先日、支援先の管理職研修で「向上心がない部下をどうモチベートしたらいいかわからない」と真剣に悩んでいる課長の声を聞きました。
その会社は就職の人気企業でもあったため、「うちの会社の社員は向上心がある」という前提の上に、これまでのマネジメントは進められてきたようでした。多くの管理職もそんな気風で育ってきたので、「もともと向上心がない」らしい社員が目の前に現れた時に、今までの経験がまったく通用しなくなったのです。
これは一つの例ですが、これまでの「前提」で部下に対応していたら、うまくいかないケースが増えています。
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1on1ミーティングを成功させるコツ
企業側でも、若手の育成が思うように進まない、うまく成長支援ができていない状況が問題視されるようになり、昨年あたりから、シリコンバレーで生まれた1on1ミーティングを導入するところが増えてきました。
1on1ミーティングとは、上司が部下の成長をサポートするための、短い時間(30分など)、短いサイクル(1週間~1カ月に1回)で行なう1対1の個別ミーティングです。このミーティングの肝は、面談するマネジャーが自分の価値観や仕事の前提を押しつけず、部下の立場に立って、部下の成長意欲を引き出すような話し合いができるかどうかです。
そのためには、これまでのように“不足”の部分を努力目標にした「指導・アドバイス」のスタンスではなく、伸ばしたい点を一緒に探って認めていく「サポート」のスタンスで関わることが求められます。そして、このスタンスに変えるためには、まず部下とコミュニケーションする際の「着眼点」を根本的に変える必要があるのです。
面談の成否は話術ではなく、着眼点の違い
部下とのコミュニケーションがうまくいっていない人は、部下の「足りない」ところに着眼します。なかでも顕著なのは「部下の足りないところを見つけ、指導するのが上司の役割」というスタンスしか持っていない人です。しかし、向上心のない部下は、上司から足りないところを指摘され、そこを努力して改善しろと言われても、そもそも欠点を解消しようという動機づけがないので、行動の変化は起きません。
では、うまく1on1ミーティングなどを活用し、部下のモチベーションを高めるためにはどうすればいいのでしょうか。あるマネジャーに話を聞いてみました。
そのマネジャーは、部下の中に「有る」ものに着眼したそうです。部下の心の中に有るもの、頭の中に有るもの、そこに有るものが素直に出てきやすいような面談の初期設定と問いかけをしたそうです。
面談の初期設定では、この面談の目的が部下自身の成長にあること、何を言ってもいいこと、意見や要望に関しては上司の自分がやるべきだと判断したものには応えるが、基本的に解決策は「一緒に考える」スタンスであること、を伝えてから始めるそうです。面談にとってはこの初期設定がとても大事になってきます。また、面談の冒頭では、日頃の部下の行動などを褒める言葉から入るとよりよいようです。
ミーティングの30分の間だけは、自分の価値判断基準(あるべき論)をストップさせて、部下の考えていること、思っていることをひたすら聴くことに努めます。「最近、どう?」「今、問題に感じていることは何?」「どんなことに困ったり、悩んだりしてる?」「やりたいことはどんなことがありますか?」といったように、主観的な気持ちや思いを中心にした問いかけを行ないます。
部下自身が持っている「現状認識」(職場あるいは自分自身に対して、どういう状況から抜け出したいと思っているのか)と「ありたい姿」(どうなりたい、どんなことをしたいと思っているのか)に焦点をあてて話を聴くのです。
このマネジャーは、私と話をしていても、相手が話した言葉の要約や繰り返しが上手なので、それをきちんとやりながら、部下の話を聴かれたのでしょう。
とはいえ、1回のミーティングだけではなかなか素直に真意を語ってくれない部下もいたそうです。多くの場合、部下のほうも「上司は評価者」「引き算で見る」「前向きなことしか言えない、受け付けてくれない」という思い込みがあり、当たり障りのない発言に終始することがあります。
それでも、回を重ねていくうちに、感じていることや思っていることが素直にこぼれ出し、それを受けとめながら続けると、ついには仕事のやり方に対する提案や自分の役割拡大に関する希望などが出てきたそうです。
部下の中に「有る」ものを引き出すステップ
1対1の面談で、素直に「有る」ものを出してもらいながら対話をするためには、「許可」「水向け」「受容」の3ステップを意識するとよいと思います。
1.許可(場の初期設定時に行なう)
「許可」とは、“この面談では感じていること、思っていることを素直に口にすることを期待します”というメッセージを言葉ではっきりと伝えることです。私たちが行なっているオフサイトミーティングでは、本音で話ができるように「話し合いのルール」をあらかじめ共有してから始めます。それと同じ効用を持ちます。
2.水向け
その場では「思っていることをそのまま言ってもいいよ」と許可されたとしても、言葉だけではまだ半信半疑だったり、率直にものを言うこと自体に慣れていなかったりして、ためらう人もいます。その時に行なうのが「水向け」です。「この半年の自分の成長感を5点満点でいうと、何点の感じですか?」といった、感じていること(思っていることより感じていることのほうが出しやすい)をうまく引き出すような質問を投げかけます。
3.受容
質問が功を奏し、うまく本音や思いなどが出てきたら、それがどんな性質のものであれ、必ず受けとめます。受けとめる時は「よくわかる」という共感を示したり、部下が言った内容は丁寧に要約する行為が伴うのが理想です。それが「受容」です。
人によっては、受けとめたら認めたことになるからできない、という意見もありますが、私は「受けとめる」と「受け入れる」とは違うものとして区別しています。受け入れる、つまり賛同はしていなくても、相手が思っているという事実を「受けとめる」ことはできると思っています。
ネガティブな思いや、あるいは欠点であろうと、それを「有る」ものとして受けとめ、どうしたらいいかを上司が一緒に考える。つまり、現実に「有る」ものをいったん認め、その上でどうするかを話し合う。そういった個人の意欲や能力を引き出していく対話スタイルは、学校教育やスポーツコーチの分野でも重視されるようになっています。企業における上司と部下とのコミュニケーションにも、そういう「押しつけない」スタンスが必要になってきたのです。
「自分らしくあっていい」自己肯定感が前向きになるカギ
あまり成功体験のない部下にとって、上司からのダメ出しは、自分の価値への迷いが生じて自己否定を強化することにつながります。部下の中に「有る」ものを認めるということは、部下自身が自分の考えること、感じることを「それでいいんだ」と肯定できる自己肯定感の向上につながります。
「自分は自分らしくあっていいんだ」と思えると、前向きな「こうしたい」という思いや、「こうしたらいいのではないか」というアイデアが湧き出てきます。「それではダメだ」の否定でブレーキがかかってしまうのと違い、「それでいい」と肯定的に受け止めることで「有る」ものが発散されて伸びていくのです。
これは私たちがオフサイトミーティングでよく経験することでもあります。愚痴や不満も受容されると、そのうちに前向きな気持ちが起き上がって表れてくるという現象です。
「有る」と「無い」のバランスをとる対話
「有る」という観点を持つことは、前述のような「気持ちの中に有るもの」を受け入れることのほかに、その人の特性(強みや弱み)や起こっている現象、現実など、事実(客観的事実や主観的事実)をきちんと見る、ということでもあります。
さまざまな「有る」を受け入れた上で、どうしていくのかを考えていく。これが、上司と部下が一緒に前を向いていく対話をするための大切な姿勢なのです。
もちろん、そればかりが有効なわけではなく、「無い」視点と「有る」視点とのバランスだとは思います。しかし、「無い」視点ばかりで話してしまう上司は、最終的に「もっとがんばれ」という精神論的な結論に落ちつくことが多いのです。
私は公開講座で対話の技術を磨くためのセミナー「マネジメント・ダイアログ・ジム」を主催しています。月1回の4回シリーズなので、4カ月にわたる経過の中では参加者のいろいろな変化が見えます。そこで変化が大きい人はというと、最初のほうの段階で、自分の中に有るもの(自分の価値観や特性)をポジティブに認め、自己肯定感をある程度高めた後に、自分で課題認識を持てているという傾向が見られます。最初から足りない部分にフォーカスし、それを克服しようとした場合には、逆にがんばりすぎてしまって、なかなか修得が進まないという現象が起こります。
「無い」ものだけに着眼するのでなく、「有る」ものをしっかりと受け入れる、そんな観点を育てないと部下のモチベーションを高めることは難しいと感じます。
これからの時代の部下とのコミュニケーションには、説得の技術だけではなく、観点を変える認識の技術、さらにいえば、これまでのあるべき論を手放す技術を磨いていくことが必要になっているのです。それは、変化の時代、多様性の時代に求められるマネジメントの能力でもあると思っています。