あるオーナー企業の30代リーダーと改革事務局の場

あるオーナー系企業では、開発、生産、営業、本社の30代リーダーと改革事務局と合わせて15人ほどが毎月1度、集まってオフサイトミーティングを行なっています。

オフサイトミーティング開催のきっかけとなる思い

成長期に入社し、担当業務にがむしゃらに取り組んできた若手も今や30代で、現場の要になっています。さらに将来は会社を背負っていく存在になることから、「次世代人材を育てたい。自部門の仕事をこなすだけでなく、横でお互い何でも言い合える関係になって会社の将来を考えてほしい」という社長の強い思いで、このオフサイトミーティングは始まりました。

はじめたときの様子

「どういう会社にしたいか」を考えることが大きなテーマではありますが、その議論に入る手前では、現状について、みんなそれなりに言いたいことが溜まっています。何人かの不満の矛先は上司に集中し、「上にものが言える雰囲気がない」「上に変わってほしい」「50を過ぎた管理職が今さら自分のスタイルを変えるのは無理だろう」と、批判めいた発言が続きました。

起こり始めた変化

1ヵ月後のミーティングでのことです。生産部門のTさんがなぜか嬉しそうに話を始めました。

うちの部では、部長が給与明細を手渡ししている。それも、朝礼の最後に。みんなは「早く現場の仕事に戻りたいのに、ひとりずつ呼ばれるのを待ってるなんて時間がもったいない」と言っている。 「そうだよな。面倒くさいよな」と俺も一緒になって言っていた。で、この間、部長に「どうして、ああやって配るんですか」と聞いてみたら、「一人ひとりの顔を見て、ご苦労さん、ありがとうっていう気持ちを伝えたいんだよ」って。

へーっ、部長、そんなこと考えていたんだぁ、って驚いちゃった。でも、なんか温かくなった。それで、俺は現場のみんなに「部長はこう考えてるんだよ」って伝えたんだ。自分は現場のみんなと一緒になって「上が怖い」とか言ってるんじゃだめで、上の考えがちゃんと伝わるように言って、みんなに気持ちよく働いてもらうのが俺の役目だって思ったから、そうした。

聞いていたメンバーが「えらいなぁ」「上が悪い、って言ってるほうが楽だもんな」と応じると、「部長もそんなことわざわざ言う性格じゃないし、俺が言ったほうが伝わるかなと思ってさ」と、彼はニコニコとすごくいい顔をしています。

対立構造をゆるめる関わり

営業からの要請(お客様の要望)に応えようとして、多少の無理はあっても強い意志で人を動かす部長は、時として怖い表情や強い口調になってしまいます。一方で、現場のリーダーは、いいものをつくるために、社員が自分なりに考えて気持よく仕事ができるように気を配っています。両者は、ともすれば対立的な関係になりがちです。

部長の指示する内容は理解できたとしても、「納得してないことをやらされる」のは人として嫌なもの、「仕事だからやれ」「指示に従え」には反発を感じ、「嫌と言えない。断れない。わかってくれない」という感覚だけが不満となって残っていくのです。

部長だって「無理をさせて悪いな。ありがとう」という気持ちはあります。それをリーダーが代わって言葉にして現場のメンバーに伝えるという、そのほんのささやかなことが、「会社だから、上下関係だから仕方がない」と思っている心の対立構造をゆるめます。

働きがいや仕事の意味を深めるポイント

会社の「上司と部下」の関係も、心を持った人間どうしの接し方という別の角度からとらえてみます。すると、「相手の思いを知る」とか「受けとめやすく伝える」といったことが実は、働きがいや仕事の意味を深めるポイントになり、むきだしの役割意識や表現スタイルによって固まった構造を柔らかにしていくのです。

Tさんの表情には、聞いてみてよかった、伝えてよかった、という実感があふれていました。それを見て取ったメンバーの心の姿勢も軟化していきます。

企業風土改革の「いろは」の「い」ですが、そんなシンプルな変化を鮮やかに教えてくれた一場面でした。Tさんのように「いやー、言っちゃったよ」と頭をかきながら笑顔で語る人が増えるようにしていきたいと思っています。