2月半ば、ある市の職員から「元吉さんのことが書かれていますよ」とコメントが添えられて2月9日付の自治日報のコラム「自治」の切り抜きが送信されてきました。コラムは、早稲田大学名誉教授、北川正恭氏が寄稿された『対話の魔術で真の創生改革の実現を!』でした。そこには、北川氏が三重県知事時代に県庁改革を職員の意識改革から始め、説得よりもお互いが納得して進めていくことを留意しながら進めてきた経緯が書かれています。

そして、19年前に私が知事と名古屋駅の新幹線プラットホームで偶然一緒になり、そのまま車内に乗り込んで隣の席で話し込んでいた様子が、まるで昨日の出来事かのように描かれていてビックリしました。私は、「日本でオフサイトミーティングを普及発展させているコンサルタントのМさん」と紹介されていたのですが、記事を読んだ職員はそれが私のことだとピンと来たようです。

 

「縦割りのヒエラルキーが確立した組織ではどれだけ話し合っても上司の一言で覆されることが多い。職場での仕事上(オンサイト)の話し合いとは別に、職場を離れて(オフサイト)自由に気軽に話そうというミーティングで、職員の中にМさんのオフサイトミーティングに納得して進んで取り組む職員が増えていった」と、オフサイトミーティングの取組みが「対話」の理論や手法と合わさって大きな成果を挙げたことが記されていました。

最後は、この流れが、20年近くたった今も地方公務員の有志の間に連綿と受け継がれ、新しいワークショップのスタイルが生み出されて爆発的に浸透し始めるなど、進化、発展していることに感動し、今後本格的な創生時代を構築するためには、このような自立した公務員が大勢を占めるよう運動が広がることを願っていると締めくくられていました。

 

確かに、この20年間に地方分権の進展や東日本大震災、地方創生の流れなどから、自治体職員が地域内外で自発的に集まり、勉強会やワークショップを開催する動きが飛躍的に増えてきました。首長も、マニフェストを掲げて選挙し、重点化する施策を戦略として、地域でイノベーションを起こす動きも盛んになってきました。オフサイトミーティングや対話が、その中で活用されるようにもなっています。

しかし、役所組織のマネジメントにおいて、これらがうまく取り入れられているケースはまだほとんどないのではないでしょうか。それは、組織は通常「上意下達」で動かすことができるものだからです。上司は、計画を立て、指示命令に基づいて部下を動かし、部下は、それに従って仕事を進めておけばよい。与えられた仕事をそれぞれの役割の中でこなしている限りは、余計なオフサイトの場を設けなくても、会議ですませることができます。

それでは、なぜ三重県ではオフサイトミーティングの取組みをうまく進めることができたのでしょうか。そこには、この「オフサイト」の意味を単に「職場を離れる」気軽な形式としてではなく、「立場肩書を外す」気楽な本質でとらえ、「上司がうまく弱みを見せる」ことによって部下職員の力を引き出し、組織力をアップしていくマネジメントプロセスがありました。

上司が弱みを見せることが有効な場合の2パターン

(1)やるべき課題がうまく進んでいない場合

目標が未達だったり、ミスが多く生じていたり、もしくは、やらされ感があったり、関係者どうしがギクシャクしているなど、組織内になんとか修復していかなければいけない不具合が発生している場合です。

できる上司がいくらあるべき論を並べてみても、部下にはそれを理解したり、実行したりできないことがあるものです。そこで、上司も一旦は部下の立場に立ち、できない理由がどこにあるのかの本音を聴き出し、状況を正しく知ることから始めなければいけません。そして、部下自身が改善策を創り出す手引きをする必要があります。

このとき上司と部下が縦の関係で対話し、上司から指導や助言をする方法もあります。しかし、上司が教える人になるのではなく、今の組織内にある問題を共有し、自己のマネジメントの課題であると敢えて弱みを見せたほうが、職員どうし横の関係で事実を確かめ、原因を探り、互いの経験を生かして改善策を考え、実行を助け合う、組織の自助作用が高まります。

(2)これまでにやったことのない課題にどう取り組めばよいかわからない場合

新しい課題に挑むには、既存の計画にないやり方や、与えられた職務や役職の立場を超えたところで、新しい人と関わりながら、全く新しい解決策を生み出していかなければいけない場合があります。

いかに異質な視点を取り入れ、新しい発想でアイデアを生み出していくかが課題になります。その解決には、上司がこれまで経験してきた過去の延長線で考えて指示命令するよりも、みずからも初めての経験であることの弱みを吐露しながら、異質な第三者を入れて、部下と同じ土俵に立って話し合い、共感し合う関係を築いたほうが、新しい策を見出しやすくなります。

 

人口減、少子高齢化が進む中、地方創生や新しい働き方を実現する対策に挑むプロセスでは、これら二つの側面が織り交ざっていることが多々あります。それゆえ、上司には、まさに仕事を進めるオンサイトの組織マネジメントの中でこそ、これら対話やオフサイトミーティングを活用していくことが求められているのだと言えるでしょう。

このようなオフサイトミーティングを活用した組織マネジメントの実践力は、職場外の研修ではなく、職場の中に入って実践プロセスを支援する伴走者がいることで、人と組織がともに育つ近道となってくるものです。北川知事と私がその後ご一緒したのは、知事と部局長とのオフサイトミーティングや企業誘致のプロジェクトチームでのオフサイトミーティングなどの場面でした。それぞれが常にリアルな情報のもと、今後の策をまじめに考え合う実践の場でした。

だからこそ、知事が肩書を外した一参加者として参加し、知事が答えを示すわけではなく、聴き役となる率先をされたことが、職員の心を打ち、部課長たちが続々と職場内でオフサイトミーティングを取り入れるようになっていったのだと思います。