武士道と調整文化を考える2021年~無自覚のうちに私たちの身体の一部ともなっている調整文化を自らの意識の中に顕在化させることで新たな挑戦文化を育む|コラム|スコラ・コンサルト
武士道と調整文化を考える2021年~無自覚のうちに私たちの身体の一部ともなっている調整文化を自らの意識の中に顕在化させることで新たな挑戦文化を育む

武士道と調整文化を考える2021年~無自覚のうちに私たちの身体の一部ともなっている調整文化を自らの意識の中に顕在化させることで新たな挑戦文化を育む

柴田 昌治 | 2021.01.20

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武士道と調整文化を考える2021年~無自覚のうちに私たちの身体の一部ともなっている調整文化を自らの意識の中に顕在化させることで新たな挑戦文化を育む
かつてない厳しい状況の中で2021年は始まりました。この厳しさの中で、どこに光明を見出していけるのかを考えてみたいと思います。

●決定のスピードを鈍らせる「目に見えない力」

昨年の初めのころと少し違うのは、新型コロナ危機の中身がある程度見えつつあるということでしょう。それなりの対応の仕方を私たちは少しずつ身に着けてきているように思います。
とはいえ、日本政府の昨年来の新型コロナに関する一連の対応の遅さや、今回の緊急事態宣言発令の間の悪さには多くの人が少々うんざりしているのではないでしょうか。やはり、政府が先頭に立って戦ってくれないことには、どうしてもすべてが後手に回ってしまいます。

世界に目を向けると、感染拡大が続く国々ではすでにワクチン接種が実施され始めています。G7の中でまだワクチン接種が始まっていないのは日本だけです。
ワクチン接種の必要性に違いがあるわけではなく、接種開始が急がれていることは誰もが重々わかっているはずなのに、なぜこのような遅れが出てくるのか。こうしたところに、見えにくい問題の本質が潜んでいるようです。

テレビの報道番組のコメンテーターからもこの遅れに関しては、政府に反省を求める声が出ていますが、ただ政府が反省を口にしたからと言ってそれで何かが変わる話ではないのです。
つまり、政府関係者の能力がないとか、いい加減に仕事をしているからとかいうわけではない。みんな優秀だし懸命に夜も寝ずに仕事をしているに違いないのです。
努力をしているのに遅れが出てしまうのは、個人の努力などではどうにもならない、目には見えない力が働いているからです。

私が「調整文化」と呼んでいるものは、まさにこうした遅れをもたらしている主因とも言い得るものです。
そして、この調整文化は、私たちの中に深く根付いている武士道〈像〉の現代版、であることに関心を向けていただきたいのです。

●武士道〈像〉に由来する調整文化的な思考様式

まだ記憶されている方も多いと思いますが、2017年2月から2018年3月かけて、衆議院予算委員会等で、財務省の佐川財務省理財局長(当時)は、学校法人森友学園問題で答弁を重ねました。
その答弁は、「交渉や面会の記録は速やかに破棄した。電子データは短期間で自動的に消去されて、復元できないようなシステムになっている」などと当時の政権を擁護する姿勢が終始一貫しているものでした。

この答弁の中身が事実に即したものであるかどうかに世の中の関心は集中しているようですが、私がこのコラムで提起したいテーマはそれではありません。
注目してほしいのは、この佐川局長の答弁する姿勢は多少苦しげには見えましたが、余計な迷いは見せず、彼なりの信条に則った一貫したものであったと思われることです。
そして、私がこのコラムで提起したい論点は、まさにこの佐川局長のような姿勢こそが「現代の武士」と言えるのではないか、というところです。

自らの信条で、自らが仕える対象に忠誠を誓うのは、武士たるものの生きざまそのものなのです。この武士道の中身を正確に記すと、「武士の信条は主君に対する忠誠を尽くすこと」です。忠誠のためなら、何ものをも厭わないのが武士という存在だということです。
そういう武士が忠誠を誓う主君の中には、あまり尊敬に値しないような主君も当然いるわけです。そのとき武士が向き合わなくてはならない現実は、武士にとっては美しい話というよりは苦悶に満ちた世界であったと思われます。
しかし、武士の中の武士というのは、そういう場合でも忠誠を貫くものです。

大切なことは、この自らの信条で忠誠を誓う武士道の美しい一面は、作法に沿った所作を含め、ある種の美学であり、あこがれと尊敬の対象として日本人の心に深く息づいている、ということです。
だからこそ、現実の武士には信条を貫くためには様々な悩みがあったということも知っておく必要があります。たぶん、そういう意味でも、佐川局長にも人には言えない苦悩や葛藤があったのではないか、と想像するのです。

いずれにせよ、伝統的な武士道〈像〉に由来する調整文化的な思考様式は、さまざまな形で無意識・無自覚的に私たちの生活感覚の中に根付いているのです。
それが先ほど述べた目に見えない力の正体、すなわち「調整文化」ということです。

●無意識の調整文化を自覚することから始める

私たちの身体に染みついている調整文化の例を一つ具体的に挙げてみると、たとえば「上司にお仕えする」という姿勢を持つ人は、無意識のうちに、上司の発言をそれが事実に反するときでも是として受け入れる姿勢を持つ、というのはよく語られている現実です。
そうした無意識が働いていることでわかるように、日本の守りに強い堅実な組織の中での個人は、まさに武士道のごとく調整文化のお作法に則って動くことが当たり前になっているのです。

たとえば、先ほどのワクチン接種が遅れている、という話ですが、実際にワクチン接種を始めるとさまざまな問題が生じるであろうことは誰にも予測できます。でも、他の国はそうした予測をふまえたうえでワクチン接種に踏み切っているのです。
しかし日本では、調整文化のお作法は基本的に「守り」の作法なので、安心安全を何よりも第一に考え、予想し得る混乱を避けようとします。
危機に対応するために必要な、優先順位の変更の必要性を考える人はいても、それを組織の中で押し通すことは一人ではまずできません。意図的に周到に協力し合いながら条件をそろえていかない限り、事は簡単には進みません。

一人ひとりは懸命でも、組織の作法に沿っていなければ、思うように組織は動かせない。こういうところにまさに歴史由来の調整文化の価値観が影響しているのです。

いずれにせよ、私たちの思考姿勢にも良いか悪いかは別にして、調整文化は大きな影響をもたらしています。
影響の大きそうな思考姿勢の例を一つ上げておくと、武士道は「主君に対する忠誠を尽くす」という信条が価値観の骨格をなしており、それに対する疑問や問い直しを受け入れる余地は、佐川局長の場合を見てもわかるように「ない」ものなのです。
つまり、ものごとを判断するときに必要とされる価値判断の基準は、常に固定しており明確です。ですから、調整文化が身に着いた思考姿勢だと常に「どうやるか」という簡便な思考で始まるわけです。

無自覚的に調整文化を身に着けている私たちは、よほど自覚していないとすぐに「どうやるか」でものごとを考えようとします。そのことが日本の生産性に影響をもたらしてはいないか。意外に私たちは事の重大さに気づいていない可能性があります。
私たちの身体にしみ込み、定着している調整文化の思考様式を洗い出し、それを自覚したうえで向き合い、その持つ意味を考えていくことを今年は徹底してやっていかねばならない年だ、と考えています。

著者プロフィール

柴田 昌治

柴田 昌治

MASAHARU SHIBATA

スコラ・コンサルト創業者。日本の組織を事実・実態に即して自らを変えることで新陳代謝していく組織に変える、日本的な変革の方法論〈プロセスデザイン〉を提唱している。

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