ひとりで悩まない子育てのネットワーク

今年の初め、私は全国助産師教育協議会が主催する全国研修会でお話ししました。研修会のテーマは「妊娠期からの切れ目のない支援における、助産師の役割の明確化と実践力育成」。参加者は、全国の助産師養成を目的とした看護大学や養成学校の教員のみなさんです。その中で私が依頼されたのは、「他職種連携・チームの協働~チームワークを支える対話」というテーマを掲げた分科会でした。

この講義をお引き受けするにあたって、私はこの研修会に呼んでくれた日本赤十字社助産師学校の教師・萩原直美さんに、このテーマを設定した理由を聞きました。他職種との連携・協働が助産師にとってどんな意味があるかを理解したかったのです。萩原さんがまず私に教えてくださったのは、子供を授かった妊婦が無事出産し、子供を育てるまでの期間、様々な専門家の支援が必要だということです。しかし現状では、切れ目なくつながった支援を提供する側の医療従事者や自治体が、まだ充分な協力や連携をつくれていないという問題意識をお持ちでした。

フィンランドには「子育て支援を地域ぐるみで見守る活動」を意味する「ネウボラ」という取り組みがあります。フィンランド語で、「ネウボ(neuvo)」は「アドバイス」、「ラ(la)」は「場所」という意味です。この支援活動は、妊娠がわかった時からはじまります。その後、妊婦と医師、助産師、ケアワーカーなどが家族に寄り添い、相互の信頼関係をつくり、相談しながら、必要な支援を子どもが生まれた後でも切れ目なく続けるのだそうです。

日本では、妊娠がわかり出産して退院するまでは産婦人科の医師・助産師・看護師の役割。その後は、家族が状況に応じて必要な支援(小児科医、社会福祉士、保育士、ケアワーカーなど)を自ら探し、取りに行く構造です。その結果として、ちょっと不安なことを誰に相談していいかわからないまま、一人で悩みを抱え「育児ノイローゼ」になったり、最悪のケースでは「子供の虐待」も起きています。誰もが「安心して子供を生んで育てる」ためには、専門家のチームが連携・協働した妊産婦支援が必要です。日本版のネウボラは最近、トライアルがスタートしたところのようです。

組織の壁を乗り越える一歩!

さて、それでは実態はどうなっているのでしょうか。今回参加した90名近い教員の方に「切れ目のない妊産婦の支援を実現させよう」とした時、現場で何に困っているのかあげてもらいました。最も多かったのは、「そもそも連携するにも自分の役割を超えたネットワークがない」「どうやって動いたらいいのかがわからない」でした。現段階で「役割を超えたネットワークをつくる」となると、ネットワークってそもそも「どうやってつくるの?」と途方に暮れる感じになります。こういう時には、まず大きいテーマを分解してみるのがおすすめです。役割を超えたネットワークと言われても、時間軸や規模もさまざまだからです。一旦、足元の現実感の持てるサイズで「何を、どこまで」を具体的に考えてみましょう。

ちなみに企業でも、連携を阻む「組織の見えない壁」があります。その壁があることによって、人とのつながりや情報のやりとりがスムーズに行かず、連携がなかなかうまく行かないのです。それは、病院内であっても同様でしょう。まず、病院内のサイズでこの数ヶ月でやれることから考えてみます。

例えば、診療科目や役割・立場が異なると、接点が持ちにくい。当たり前ですが、自分の専門分野や役割を超えた、自分が責任を持てないことについては、口を出しにくいものです。そこで、お互いの仕事、役割を知るところから始めます。それは、役割を超えるための必要条件である「人を知る、仕事を知る」をまず行う必要があるから。問題や課題を話す前に、お互いの役割や仕事の状態を理解しておくのです。普段あまり話さないような悩みからスタートするイメージです。場面としては、堅苦しくないランチ会やミーティングの場で交流を目的に進めるのも手です。

その人を知り、仕事を知ることができたら、それが実は「つながり」の連結ピンのようなものになるのです。それぞれの専門分野の「この人」がわかれば、これから困った時に相談や連絡できる人になる。当たり前のようですが、そうやって連絡先をストックすることで、小さいネットワークが生まれます。ちょっとハードルが上がりますが、連携の輪をより広げるために、例えば自治体と共に地域の人たちと出会う機会をつくることも考えられます。他の病院の人と勉強会で知り合ったら、「連携した妊産婦支援を考えているので、ぜひまた情報交換したい」と、人のつながりを活用していくのも、ネットワークを広げるアプローチです。

妊産婦支援における「協力できる関係・チーム連携」の重要性を連携する人たちで語り、自らネットワークづくりのために外部との交流や対話を活用する。身近なところでやれる「対話」の場面であれば、まだまだ仲間を増やしていけるのではないでしょうか。きっと、こういう地道な動きが、チームをつくり協力できる力に成長していくと信じています。