いったい、何が彼らをそうさせるのだろうか。

ここでいうリーダーとは、立場による権力をたのみに指示命令で人を動かす人ではなく、自ら考え(問題を見つけ、掘り下げ、解決の方策や構想を練るなど)、自ら行動を起こす(仲間をつくる、部下や上司に働きかけるなど)人を指す。

半導体製造装置メーカーAさんの事例

半導体製造装置メーカーに勤めるAさんは、技術戦略室のスタッフだったが、50歳で管理者の資格を得た。普段はコツコツと真面目に仕事をこなす実直な人物で、「自分には他人を引っぱるような力はないんですよ」と言っていた。
ところが、このAさん、管理職の資格を取るとすぐに自部署の管掌役員である専務に講師を依頼し、「マネジメントが苦手な人のための勉強会」を立ち上げた。専務の手記を読んで感銘を受け、「他の管理職とともにもっと理解を深めたい」と思って彼のとった行動は、会社の掲示板にポスターを張り出して宣伝するというものだった。中身は彼らしいが、やり方は彼らしくない行動だった。
Aさんはそれまで、自ら手をあげて変革課題に取り組むような行動に出ることはなかったが、経営トップが「自ら考え、自ら行動する企業風土をつくる」ための一手段として導入したオフサイトミーティングに参加したことで、他の社員からかなりの刺激を受けていた。特に、業績に影響が及ぶような変革課題に自分の意思で取り組んでいた年下の人間の話には、羨望のまなざしを向けていて、そこで自分の生き方についても考えさせられるものがあったのだろう。彼の中の変化は、「与えられた役割で動く」から「自分発の問題意識で動く」という行動になって表われた。

家電メーカーBさんの事例

家電メーカーに勤めるBさんは、要素技術開発部門の主任だったが、技術指向の強い製品開発に将来への危機感を持ち、数人の仲間とともに顧客志向の製品開発構想を練っていた。
当初、直属の部長からは「コソコソと余計なことをするな」とあからさまに煙たがられていたが、腹を割って話をしたことを契機に自分を支持してくれるようになった隣の部長を頼りに、研修で知り合った大学の先生のところへ自腹を切って勉強に行ったり、取引先メーカーに技術相談をしたりしていた。
その後、応援してくれる幹部や仲間が異動になるという苦難が続いたが、そのたびに仲間とともに地道に支持してくれる幹部を探し求めて取り組みを続けた。そういうことを繰り返してきた結果、社長や部長の支持を得て、正式な製品開発プロジェクトとして採用されることになった。
Bさんは決して弁が立ち、話がうまいわけでもない。また、飛び抜けた行動力や構想力があるわけでもない。ただ、エンジニアとしてお客さんの喜ぶ顔が見たいという思いだけは人一倍強かった。そんな彼の思いを支える幹部の存在がなければ、彼の粘り強いリーダーシップの発揮はなかった。

いろいろな調査結果を見ても、多くの経営者は、「創造力、発想力、独創力ある人材」「事業変革力、再構築力ある人材」「実行力、行動力ある人材」といったリーダーの出現を欲している。また、リーダーの育成を、経営トップの仕事として認識してはいるが、そこに自信を持っている人は多くない。私たちが日頃接しているトップの生の声としても、このような悩みはよく聞く話である。

リーダーは研修を実施すれば育つものではない

こういった悩みの解決のために、経営者が人材育成部門にリーダー育成の施策を丸投げしているケースが多く見られるが、リーダーは研修を実施すれば育つものではない。
私たちが体験してきた多くの事例から導き出される命題は、「リーダーを育てるにはどんな施策を打てばいいかではなく、結果としてリーダーが絶えることなく出現するには、どんな組織の環境があればいいか」ということだ。

環境をつくるカギを握るのが組織のトップ

その環境をつくるカギを握るのが組織のトップである。先の二例も、社長や専務、部長といった幹部の支援があったからこそ起こった行動である。それを引き出す上位者の姿勢や行動を私たちは「スポンサーシップ」と呼んでいる。
スポンサーシップは、それを享受する側からみると、“自分の目と耳で感じた問題意識を行動に結びつけられる自由が保障されている”ということだ。とはいえ、自由を与えるととんでもないことをしでかす、というリスクを多くの経営者は感じるかもしれない。

「社員を信じてください」という一言だった

以前、ある会社の風土改革事例を、グループ会社の人事部長数名に紹介する場があった。ひと通りの説明が終わった後、出席者の一人が「社員に自由を与えると何をしでかすかわからない」と発言した。それに対して、紹介した人が返した言葉は「社員を信じてください」という一言だった。疑問をぶつけた人は、そう言われて絶句した。信頼を裏切りで返す社員はまずいない。

リーダーの思考と行動が自発性の発揮を前提とするならば、経営幹部のスポンサーシップは、リーダーが育つ環境に他ならない。ひとりでも多くのAさん、Bさんが出現するためにも、“自分の目と耳で感じた問題意識を行動に結びつけられる自由”のある環境づくりに目を向けてほしい。
リーダーを育てることはできないが、リーダーが育つ環境をつくることはできるのだ。