「滝口さん、サイボウズで社会人インターンをしてみませんか?」
働きやすい「いい会社」として注目されているサイボウズ株式会社。同社は「チームワークあふれる社会を創る」ことを理念としています。かたや私たちスコラ・コンサルトはチームワークを支援する会社です。何かコラボレーションできないかと『サイボウズ式』※編集長の藤村能光さん(写真左)と意見交換をしていたときに、突然このような提案がありました。
普段いろいろな企業の分析をしている私は、「いい会社」をもっと研究したいと思っていたので、社会人インターンとして「サイボウズの実態はどうなのか」を研究することにしました。2017年5月から10月までに、9つの会議に参加、20人の社員にインタビューを行いました。さらにはグループウェア上のやりとりも見させていただいた“潜入調査”の結果をここに報告します。(2018年取材)
※ サイボウズが運営する、「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイト。この研究報告をもとにした『サイボウズ式』編集長との対談記事はこちら。
第1回 サイボウズは本当に「いい会社」なのか【仕組み編】
INDEX
研究の視点
研究にあたって、「いい会社」を次のように定義しました。
社員が本来もつ創造性を発揮しながら、環境変化に適応して自ら変化できる「自己革新力」や、変化を生み出す「創造力」がある会社。(単に社員同士が平和に和気あいあいと働いているという意味ではない)
そして私は潜入前に、普段企業を分析する際に使っているフレームワーク「組織の進化モデル」に照らしてサイボウズを見立てました。
組織の進化の段階を見立てるフレームワーク。社員が本来持つ創造性を発揮しながら環境変化に適応し、自ら変化を生み出せる組織を「いい会社」と定義している。3つの組織に分類するというよりも、各要素がどう分配されているかを見ることが目的。
サイボウズは「合理的組織」以上のレベルにはあるだろうと推測していました。仕事においては本質的に必要なことを効率よく進め、会社としては社員を大事にしている印象があったためです。その一方、「創造性はどれほど発揮できているだろうか」という点も気になりました。
巷では、伝統的な大企業で毎月のように不祥事が発覚し、ニュースになっています。そういう会社は、新たな社会をつくろうという意志ではなく、既存の社会構造に合わせてどう利益を確保し、存続していくかという考えにとどまっているように見えます。厳しい検査基準を巧みにくぐり抜けることについては「どうせ他社もやっている」という意識なのかもしれません。あるいは経営者の私心によって目標が必達となり、従業員が歯車となって疲弊していたり、建前に陥り、組織として判断不能になっていたりする会社もあります。ブラック労働が問題視されている会社も世間を賑わせています。
最近、多様な働き方が先進的だと注目され、ホワイト企業と思われているサイボウズですが、組織の運営方法は特殊なのかどうかを、経営システムを見る4つの視点(ビジョン、戦略・製品、仕組み、風土)をもとに見ていきたいと思います。
まず仕組みの面について。社員の多様な働き方を実現している制度や取り組み※はすでに知られているので割愛し、実現してきた組織運営の実態に焦点を絞ります。
(※サイボウズホームページの「ワークスタイル」などを参照 )。
組織構造はよくあるヒエラルキー組織
潜入してわかったのは、サイボウズの組織構造は、よくあるヒエラルキー(階層型)組織だったこと。なんとなく、階層のないフラット組織で、おのおのが自由にやっているイメージがあったので、これは非常に意外でした。
ただし、若干アレンジされています。通常のヒエラルキー構造は縦割り組織として仕事が進み、指示は上から下へと降りることが多いですが、サイボウズでは、「人材育成や評価」は部署の中の縦のライン、「グループウェアの開発やマーケティング」は部署を超えた横のラインで実行されています。
問題が発生すれば、開発PM(プロダクトマネージャー)と販売PM(営業・マーケティングの責任者)がすり合わせながら結論を出しています。時間が多少かかることを承知の上で調整機能を働かせることで、「独裁にならないようにしている」とのこと。やや柔軟な組織構造にしている点は、「合理的組織」のひとつの特徴に当てはまります。
衆知を集めて、一人が意思決定をする
私はいくつかの会議に参加したのですが、さすがグループウェアの会社だけあって、会議の事前や事後にもオンライン上でのやりとりが活発でした。まず、事前に議題を明確にしておき、参加メンバーがアイデアを発散的に書き込んでおくことがあります。
会議では「今日は何を決めるの?」「誰が責任者?」という具合に、会議の目的や責任者が明確であることが重視されます。集まったアイデアをもとにその場で責任者が結論を導いており、事前情報プラス対面のやりとりでたいてい1時間以内に結論を出していました。時間が足りない場合は対面で整理すべきことに注力し、残りは事後のオンライン上のやりとりに回したり、担当部署が引き取ってその後検討するなど、会議の責任者が状況に応じてコーディネートしているようすも見かけました。
新しいテーマや大きいテーマの場合は「仕事BAR」という自由参加でリアルに人が集まる場での意見収集も行なっています。アイデアの発散・収集と会議での収束を通じて決まったことは、全社に対してかなりオープンに公開されます。「インターンの私がこんな情報まで見させてもらえるのか」と思うくらい、アクセス可能でした。
私は、青野社長が責任者を務める「事業戦略会議」や各部の大小さまざまな会議に参加したのですが、「テーマの責任者や目的がはっきりしており、建設的に議論して結論を出し、決まったことは公開する」というスタイルは、組織内のいたるところにフラクタル(相似形的)に広がっているのではないかと推察しました。
基本に忠実なマネジメントスタイル
インタビューで複数の方から聞いた話では、各階層の長は「直属の部下を飛び越えて現場に口出しをしない」ことを心得ていて、自らの役割は「組織の方向性を示し、メンバーのキャスティングを行なう」と明確に認識しているように思えました。
現場の状況は、直属の部下から縦系統の職制を通じて情報を入手しているようです。青野社長も飛び越えて指示を出すことはないと聞きました。(これらは当たり前の話のように聞こえますが、上司が1つ下の部下を飛び越えて現場に直接指示を出すことで、混乱につながっている例が他社ではけっこうあります。)
また、上司と部下1~2名が毎週30分程度話す「ザツダン」と呼ばれる場が組み込まれている部署が多いようです。この場でちょっとした情報共有をしているのです。
図に描いた「傘の骨型」のマネジメントをスコラ・コンサルトが指摘するときは、「上司からの一方向的な指示命令が組織内に不具合を起こしている」という話になることが多いのですが、サイボウズの場合は縦のラインがしっかりありつつ、やりとりが双方向的になっているので、良い意味での「傘の骨型」で意思決定がなされているのだと感じました。
ホラクラシーはめざさないが情報はフラットに
組織の構造やマネジメントの仕方はヒエラルキーを適切に運用しており、ある社員の言葉を借りれば「ホラクラシー※はめざしていないが、情報流通に関してはフラットに」だそうです。(※階層が存在しないフラットな組織管理体制)
確かに、自社製品であるグループウェアを使って、全社や他部署のほとんどの情報にアクセスできるので、高い透明性で情報が流通していると言えるでしょう。全社員への通知を行なうには「本当に全員宛てでいいか?」と気を使う人もいるそうですが、自由に書き込める可能性は開かれています。
私は秘かに、サイボウズならではのグループウェア内の情報整理のコツがあるかと期待していたのですが、ある意味でそれは裏切られました。サイボウズ社内の情報も入社したての人が初めは苦労するくらい、情報がカオスのように溢れています。中には、業務時間中にオンラインで議論することだろうかという、日常の些細なことに関して長々とやりとりされ、「炎上」していることがあります。
そういうやりとりは見たくない人もいるかもしれません。しかし、見方を変えれば、どんなやりとりも可視化されていることで、「この会社ではこういうことが重視されるのか」「こういうケースはこういう結論になるのか」など自社の風土・文化を全員が高速で学習する装置になっているとも言えるかもしれない、と私は思うようになりました。一般の会社では、社内でどんなやりとりがあるかはローカルにしかわからないために学びにならず、同じ失敗が繰り返されることが往々にして多いので、サイボウズはこの点では独特だと感じました。
サイボウズはこのような仕組みで運用されていますが、仕組みだけがあっても会社は適切に機能しません。次回は、「これらの仕組みをまわすサイボウズの風土がどのように醸成されているか」に迫ります。