活用できるのか」を考えてみたいと思います。
あわせて、エヌ・ティ・ティ・ワールドエンジニアリングマリン社で戦略・中計を担当する黒澤崇さんの取り組み、「共感される中計策定のプロセスづくり」についてもご紹介します。

挑戦的であるほど現場から遠ざかる中計 ~「自分ごと」にするプロセスを加える

「月をめざすウサギ」というタイのことわざがあります。
ぴょーんと跳ねても現実的にはとうてい届かない、無謀な挑戦をしようとするという意味です。
中計の大目標にもそんなところがあって、未曾有の状況の中で新しい価値をつくり出すために、今までにないチャレンジングな目標が掲げられたものの、あまりに現実離れしていて挑戦意欲が湧いてこない、という感じでしょうか。

ただでさえ、抽象度の高い挑戦的な目標になるほど、現実との乖離は大きくなります。
それをいきなり言われても、社員からみると「何でもかんでもDXか」「具体的には何をすることなの?」「実態がわかってないんじゃないか」といった絵空事にも映りかねません。
そこに何らかのプロセスを加えないと、今の仕事とのつながりが描けない、現実と重ならない、などの理由で社員の共感を得られないという問題が生じます。
結果として、本気で取り組む内容ではないと受け取られ、「中計は中計、仕事は仕事」と別ものになってしまうのです。

逆に、数値計画として厳密さを重視してしまうと、目標の中身は現実的な数字の積み上げになり、本来の目標に到達しないというジレンマが生まれます。
あるいは、先が読めないために「どんぶり勘定」で期待値を積んでしまい、無理な数値目標になってしまうケースもあります。現場にしてみれば「まさか、それは無理でしょ」と本気にはしません。

社員が自分の仕事として大きな目標にチャレンジしようと思うには、そのテーマが難しくても「やる意味がある」「これができたらすごい!」と思えるかどうか、がポイントになります。
自分の仕事と中計のテーマがつながり、イメージが描けるような状態をつくることが大事なのです。
それは同時に、自分たちの創りたい未来と、会社としての「めざす姿・目標」が重なり、「仕事と中計は別もの」ではなくなることを意味します。

そうなるためには策定段階で、中計のめざす姿、高い目標の背景や意味について一人ひとりが思いを巡らせて考え、対話を通じて自分たちの意志にしていく「共有と当事者化」のプロセスが必要なのです。

図表:「共感中計」のプロセス

策定プロセスの中にある「共感」を左右するポイント

中計を策定する上で“あるある”な落とし穴を回避するポイントが2つあります。

①分析的な「正しさ」よりも「腹落ち」を重視社会や市場の状況を俯瞰し、将来予測やデータ分析に膨大な時間をかけて自社の進むべき方向を決定するというのは、教科書的には正しいやり方です。
しかし、人は論理的な「正しさ」だけでは納得しないし、気持ちも動きません。
そこには、価値を感じて「腹落ちするかどうか」という視点が必要です。

腹落ちするために大事なのは、自分たちの“何が”世界や社会にとっての価値を生むのか、自信や誇りを持って思いを注ぐことができる「強み」が明らかになり、それが「めざす姿」に込められていることです。
「それはうちが最も得意なことだ」「自分たちがやるべきことだ」と腹の底から感じるものがシンパシー(共感・親和感)をつれてくるのです。
策定段階では、この肝になる「価値」「自社が最も伸ばすべき強み」について経営メンバーが真剣に考え抜くことが、社員とベクトルを合わせて高い目標に挑戦できるかどうかの分かれ目だと感じます。

②当事者としての経営メンバーの関わり方
策定段階で、経営メンバーはどういう関わり方をしているでしょうか。
よくあるのは、経営企画主導で設けたディスカッションの場で、たたき台をベースに意見を出し、それを企画が取りまとめて全体のプランをつくる、というパターン。
もう一つは、手間はかかりますが、徹底的に経営・マネジメント層が当事者として考え抜き、議論を重ねるというパターンです。

後者の場合、なぜ忙しい経営・マネジメント層がわざわざそこに時間をかける必要があるのかというと、個々の意思を乗せて議論することが本気で取り組もうというマインドセットになっていくからです。
社員にとって、上司が本気で取り組みたい、取り組もうと思っている意志や姿勢が伝わることは、実行に向けての必要条件になります。
まずトップが考え、話し合うことは、中計に魂を入れるために手抜きしてはいけない大事なポイントなのです。

図表:新しい中計策定のプロセス

「共感中計」の策定プロセスについて聞く

エヌ・ティ・ティ・ワールドエンジニアリングマリン株式会社
企画総務部 経営企画担当課長 黒澤崇さん
経営と一緒に実行する中計をつくる ~推進当事者の思いと発見

当社では、2020年11月~2021年3月にかけて、オンラインミーティングで経営戦略の策定を行なってきました。
私が一番狙っていたのは、経営チームメンバーが「こうしたい!」と真に思える経営戦略をつくること、そして、つくった戦略を全社が一丸となって「やるぞ!」というモードをつくることです。

当社は、海底通信ケーブルの事業なので、業績の波が大きい側面があります。
また専門性も高く、事業領域もある程度、限定されています。
業界の好不況を正面から受けやすい事業体なのです。
そのためベテランメンバーは、これまで事業を継続するために、船で培った技術・技能を活かした関連事業を興したり、他事業体に支援に行ったりと、多くの苦労をしてきました。

昨年、あらためて経営戦略をつくるとき、そういう蓄積してきた思いも受けとめ、包み込みながら、未来に向けて発展していくために「自分たちが、本当にこうしたいんだ!」とメンバーに語りかけられる戦略をつくりたい、と考えました。
また、船の世界は、危険と隣り合わせであり、指示命令系統が厳格なことが求められます。
こうした業務上の特性からも、組織は縦割り傾向が強く、情報共有や連携が起こりにくい面があるように感じていました。

そこで、中計策定プロセスの立ち上がりでは、まず経営層のメンバーが一枚岩になるための時間をじっくり取ろうと考えました。
経営メンバー同士が腹を割って、なるべく本音で話し合う、そのための関係づくりからスタートしました。経営層からは「お互いのことはすでに知っている、そんな関係づくりは必要ない」という声、コロナ下でのオンライン開催だったため、「オンラインで、そこまで本音を話せるのか?」という不安の声も聞かれました。

しかし、やってみると、「知っていると思っていたが、意外に知らないことが多かった」「普段の会話も増えて、気軽に相談できるようになった」という声が出てきて、ホッとしました。
実際、場を重ねる中で、言いにくいことを話すことが増えていきましたし、互いのキャラクターへの理解も深まっていったように思います。
また、職場でオフサイトミーティングや対話の取組みが自主的に始まったところもあり、経営層の議論の場以外でも、想定していなかった嬉しい効果が現れています。

また、ある部門の戦略共有の対話会では、経営メンバーが、策定のプロセスと思いを語っていました。
その中で、自部門の目標だけでなく、他部門の目標を自分がチャレンジするかのように部下に語っている姿を見たときに、経営チームが思いや考えをぶつけ合ってきたからこそ、できたことだと感じました。
当初の狙いに近づくことができているような気がして、嬉しさと手応えを感じた瞬間です。

(全文はこちら)経営と一緒に実行する中計をつくる~推進当時者の思いと発見
[動画]未来の旗印をつくる、経営戦略策定
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