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失敗の許されない職場で起こること
製造業のA社では、会社に多大な損害を与えるような大きなトラブルが頻繁に発生していました。その原因としては、細かな数値による徹底した部門の予算管理体制や、問題が起こるたびに責任を追及する「失敗を許さない」マネジメントによって、自由にものが言えない、「おかしい」とわかっていても言い出せない組織風土の問題があります。
A社においては、問題は「あってはならない」ものでした。問題が起こると、担当者は上司に対する報告に追われるだけでなく、個人としても責任を追及されます。
失敗の許されない職場では当然、悪い情報を上司の耳に入れたり相談したりできないため、表面化した時にはいつも手に負えないほど問題が膨らんでしまっていました。コスト管理を厳しく行なっているつもりが、結果的には、リカバリーのための人手や経費がかかる、取引上での信用を落とすなどして多大なロスを生んでいたのです。
A社の業界は、縮小傾向にある市場において競争が年々激化しており、A社の各事業部門も生き残りをかけて必死に戦っていました。
その一方で経営は、不採算部門を整理する積極的なリストラを行ない、何とか利益を生み出してきました。この不採算の判定基準が、部門の利益とコスト削減による予算達成という成果指標に頼っていたことから、各部門ではコスト削減のためにぎりぎりまで人数を減らし、個々のメンバーも予算達成のために日々の売上に神経を尖らせ、予算とのブレを調整するといった数字合わせの作業に追われていました。
当然社員は、他部門に関心をもつどころではありません。自部門が生き残ることだけを考えて目先の数字を追うしかないという状態でした。そういう状況の中で頻発していたのが納品に関わるトラブルです。
海外に生産拠点を置くA社は、低コストや品質を維持する工程管理が強みだったのですが、個々のメンバーが我先に自分の仕事を優先させようと、工場に対して強引で突発的な注文を出したりするために、工場との関係性や連携が崩れて、誤生産や製品不良のトラブルが発生し、生産の遅れが頻繁に起こっていました。
それをリカバリーして納品日に何とか間に合わせようと、通常の船便ではなく航空便での輸送がたびたび発生していたため、結果的に莫大な臨時コストがかかっていました。一人ひとりが地道に日々コスト削減を重ねても、ただ1回の航空便輸送であっという間にその努力は水の泡になっていたのです。
「誰が悪い」ではなく、「なぜそういうことが起こるのか」を問題の本質にする
目の前で起こった問題を目先、目先で潰していった結果、組織全体が機能不全に陥って効率を落とし、経営が目に見えないロスを抱え始めるというのはよくある話です。
部門を数字だけでみる成果指標のあり方が、このような部分最適の仕事のしかたを助長していたことは間違いありません。全社的な視点を持ちながら部門の方向性を示し、製品のトータルプロセスを見ていく全体最適のマネジメントが機能しないのもそのためです。
A社のマネジャーは日々の数値管理に注力し、計画のブレをなくすことを優先順位のトップにしていました。部下たちにとってその重圧は大きく、トラブルがあっても何とかぎりぎりまで挽回しようと頑張ります。結局、問題が最後まで隠れてしまって、イレギュラー対応をするしかないという仕事のしかたが常態化したのです。
輸送担当部門の課長はこう言っていました。「みんな自分一人で仕事をしていると思っているのか。もう少し早く相談してくれたら別の対応もできるのに。突然理由も言わずに指示されるのでは、対応できることは限られてしまう」
風土改革は、事実をありのままに受け止め認識することから始まります。それは「誰が悪い」ということではなく、「なぜそういうことが起こるのか」問題の本質としての事実に分け入って、そこを解決の起点にすることです。
負のスパイラルから脱したいと考えたA社では、「問題はあってはならない」という自分たちの組織に根づいた価値観を認め、「部下はなぜ報告できないのか」「問題が起こった時にはマネジメントとして何をするべきか」などを考え始めました。部門内でも話し合いを繰り返し、自分たちで問題を顕在化させていきました。同時に「問題はあって当たり前」という見方を経営層が自らの言葉で何度も社内に発信しました。
こうした新たな価値観を職場に浸透させるためにはマネジメントの行動の変化も重要です。一部の部長や課長は、数値報告の会議を相談や状況報告の場に変え、対話中心のマネジメントを試み始めました。このような取り組みによってA社では、今でも小さなトラブルは起こっていますが、以前のように突然大きなトラブルが発覚することはなくなってきています。
A社の次なる課題は、部門を超えて全社で問題を解決する力を育て、さらに大きな連携ロスをなくしていくことです。輸送部門の課長の言葉にも変化が見えてきました。
「我々はもっと部門を超えて問題を共有し、相談し合う関係性が必要だ。自分の範囲内の問題がいくら解決されても、場あたり的な対応では市場で勝ち抜くことはできない」
自らが当事者となって仕事のしかたを変えていこうと、少しずつ行動につなげ始めているのです。
経営トップは、各事業部がそれぞれ変革に取り組み、自律的に問題を解決する力をつけること、部門間で事業領域を超えて問題や課題を共有し、解決していくための知恵を出し合う場をつくることをサポートしています。全体が見える場や仕組みをつくり、相談しながら仕事をすることで組織の生産性は格段に高まっていきます。
A社は、結果として長期的な成果をもたらす「全社レベルの見えざるコスト削減」にチャレンジしているのです。