「カルチャーマップ」は、[コミュニケーション、評価、説得、リード、決断、信頼、見解の相違、スケジューリング]というマネジメントに関する8つの指標を設けて、世界各国のビジネス文化の特徴を一目でわかるようにしたものです。

この「カルチャーマップ」によって、日本企業の興味深い文化的特性が浮き彫りになっています。

自分が属する文化の特徴を客観的に認識するのは難しいことです(著者は「金魚は水を知らない」と表現しています)。「カルチャーマップ」のようなモノサシを用いて文化の違いを比較することで、はじめて自分たちの文化を認識し、それを進化させていくための努力を行なうことができるのです。

いくつかの興味深い日本企業の文化的特徴を紹介しましょう。

世界で最もハイコンテクストの文化(ローコンテクストvsハイコンテクスト)

「ハイコンテクスト」とは、コミュニケーションをとる際に、互いの「前提となる価値観や考え方」が近い状態のことです。ハイコンテクストの文化では、コミュニケーションにおいて「はっきり言わない、ほのめかす、あうんの呼吸で理解する」等が重視されます。

日本は、世界で最もハイコンテクストな文化を持つ国と位置づけられています。“日本社会の同質性の高さ”がその背景にあり、本の中では「空気を読むという面白い言葉が日本では使われている」と紹介されています。

また、中国、韓国、インドネシアなどの東アジア諸国も日本ほどではありませんが、ハイコンテクストの文化を持っています。

逆のスタイルは、「ローコンテクスト」です。
ローコンテクストでは、互いの前提が違うため、常に前提を確認しながら話をし、曖昧さのないシンプルで明快な話し方が良いとされます。最もローコンテクストの文化を持つ国は、移民の国アメリカで、オーストラリア、カナダ…と多民族国家が続きます。

ハイコンテクストな文化には、同質性の高さからくる安心感、多くを語らなくても伝わる意思疎通の円滑さ、などのメリットがあります。一方で、曖昧さや不明確さが当たり前になりやすい、閉鎖的で価値観が同じ人としか意思疎通ができない、などのデメリットがあります。

世界で最もハイコンテクストな文化を持つと言われる日本企業ですが、最近では組織メンバーの働き方や価値観など多様化が進み、もはやすべてのメンバーが同じ文化を共有しているとは言えない状況が生まれています。これまで日本企業を特徴づけていたハイコンテクスト文化は、50歳以上の男性正社員に色濃く残るいわゆる「昭和的」な文化であり、女性や多様な価値観を持つ若者などは、その文化になじめずにいることも多いのです。

それにも関わらず、旧来のハイコンテクスト文化で物事を押し通そうとすることで、日本社会の中にも新たな“文化衝突”が起こり、さまざまな行き違いや非効率のもとになっているように見受けられます。

重厚な階層主義(平等主義vs階層主義)

日本は世界でもトップクラスの階層主義が強い国、と位置づけられています。
階層主義とは、上司と部下の力の差(権力格差)が大きく、階層が多層的かつ固定的な状態を指し、序列が重視される文化です。中国、インド、ロシア、サウジアラビアなども日本と近い位置にいます。

階層主義の反対が平等主義です。これは上司と部下の力の差が小さく、距離が近い文化です。平等主義では、リーダーを含め、人々は対等で平等であると考えられ、リーダーはまとめ役に過ぎません。最も平等主義の傾向が強いのは、デンマーク、オランダ、スウェーデンなどの北ヨーロッパの国々です(アメリカは中程度)。

日本企業のような重厚な階層主義は、行き過ぎると、序列を超えて「自由に意見を言えない」「アイデアや良い意見が集まりにくい」「序列を再確認する非効率な儀礼が多くなる」ことによって、スピードや合理性に欠ける、などのデメリットが生じます。

さらに日本の階層主義は「人間疎外」を引き起こしやすいという問題があります。序列や儀礼が重視されすぎて、近世の江戸時代のように、窮屈で抑圧的、閉鎖的な文化を形成してしまうのです。自由と平等、個人の自立が前提である現代、そのような文化は、組織の健全性や創造性を大きく損なうでしょう。

階層主義なのに合意志向(合意志向vsトップダウン式)

日本のビジネス文化のユニークな特色は、階層主義であるのに合意志向でもある、という点です。

通常、階層主義はトップダウン式と結びつきます。トップダウン式とは、意思決定において、そのプロセスと決断が一人の頭の中で下されるスタイルのことを指します。中国、インド、ロシアなどは階層主義かつトップダウン式という位置づけです。

合意志向とは、みんなの合意によって決断を行なう文化で、日本以外では、スウェーデン、オランダ、ドイツなどの北ヨーロッパ諸国がこれにあたります。北ヨーロッパ諸国は平等主義かつ合意志向という特徴を持ち、そこでは「人はみな対等」という価値観のもとに、民主的な合意形成プロセスが重視されているようです。

日本は階層主義と合意志向をあわせ持っています。
階層ごとにゆっくりと合意を形成し、ミドルからトップまで合意を積み重ねていくスタイルは、他に例のない日本独自の「調整文化」とも言える文化です。本の中では、この日本独特の「調整文化」の象徴として「稟議システム」「根回し」などが紹介されています。

合意志向には、全員が経営参画意識を高め、決定されたことに対する深い理解のもとに強い実行力が発揮される、というメリットがあります。一方で、合意形成に時間がかかるのが弱点です。特に、日本のように階層主義と結びついた合意志向は、組織内に膨大な“調整”の必要を生み出すために、極端にスピードが遅くなる、儀礼的になる、などのデメリットがあります。

すぐにも着手できる企業の新たな文化創造

このように、世界各国のビジネス文化は多様です。それぞれ歴史の積み重ねの中で形成されてきたものですから、一概に良い、悪いと言うことはできません。しかし、文化はつねに進化していくものです。

ある文化が環境変化や危機に直面したとき、自分たちの文化を自覚的に認識することができないと、「これまでやってきたから」「当たり前だから」という理由で、従来の文化が“必要な変化”を阻害してしまうかもしれません。

現代は経済がグローバル化し、日本企業もVUCAな環境のもとで、GAFAのような新産業勢力と戦っていかなければならない時代です。このような時代の変化の中で、日本企業も自らの企業文化を、より変化対応力があり、スピーディーで、創造的な文化へ、そして、働く人が幸福を感じることができるような企業文化へと、進化させていくことが求められています。

日本企業の全体的な傾向としては、いまだに前に述べたような特徴を持つとはいえ、一社一社を見ていくと、業種分野や生い立ち、歴史なども異なり、それぞれに独自な企業文化を持っています。決して一様ではありません。日本企業の中にも、階層主義や合意志向が弱く、スピードが速い企業もあります。

日本社会全体の基底を成す文化が変化するには、まだ少し時間がかかるかもしれません。しかし、新しい文化を創造していく企業ごとの取り組みならば、すぐにでも着手することができます。それはビジネスの成果にも結びついていく取り組み甲斐のあるテーマなのです。