経営者は、社員の個々が有する資質や能力だけでなく、組織の人々のありようにも注目し、どういう環境があれば人はいきいきと自ら力を発揮できるのか、という問いに正面から向き合わなければなりません。
時代とともに会社と社員の関係が変わっていくなかで、エンゲージメントを高めるために経営は何をすればいいのでしょうか。
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「言われたことをやるだけ」なら主体性や創造性は無用
「いきいきと働く」とはどういうことか、そのイメージは人によってさまざまです。個性を発揮して挑戦することだと考える人もいれば、時間を忘れるほど仕事に没頭することだと考える人もいるでしょう。
いずれにしても、「いきいきと働く」ことの根底には、人が本来持っている「生きる力(学び成長して変化に対応する力)」をフルに発揮して働く喜びを享受する、という自然な状態があるように思います。
今日の企業人に求められている、自ら考え行動する「主体性」や、新たな価値を生み出す「創造性」などは、まさに「生きる力」です。これまで発揮されずに眠っているそれをいかに引き出し、高めていくかは、人の根源的な欲求に応えることであり、エンゲージメント向上のかなめでもあるのです。
ところが、次のような経営者の声をよく耳にします。
「うちの社員は与えられた仕事をこなすだけで、自分で考えて動かない。新たなことに挑戦する意欲も感じない。これでは会社が変化の時代を生き抜いていけない。まず社員の意識改革が必要だ」
はたして、社員が主体性や創造性を発揮できないのは「意識の問題」なのでしょうか?
これまでの失われた30年で、多くの日本企業は機械のような仕事の仕方にどっぷりつかり、「上から言われたことを効率的にやるのが仕事」という観念が染みついてしまいました。その結果、人が本来持っているはずの意欲や情熱は低下し、“機械”には必要とされない主体性や創造性は働かなくなってしまいました。
見方を変えれば、社員のエンゲージメントが低下して、会社が成長するためのエンジンが停止している状態です。これを一刻も早く起動させなければなりません。
そのエンジン起動の手段は、社員の意識改革ではないでしょう。
むしろ、経営がこれまで労働力として見てきた「人」に対する価値を見直し、その「生きる力」をのびのびと発揮できる環境をつくって、社員の信頼を回復していくことのほうが急務ではないかと思います。
これは、会社と社員の関わり方を根本的に見直すことにも通じます。
「生きる力」とエンゲージメントを高めるアプローチとは
課題になるのは、人の「生きる力」をいかに引き出して、自律的な成長のサイクルが回るようにするかということです。
エンゲージメントのレベルは、社員が会社で日常的に体験している“嘘のない実感”の結果ですから、重視するのは「本音」「腹落ち」「モヤモヤする感じ」のような内面の状態です。エンゲージメントを高めるにあたっても、“社員の意識を変える方策”の前に、まず人が前向きになれる環境づくりから考えていくことが基本です。
社員が主体性や創造性を発揮して、いきいきと働く状態にするために、経営ができることには大枠として2つあります。
①経営の意志や思いに対して社員の共感を得る
会社の存在意義(パーパス)、めざす方向性(ビジョン)、経営の価値観・考え方(哲学)などは、内外に向けた言葉として示されてはいても、そこに経営の意志を感じ取れるケースは少ないように思います。明確になっているかどうかはもちろんですが、大事なのは、社員がどれだけ共感できるかどうかでしょう。
どんなによくできた言葉であっても、そこに経営の意志が込められていなければ、社員は“単なるきれいごと”と感じるだけで、共感が生まれることはありません。
めざすものに意志を込めて伝えるためには、まず経営者同士がしっかりと向き合い、腹を割ってとことん話し合わなければなりません。そして、そこから紡ぎ出された自分たちにとっての意味や、それぞれの思いを重ねた厚みのある意志を、経営トップが自分の言葉で思いを込めて社員に伝えていきます。
ここでいう共感というのは、会社がめざすものに対して、人として「自分はこうだったらいいな、こうありたい、それに関わりたい」という社員の思いが重なっていく状態です。このような思いの一致する重なりが多いほどエンゲージメントは高まり、社員にとってのパーパス・ビジョン・哲学も“与えられたもの”ではなく“自分のもの”として受け止めやすくなります。
このように思いの通うコミュニケーションにするためには、経営が社員に伝える努力をすると同時に、社員のほうでも自分の思いを重ねるために、自ら考え、話し合うことが重要です。自分の思いの実現が会社のめざすものの実現につながることが腹に落ちれば、「当事者意識を持て!」などと言わずとも、社員は自分のものとして考えるようになります。
②社員が「仕事を自分のものにする」ことを手助けする
「言われたことをやるのが自分の仕事だ」としか思えないうちは、仕事への意欲や情熱、働きがいは高まりません。その仕事の意味や目的を考えることもなく、ただ与えられたものをこなすだけの状態は人にとって楽しいものではないでしょう。
それを表面的に見ると、経営としては「受け身の社員をどうにかしたい」と考えがちですが、なぜ意欲的に働けないのか、どうすればいきいきと仕事に取り組めるのか、原因となる環境面から考えるのがエンゲージメント向上のアプローチです。
とはいえ、働きがいは人から与えられるものではなく、一人ひとりが自分の仕事について考え抜き、自ら見いだしていくしかありません。
下図のように、それぞれが自分の仕事の意味や目的を問い、自分の思いや意思を込めて「仕事を自分のものにする」ことで、主体的に仕事と関われる状態をつくっていくことが出発点です。
経営は、そのために必要な話し合いの場と十分な時間を提供することで手助けをします。
人を信頼し、「働きがいと業績の両立」に挑戦する経営
「会社の成長と社員の働きがいの両立をあきらめない」
「当たり前を問い直す」
これはA社の経営改革のスローガンです。
これまでA社では、経営者同士が役員オフサイトミーティングで腹を割って話し合い、会社のめざすものについての議論を重ねてきました。
以下は、そこで交わされたスローガンについてのやりとりの一部です。
「社員の働きがいを犠牲にして成長している会社は少なくない。しかしそれは一時的で決して長続きしない」
「仕事を通じて不幸になる社員は一人たりとも出さない。これは経営の決意」
「しかし、これらを両立させるのは、言うのは簡単でも実現はかなり難しい」
「難しいことはわかっている。だからあきらめずにやり続けることが大事。単なるきれいごとにしてはならない」
「“あきらめない”という意志を、経営者が体現する必要がある」
A社では今まさに、この経営の意志を社員に伝えていこうとしているところです。スローガンの文言も、役員たちが考え抜いて思いを込めていった議論のプロセスとともに語られれば、きっと社員の共感を得られるものと私は信じています。