持続可能な会社にしていきたいと、創業100周年の節目に外部から社長を招き、パブリックカンパニーをめざして改革に取り組んでいる興電舎(埼玉県北本市)。その社長交代の模様を2018年2月のコラムでご紹介してから、季節はめぐり、1年が過ぎました。
この間、オーナーであり三代目社長だった鈴木博夫さん(現会長)とともに改革を進めてきた新社長の西川正巳さん。1年余が経過した時点での改革の成果と、社長として直面する悩みや課題などについてふれてみたいと思います。
カイゼンの力はすさまじい
~実質的な初年度の決算は減収増益
ファクトリーオートメーション装置の受託開発・製造を手がける興電舎の2018年度(12月決算)の決算は減収増益。中国経済の減速などの影響もあり、売上高は前年対比で10%強ダウン。それにもかかわらず利益はしっかりと確保できました。毎月の損益ベースで、これまでよりも15~20%程度のコストダウンができているのです。
まさに、トヨタが発明した日本発の“カイゼン”というもののすさまじい力を目の当たりにしてきた1年でした。
もちろん最初は2Sの徹底から。といっても、西川さんが社員と一緒に取り組む2Sを見ていると、「みんなは2Sがわかっていなかったのではなく、『徹底』ということの意味がわかっていなかったのだ」と私には思えました。
たとえば、全種類のドリルを引き出しから出して、見えるように整理します。すぐに西川さんはそれを目に留めます。
「これはいいね。すべて見えるようになりましたね」
うれしそうな顔をするメンバーに対し、続けて「ドリルの上下が逆でも入れることができますね。戻すときに、どっちが上だったかなと迷う時間を何とかできないかな」と言います。その問いかけによって、メンバーの頭の中で「どうしたらいいかな」と考え始めるスイッチが入るのがわかります。
ほどなくして、メンバーはドリルを収納するための台を内製します。ドリルを差して収納するようになっています。
「これは思いつかなかった! これならまったく考えなくても、ドリルの上は上、下は下ですね。すごい!」
もちろん、今度も続けて新たなお題が出ます。「でも、この1本がここになかったときに、誰かが使用中なのか、それとも紛失してしまったのかがわからないなあ。これも何とかなりませんか?」しばらくして訪問すると、台には作業員の名前のついたピンが備え付けられ、ドリルを持ち出すときにはそのピンを差しておくという工夫が加えられているのでした。
そして、その自分たちの創意工夫を、控えめではあっても誇りを持って説明してくれるメンバーの姿を見ながら、西川さんは私に言うのでした。「問題は提案しましたが、解決方法は私にも思いつかないものが出てくる。これが興電舎の社員のすごいところなんです。長年、風土改革に取り組んできた成果なんです。だから、私はいつもトヨタ式と風土改革は両輪で、どっちも根本は人づくりだと言ってるんです」
興電舎では毎日、お昼休みのあとの10分間がカイゼンの時間に充てられています。短い時間に「次はあれをやらなくちゃ、これをやらなくちゃ」と仕事に追われているふうでありながらも、どこか楽しそうな現場の若手たち。大仰なことでなく、一歩の動きをわずかに変えるような小さな工夫をとにかく毎日積み上げていく。その結果、組立や加工はもちろん、設計も営業も、それに総務でも、ちょっとした工夫が積み重なり、月に1度訪問する私にはその変化を追い切れないくらい、どんどん変わってきたのです。
めざましい成果の裏にある「徹底」の厳しさ
このような西川さんのカイゼンは「筋金入りの改善習慣づくり」と言ってもいいほど徹底していて、そこにはある種の厳しさも当然含まれています。
たとえば、ものづくりの全工程に及ぶカイゼンの中では、不良や不具合などの問題が発生したときにはラインを止め、関係者がその場に集まって問題解決を図る「現地現物会議」もスタートしています。これは問題の原因を追究・究明するために、見方によっては、自分自身のミスを全員の前にさらすことでもあります。
それをやるためには、並ならぬ勇気と仲間に対する信頼はもちろん、技術やものづくりに対する真摯な姿勢が必要です。しかし実際には、そういう姿勢の持ち主であってもなお、現地現物会議の際には苦しい思いをした人も多かったのではないかと思います。
西川さんの口ぐせに「人を責めるのではなく、仕組みで解決していく」というのがあります。この仕組みとは、何らかの機械的なルールやITツールのことではなく、現地現物会議のような“プロフェッショナル同士が集まって知恵を出し合う環境”を意味するのだということもだんだんとわかってきました。
かつてドラッカーをはじめ、海外の経営研究者が驚愕し、現場のカイゼンの積み重ねがもたらす成果の大きさに舌をまいたのもうなずけます。「塵も積もれば山となる」のことわざどおり、日々改善を続けて1年も経てば、工場の見た目も効率も格段の進歩を遂げ、特に重点課題とした材料費は仕掛品の徹底的な整理整頓と部品の内製化による圧倒的なコストダウンの結果、前述のような数字につながっています。
単純に販管費を削ってのコストダウンではなく、材料費の圧縮による結果ですから、粗利金額や競争力に直結する健全な数値改善です。
人の変化~毎日の仕事、働くことが学習になる環境に
「トヨタ式とは人を育てること」というのが西川さんの数ある名セリフのひとつです。その言葉どおり、見た目や効率が変わったのは工場だけではありません。そこで働く人たちも変化しています。
なかでも印象的だったのは機械加工部門のOさんです。決してしゃべりが上手なほうではないけど誠実な人柄であるOさんが、じつはマニュアルなどの文書作成に特異な才能を持つことに気づいたのは西川さんでした。
Oさんが手書きで作成した装置の操作マニュアルのわかりやすさに目を留めた西川さんは、いつもの元気な声で褒めたたえ、工場見学に来た人たちにも積極的に紹介しました。褒めると同時に、必ず次への提案を投げかけるのが西川流です。
「Oさん、これ、すばらしいけど、手書きだとちょっと修正を入れるたびに全部書き直すことになるよね」じつは、それまでOさんはWordを使ったことがありませんでした。しかし、このとき西川さんから“挑戦状”をもらった彼はすぐさまWordの文書作成にとりかかり、あっという間に使いこなすようになりました。
こうなると、持ち前の文書作成能力はフルに発揮され、Oさんはさまざまな装置や道具のマニュアルを明快な言葉でわかりやすくまとめていきました。いまや彼の装置周辺は他のメンバーが入れ代わり立ち代わり、手伝いに入ることができるようになっています。いわゆる多能工化に向けた準備がすっかり整ってしまったのです。
さらに私が驚いたのは、そうやってカイゼンを続けて数カ月がたった頃、久しぶりに会ったOさんのトークが滑らかでしっかりしたものになっていたことです。
ドラッカーは日本のカイゼンを知ったとき、その本質を「人が日々働くことがそのままその人にとっての学習になっている。日本のものづくり企業に勤める人々は働き始めてから退職するまでずっと学習をしている」と見抜きました。それを責任ある仕事に欠かせない要因のひとつとして「継続学習」というコンセプトにまとめたのです。Oさんの変化は、まさしくそのことを目に見えるかたちで教えてくれました。
社員の声に耳を傾け、信念を貫くからこそ尽きない経営の悩み
それでも、何もかもうまくいくことなどないのが会社経営だと思います。改革を進めながら今も西川社長は、会長となった鈴木さんとともに悩んでいます。
たくさんある中でも一番の悩みは、鈴木さんの社長時代から頑張ってきた主力社員数人の離脱です。西川さんによってさらに加速した「ものづくり?人づくり」の改革を「トップダウンが強すぎる」「これまでの顧客との関係を無視している」というふうに感じるメンバーもいたようでした。
たしかに西川さんは率先垂範型で、ゆるぎない信念の持ち主ですから、とても「強いリーダー」であることは間違いありません。強いリーダーシップのもとで、眠っていた能力とモチベーションが引き出されて大きく成長するメンバーが出てくる一方、新たな路線にしっくりと乗り切れないメンバーもいます。とりわけ、前社長の鈴木さんが業績の苦しい中でも新しいことにチャレンジし、会社の将来を切り拓くために歯をくいしばって育ててきたメンバーの退職は、二人にとって大きな衝撃でした。
以来、二人はそれまで以上に腹を割って話をすることを重要視し、率直な意見交換を重ねています。また、西川さんは可能なかぎり一人ひとりの声を聞くため、現場に出向いて社員に話しかけるようにしています。
自分たちの掲げる理想と、思うようにはいかない現実。そのギャップとの戦いにおいて、二人は悩み抜くことを恐れず、どんな小さなことでも互いの考えていることを口に出してぶつけ合うことを大事にしているのです。
人の問題は今も現在進行形で続いています。社歴の長い社員や古くからの顧客の苦言もあれば、逆に「あの人がいなくなったから、この案件ができないなんて嫌だ。何とか俺たちでできるように頑張ろうよ」と言い出す社員もいて、悩んだり励まされたりしながら二人の経営は続いています。
西川さんは社員の意思をしっかりと受けとめた経営方針を打ち出そうと努め、鈴木さんは社員にとって魅力的な将来像を描こうと、全員経営をさらに進めたパブリックカンパニーの姿を模索しています。
後編では、15年にわたって伴走してきたプロセスデザイナーとして、興電舎のこの1年間の変化がどのような意味を持っているのか、改革がもたらす可能性の広がりについて考え、改革の渦中にあって自分たちの未来を模索する社員の方々へのエールになるような内容をお届けできればと思っています。
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