きれいごとでは済まない理想

この会社はおもちゃの中古品の販売を主事業としており、従業員数は40人ほど。経営理念は「人と人との絆を創る場の提供」、毎朝みんなで唱和しています。

「私たちはお店のコンセプトを『お客様が楽しむ場所』だと思っています」

「とても素敵なコンセプトですね」

「はい・・・。ですが・・・」

彼らが悩んでいるのは、子どもたちが遊べる場所「プレイコーナー」のことでした。低単価の商品を扱う彼らのお店では、在庫量と売上はかなりの相関関係があります。
つまり、コンセプトに従えば、プレイコーナーはなるべく広くしたい。しかし、プレイコーナーを狭くして、そのぶん在庫を置くことで売上は上がる。そこにジレンマを感じていたのでした。

「現実には、プレイコーナーはだんだん小さくなっているんです」

目の前の売上と日々格闘している中で、お店の有り様は理想とするお店の姿とは違ってきていたのです。

オフサイトミーティングをやってみよう

「この話は今まで会議で何度も取り上げてきました。でも、結局これだという結論は出ないので、毎回『とりあえず今のままで仕方ないよね』で終わってきたんです」

そんなとき、知り合いを通じて「考える力を伸ばし、今までにはない知恵を生み出すことのできるオフサイトミーティング」という話し合いのスタイルを知り、私たちに声をかけてきたのでした。

普段は表面的な議論で終わりにしているようなテーマ、またすぐには答えの出ない根本的な問いなどを、時間をかけてじっくりと深めていくのはオフサイトミーティングの特徴のひとつです。

また、すぐに答えや打ち手を出そうとせずに、「それはなぜなんだろう?」と問題を掘り下げたり、「問題はそれだけだろうか?」と視野を広げたりすることも大切にしています。

 

オフサイトミーティングで重要なのは「お互いに聴きあう」こと。相手の言葉をじっくり聴き、そこに自分の考えを未整理でもいいからぶつけてみる、それを聴いた別の仲間がまた反応する・・・。
そんなプロセスを経て、今まで見えなかったことを発見したり、新しい知恵を生み出したりするのです。

「う~ん、聴くことは本当に難しいですね」

オフサイトが始まり、少ししたら社長は笑いながら言いました。

「社員の意見を聴いているようでいながら、じつは『次、なんて言おうかな』って考えている自分がいるんですよ」

そんな社長の言葉を受けて、社員も笑います。

「社長がそう考えているのがこっちもわかりますよ。だから、しゃべっている途中で自信がなくなってきちゃうんです」

「えー、俺が悪いのかー!」

「いや、お互いさまですけど」

「ハハハ」

もともと社内のコミュニケーションはいい企業らしく、オフサイト的な雰囲気にはすぐに馴染んだようでした。

お客様は誰なのか?

なにも目新しいことではありませんが、私は2つの問いを中心にして議論することを提案しました。

「お客様は誰ですか?」

「お客様に提供している価値は何ですか?」

このような「そもそも論」は、あらためて取り組んでみると意外に難しいものです。お互いに聴き合い、意見をぶつけ合うオフサイトミーティングに馴染んだ彼らは腰をすえて議論を交わしましたが、なかなか「これだ!」という答えにいきつきません。

私はあらかじめ「あくまで経験則ですが、この手の議論には最低でも20時間くらいはかかると覚悟してくださいね」と言っておきましたので、それでも彼らはめげずに議論を重ねました。

初日には約6時間。何度か、それらしい答えは出るのですが、彼らの中で「今回は妥協しない。きれいごとでは続かない。売上が欲しいのだって本音なんだから、それも満たし、もともとやりたかったお店の姿も見えるまで議論しよう」ということで、安易に結論づけずに終了しました。
2度目は約8時間。それでも決着せずに、3度目のオフサイトに突入。3度目が始まり、およそ4時間後、ついに彼らは自分たちなりの答えにたどり着きました。

「ぼくらの提供価値は『安心感』。中古だからこそ、安心感を提供したいじゃないか。いろんなキーワードが出たけど、これがいちばん納得できる」

「その『安心感』を、ぼくらは誰に提供しているのだろう」

「それは、わたしたちが『おもちゃを持っている方たち』でしょう。中古にとって買取は生命線なので、“持っている人”がお客様というのはしっくりきますね」

そして・・・「プレイコーナー」は?

およそ1カ月後―。
この議論から導き出した「私たちのお客様は誰か」「私たちの提供価値は何か」の定義に従いお店づくりをしているという彼らに、私は尋ねてみました。

「もともと頭を悩ます原因となっていた『プレイコーナー』はどうなったのですか?」

「小さいままです!でも、いいんです。以前の私たちはプレイコーナーばかりを気にしすぎていました。『“おもちゃを持っている人”に“安心感”を提供したい』という目でお店を見まわすと、それにふさわしくないところがたくさんありまして・・・。プレイコーナーも同じで、大きいか小さいかが問題なのではなく、安心かどうかが重要なんだと気づきまして。だから、スペースは小さいですが、周囲に置く商品などには配慮して、安心してお子さんを遊ばせてもらえるように工夫を凝らしています。」

 

顧客は誰か、提供価値は何かのような「そもそも論」はものごとを深く考えさえ、目の前のことにとらわれずに思考の幅を拡げてくれます。

また、この2つの問いはただ単に社員のベクトルをそろえるだけでなく、社内のルールや社員の意識面という内向きの話に陥りがちな議論を外向け(顧客向け)に変えてくれるという効果があるのです。「売上なのか、理想なのか」その二律背反で悩んでいたときとは打って変わって、さわやかに話す社長は最後にこんな冗談もつけ加えて笑っていらっしゃいました。

「ところで…。最低20時間と言いましたよね?ぼくら、18時間しか議論してないですけど、いいんですかね?」