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問題意識でシステムや構造を見直す、コンセプトメーカー
前回紹介した西本さんは<図1>で言うと、<世話人>タイプに近い人物だ。彼のようなタイプはこの会社にも、そこそこいるのではないだろうか。人数比にすると100人に1~10人ぐらいだろうか。うちにはもっといる? 素晴らしい!
<図1>
さて、今回ご紹介するのは、<図1>の<コンセプトメーカー>タイプ。といっても、経営企画室によくいるような絵描き屋さんや統計屋さんではない。そういう人物はコンセプトメーカーとは言わず、企画屋さんという。自分の問題意識でシステムや構造を見直し、ダイナミックに組織に変化を起こせる人がコンセプトメーカーだ。人数にすると<世話人>タイプよりもさらに少ないだろう。
一谷健夫さん、自動車メーカーA社の国内商品部長である。大学の機械科を卒業してA社に入り、開発部門に配属され、15年間にわたって同部門で手足を汚しながら開発車型の実験・評価に携わった。その後、商品企画室に移って新車開発の企画を手がけ、室長になった後、現在は国内商品部の総責任者という重責にある。
国内商品部に移ってすぐに社長から、商用車ビジネスについて「顧客のニーズをコントロールする立場になる」事業展開をしてくれという指示があった。社長と若干のやりとりをしたが、きわめて漠然とした内容である。しかし、顧客との接点から得た情報をもとにした社長の指示の背景からは大きな危機感が感じられた。ここから一谷さんの本領が発揮される。彼はまず、社長の言うコンセプトをかみ砕いてみようと考えた。コンセプトをそのまま部下に伝えても、結局実務担当者に下りたところで彼らは困り果て、何も行なわれなくなるのは目に見えていた。何よりも社長のやりたいこととずれるとまずい。
彼は「顧客」「ニーズ」「コントロールする」をもっと具体的に表現してみた。われわれの「顧客」はだれだろう? 商用車の顧客は、運送会社の社長であったり、購買責任者であったりするし、場合によってはドライバーや整備士の可能性もある。また、直接の顧客である運送会社の顧客、つまり荷主である可能性も考えられる。でもわれわれが作っているのは、上物が架装される前のキャブとシャシーに過ぎない。であれば「顧客」とは上物を作るボディメーカーだろうか。
「ニーズ」とはなんだろう。商用車については物流の機能から考えて、キャブや架装部分などからなる車両システムと顧客や荷主をつなぐ輸送システムに分けられる。車両システムでは車の扱い易さや燃費・積載量など、輸送システムでは顧客の車両管理、運行管理上困っている点があるだろう。「コントロールする」とは? 顧客の言うがままにモノを作っているのであれば、単に受身で仕事をしているに過ぎない。こちらが主体となって「顧客」の「ニーズ」を察知して提案できる物流コンサルタントになる、ということか。
彼はそんなことを紙に描いて社長と何回かやりとりをした。「われわれの最終商品を何だろうか」「どこまで顧客のことを知っているだろうか」「お客様が我慢して使っている可能性はないだろうか」などなど。そういうやりとりを通して、社長のコンセプトも具体性を帯びてきて、一谷さんと社長との間ではかなりのレベルまで共有化が図れてきた。あとは安心して具体的な事業展開に専心できる。
周囲を巻き込んでいく「動く翻訳家」
今のように変化が激しくて、先行き何がどうなるか分かりにくい、見通しを精緻に立てることそのものがナンセンスで非効率な時代にあって、トップに先を見通した方向を提示せよというのは厳密に言えば無理な話である。巷では、「明確な方針を出せないトップは問題だ」「方針を示せないトップが経営不振の原因」などと、一手に責任を背負わせている。確かにそれは正論であるが、現実にはそんな無理なことを要求するだけで何が解決されるのか、というのが私の感じるところである。
また、そんなマスコミやジャーナリズムの傍観者的で浅薄な問題認識に乗っかり、トップはかくあるべきと評論する会社幹部のいかに多いことか。自分も当事者であることを忘れてしまっているようだ。
今必要とされている人材は、トップの示す漠然とした、もわっとした方向を自分なりに考えて周囲に伝え、動かしていく、あるいは自分でコンセプトを打ち出し、周囲を巻き込んでいく「動く翻訳家」といえるような役割を果たす人だ。一谷さんはその模範例でもある。
彼はまた他人に自分の考えを伝えるのがうまい。商品企画室時代に鍛えられたのかもしれないが、相手に伝えることを前提とした資料づくりは、例えば、全体と部分、目的と手段の区別が明確であったり、抽象的で小難しい言葉ではなく、わかりやすい言葉遣いであったりする。エピソードを交えての話の中身も非常にわかりやすく、その噂が広まり、社内のいろいろなところから話をしてくれという要望が舞い込んだ。そういう現場で鍛えられて、さらに話がうまくなる。朴訥とした語り口調は彼の個性であるが、資料や話の中身は、彼のセンスと磨いた能力、そして積極的に現場に足を運んだ努力の賜物だ。
また、行動力と粘りも素晴らしい。商品企画室長の任にあったとき、一谷さんは開発部門の管掌役員から「コンパクト&スピーディな開発プロセス」をつくってくれ、わかりやすく言えば車を回転寿司屋のように作るということだ、とわかりにくく言われた。彼は、まず実務の責任者である部長たちがこのコンセプトを理解できなければうまくいかないと考えた。けれど、ただでさえ忙しい部長たちに、ただでさえ分かりにくいコンセプトの共通理解を求めようとすると、一回や二回の会議を開催しても無理だ。これはじっくりとやらないと失敗すると彼は思った。
ナイト・オフサイトミーティング
そこで彼が考えたのが「ナイト・オフサイトミーティング」。夜に行なうミーティングではない。夜に始めて、できるところまでやるミーティングだ。つまり、夜9時頃に集まり、時にはアルコールも入れながら、3時、4時までやるのだ。明るくなる6時頃までやったこともある。雰囲気もオフサイト的に「気楽にまじめに」をつらぬき、部長たちで3、4回のミーティングを行なった。
その結果、この「コンパクト&スピーディな開発プロセス」というコンセプトはかなり統一的な理解が図れた。その後も彼は、お膝元の商品企画だけでなく、開発・生産・購買・営業の実務責任者たちとのミーティングを幾度となくこなしていき、この新しいコンセプトをもつ開発プロセスは従来のプロセスに統合され、実際に新車開発プロジェクトで試行された。きわめて短期間・小投資・省資源で行なわれた開発プロジェクトは、販売台数が少なくてもそこそこの収益を生むクルマづくりを可能にし、大量生産を前提にした従来の新車開発の常識を覆すものとなった。
一谷は、見た目も語り口調と同じく朴訥としており、白髪交じりの頭も含めて、とてもナイト・オフサイトミーティングを実行するようなエネルギーがあるようには見えない。人は見かけによらないとは、彼のような人物のためにあるような言葉だ。
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