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多面的事実とは、多様な立場の人々が、多様な感情を踏まえて見ている事実です。
経営者の立場で見ている事実と、現場で見えている事実は違います。
各々の解釈を集めることで、ようやく見えてくる事実のことを指します。

今回は、多面的事実を捉えるために必要な「共感的傾聴スキル」と、その事実情報を経営に伝えて戦略の立案・策定や実行に生かすための仕組みである「参謀の役割」について説明します。

共感的傾聴スキルとは?

「現場の声はよく聞いているよ」と話す経営者は少なくありません。
しかし、過去の体験による思い込み(レッテル)や、個人的な感情を通して現場の声を聞いているのでは、いつまでたっても多面的事実は見えてきません。

また、経営者のもとに上がってくる現場の情報が、必ずしもリアルとは限りません。
良い報告や、賛成意見だけが伝えられることは多いですし、経営者に社員が本音で意見を言えるという環境もあまりないでしょう。

「現場の事実」を知りたければ、自分の常識とは異なる意見を受け入れる姿勢が必要です。
それと同時に、人が何を見て、どう感じているかを聞き、受け入れるような聞き方をする必要があります。
これを「共感的傾聴」といいます。

例えば、会社の同僚が「昨日奥さんに怒られちゃってさ」と話しかけられたとします。
この言葉に対して、「それは辛かったね」と返したのならば、残念ながら共感的傾聴はできていません。

なぜなら「奥さんに怒られたら辛いだろうな」という自分の思い込みを通して話を聞いているからです。
もしかしたら同僚は、奥さんに怒られていることを話して、のろけたい人なのかもしれません。
その人がどう感じているか? までを含めて聞く必要があります。

共感的傾聴は自分で身につけられる!

では、共感的傾聴はどうやったら実践できるのでしょうか?
その一つの方法が、話の横軸と縦軸を意識して聴くというものです。

横軸:「具体的に何があったのか?」、相手がそう思うに至った背景情報を聴くこと
縦軸:相手は、その具体的な出来事について、「どう感じているか?なぜそう感じるのか?」を聴くこと

先ほど挙げた例で説明すると、同僚が「昨日奥さんに怒られちゃってさ」と話した時に、この言葉が出てきた背景を考えるのが横軸を意識した聴き方です。
また、さらに一歩進んで、その出来事について相手がどう感じているのか、理由も合わせて考えるのが縦軸を意識した聴き方です。

この際に大切なのは、自分の感情ではなく、その人が何を考え、どう感じているかを理解しようとする姿勢です。
この共感的傾聴を身につければ、別の立場の視点を自分のものとして組み入れて考えられるようになります。

ただし、経営者が実際に身に付けるのはそう簡単ではありません。
そこで、現場の声を多面的事実として捉えるためのもう一つの仕組みづくりも進めるといいでしょう。
その仕組みとは、経営者と現場の両者を仲介する「ハブ」機能としての「参謀」です。

参謀が機能すると組織はどう変わるのか?

「名将の陰に名参謀あり」と言われるように、何かを成し遂げた歴史上の人物や、成功している企業には必ず名参謀がいます。

参謀がいないと、経営と現場との対立構造が起きてしまいがちになります。
また、前編で説明した多面的事実を把握するのにも、参謀の存在は欠かせません。

参謀の持つ主な役割は、「事実を聞くことと、伝えること」です。
トップの声を現場にしっかり届け、反対に、現場の考えていることもトップに伝えます。
現場の声を拾って自分(経営)に届けてもらうことができれば、間違った戦略にならず、多面的事実に即した課題解決する戦略を作成することができるようになります。

また、戦略に現場の声を反映していることを現場に伝えてもらえれば、社員の当事者意識も高まり、現場を巻き込みながら、経営者と社員が一丸となって業務に打ち込むこともできるようになります。

 

▼参謀機能により、現場の声をくみ取り多面的事実の把握ができる

良い参謀の3つの条件

参謀には、どのような人物を選べばよいでしょうか。
次に挙げる3つの条件を目安に、適任者を探してみるとよいでしょう。

  1. 経営トップがめざすものと同じような状態をめざしている人。
    仲が良いかどうかではなく、会社をどうしていきたいかという視点が共通している人
  2. 共感的な傾聴ができることと、共感的傾聴で得た「事実」を伝える能力や働き(調整役、自律的な行動)ができる人
  3. 「なぜその決断に至ったのか?」、背景を含めて全体像をストーリーとして伝えられる人

特に3の条件について補足します。

ここで言う「背景」には、経営者の生い立ちや人柄、日頃感じている苦しみや葛藤なども含まれます。
どこの組織でも、トップは社員のことをものすごく考えています。
それなのに社員は「私たちのことなど何も考えていないだろう」と決めつけ、理解しようとしません。
このことに苦しんでいる経営者は多いのです。

しかし、経営者自らが「自分だって頑張っているから、あなたたちも頑張れ」と言ったところで、現場には響きません。
それを参謀が、社員にとっても会社にとっても意味を感じられる大きなストーリーを持って伝えることで、状況は大きく改善します。

つい最近も、こんなことがありました。
ある企業の社長は、現場から「ライバル企業に勝つために必要な投資にまったく応えてくれない。何を考えているかわからない」と不満を持たれていました。

そんな中、現場のある社員が意を決して、社長に話を聞きにいきました。
すると、思いもかけず社長から「できるだけ社員の想いに応えようと戦っている。
だが、株主との難しい関係を抱えており、悔しいが、どうしても応えられないのだ」という、背景にある悩みを聴くことができたのです。

その隠れていた背景情報を、彼から現場に伝えると、多くの社員たちは「なんだ、そういうことだったのか。ではもっと提案を工夫しないと」など、社長に対して前向きな理解に変わっていきました。

つまり、事実情報が適切に伝わるだけで、現場と経営との一体感は高まるということです。意を決して社長に直訴した彼は、意図せずして参謀機能を果たしていたのです。

理由もわからず、ただ「やれ」と言われても人は動きません。
現場の人々が納得しない状況を強いられているままでは、戦略はやはり機能しないでしょう。

参謀に求められることは多く、該当する人物を探すのは難しいかもしれません。
しかし、参謀の役割である「事実を聞き、伝えること」には、ぜひ挑戦してみてください。