BtoBでルート営業を主体とするA社の営業部門では、相談できるチームを足場に、メンバーが自分で考えて顧客と関わることで顧客や社会にとっての価値創造をしていく新たな営業を模索しています。
この取り組みを通じて、メンバーはどのように変化し、仕事を楽しむようになったのか。
今回は、いわゆる「めざすもの」を考えることにこだわらず、「これなら自分は頑張れる」という内発的動機を重視した目標設定によって脱皮したSさんのケースをご紹介します。
INDEX
簡単に辞めないで、仕事で自分の存在性をつくろう
営業部員Sさん(中途採用30代後半)のケース
中途入社のSさんは、特に上司に認められたい、出世したいという欲もなく、給料に見合う働きはしようと予算達成だけを目標に、与えられた仕事を淡々とこなしていました。前職と比べると仕事も楽だったのです。しかし、たまたま会社の経費精算ルールに変更があり、それに猛抗議したことでSさんの身辺に変化が起こりました。
一社員であるSさんの意見は会社に取り合ってもらえず、嫌気がさしたSさんは仕事にも身が入らなくなっていきました。すると、それを見ていた上司がSさんに声をかけ、まじめにやる気があるなら大事なお客様さまを任せたいと言ってくれたのです。
上司の期待とそれを裏切っている自分に気づいたSさんは、腐っていないで、もっと仕事で存在感をつくらなければと思うようになりました。
さらに、営業のあり方を見直す取り組みが始まると、Sさんの仕事に対する考え方や顧客との向き合い方も変わり始めました。「自分一人でやりきる」ものだった仕事が「チームで創造する」ものへと変化したのです。
今は、「社内で必要とされる存在になる」「役員に認められる」ことを目標に、客先でも社内でも相手の利益になることを考え、工夫する仕事を楽しんでいます。それにつれて売上もかつてない伸びを見せるようになりました。
Sさんの変化を後押ししたものは何だったのでしょうか。
【仕事の取り組み方が変わる環境要因】
(1)めざすものをもつ
継続的に行なっている「めざすものに近づくための対話」では、それぞれが本当に心の奥底からめざしたいもの、こうありたいと思える姿を考えていきます。じっくり時間をかけて自分との対話をした結果、Sさんが設定したのは「社内で必要とされる存在になる」「役員に認められる」というものでした。
最初は定石どおり、「顧客にとって、どんな存在になりたいか」という問いから考え始めてみたのですが、どうも気持ちが乗っていきません。
どうすればSさんの気持ちが動いて、自分のものとして考えやすくなるだろうか?
問いをめぐるプロセスでは、しばらく足踏みをしました。
ここで大事にするのは“それらしい言葉”にまとめることではなく、内発的動機です。
そこで、なんでもいいから本当にSさんのエネルギーが湧くような目標を考えようと、問いの設定を変更したところ、むくむくと出てきたのが「社内で必要とされる存在になる」「役員に認められる」という目標でした。
そして、この大きな目標に近づくためには何が必要だろうかと考えていくと、まず営業としてお客さまに頼られる存在になること、数字目標を達成して会社に貢献すること、そして、今までは関心が薄かった仲間への協力、が浮かび上がってきました。
(2)上司、チームとの関わり
定期的な対話の場では、本当にめざしたいものに近づくために、顧客との接し方や仕事の仕方などの課題について考え続けます。
Sさんにとって初めての経験は、このミーティングの旗振り役(場の目的やゴールイメージ、進め方などを毎回考え、当日の場のコーディネートをする)を買って出たことです。自分のめざすもの、顧客にとって価値ある仕事について真剣に考えていくうちに、チームの仲間や上司に対して役立つ存在になりたい、という気持ちが芽生えたからでした。
Yさん(ケースその1)と同じようにSさんも、常にみんなで考える場があることで、いろいろな角度からの情報や問いを持ってお客さまと話ができるようになりました。その体験から「チーム」の大切さを実感したのです。
(3)試行錯誤する場と顧客の反応
日常的に仲間や上司に相談ができ、また自分でもしっかりと考える機会があることで、考えたことを実行してみるトライにも自信が出てきます。
そんなSさんの姿勢の変化によって、今までは無理だと思っていた顧客が話を聞いてくれる、商談が成立するなどの成果が出始めました。
2年前と比べて、Sさんの売上は約1.35倍に伸び、会社が力を入れる重点商品の売上は約10倍にも伸びました。
動機はいろいろでも、「いい環境と体験」が主体性を連れてくる
2人の話を聞いてみて感じたのは、主体的に仕事をすることはやりがいもあって歓迎なのですが、しかし「一律に」「一人で」そうなることを望むのは難しいのではないかということです。
ずっと「言われたことをやる」仕事をしてきた社員が「自分で考えて動く」という真逆の状態に変わることを求められるとき、大切なのは「変わることの意味」から自分で考え始めることです。
しかし、組織の仕事の日常の中で“自分で考えよう”という気持ちになること、そのエネルギーを高めること自体が、一人では困難です。それが進むような足場になるもの、組織的な環境が不可欠なのです。
また、変わるきっかけや「何のために仕事をするか」の動機は一人ひとり違います。
Sさんのケースなど、上司が声をかけて関わっていなかったら会社を辞めて終わっていたかもしれません。そういう上司の存在が、自分を変えようというエネルギーになることもあります。
人が変化するタイミングや道筋はコントロールできないものですから、大切なのは、「きっかけがあれば、いつでも誰でも」変化できるような環境を用意しておく、ことではないかと思います。